妖のツガイ

えい

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青ウサギと七色の眼(氷雨とハクノ編)

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「ハクノは、最初の妖様には大切に育てられたのだと思います。自分の好みの人間に成長するように。ハクノの他にも何人かおりましたが、皆失敗作として売られたり、殺されたり。ハクノは生き残りましたが、育てて下さった妖様は死んでしまいましたので、他の妖様のところに引き取られました。無理矢理、番にしようとした妖様も何人か。ハクノは番になることと死ぬことは同意だと思ってましたので、ハクノより強い妖様であれば殺されたも同然ですので、番になっても良いと思いました」
「だから、自分より強い、というのが絶対条件だったんだね」

 ハクノはこくりと頷く。ゆったりとした夜着を着せられて、後ろから氷雨に抱えられている。氷雨はハクノを離す気はなく、まだ足りないのか、素足に触れたり腹を撫でたりして、ハクノを困らせた。

「無惨に犯されて、無理矢理孕まされ、生まれるまで放置され、やっとのことで死ねるという同胞を、ハクノはたくさん見てきたのです。なので、このような…………」
「このような、なに?」
「扱いは知りません」
「覚えなさい。ここは境界。ここからあちら側は魔界、こちら側は仙により守られた人の世界。常識が違うよ。兄と貴方にどのような関係があったかは知らないけど、今となっては関係ないこと」
「……雇用主です。ハクノは肌に触れる妖は容赦なくぶっ飛ばすかぶっ殺せるのですが、ハクノに興味がない方に対しては手が出せないのです。暗示にかかり、大人しく従っておりました。番として押しかけて、皆殺しにするようにと送り込まれたまでは覚えているのですが、目を覚ましたら一人でした。そして旦那様が現れたのです。あぁ、そうです。ここで待っていれば庇護するものが現れると言ったのはあの雇用主ではありませんでした」
「では、誰?」
「思い出します。――炎を纏われた、狼さまだったかと思います」



『お前、言ってたじゃないか?もし仮に番とするならば、兎の繁殖力に耐えられるくらい体が丈夫で、死にそうになく、最期まで連れ添ってくれる人間が良いと』
「言いましたが、よくそんな何百年も前のことを覚えていましたね。火焔」

 火焔の声が窓に留まった緋色の蝶から聞こえる。氷雨は力尽きて眠ってしまったハクノの頭を足に乗せて白い頭を撫でた。ハクノは身体を丸めて健やかに寝息を立てている。

『見つけたのはお前のテリトリーだった。他は妖だったので処分したが、そのハクノというのは一応人間で、二十年前に妖どもに魔界に連れ去られた子どもの一人。生まれはこちら側だ。それであれば保護する義務が生じる。近くにお前が来ていることはわかったからな』
「一言言って」
『言わなくても、お前なら庇護するだろう』
「ややこしい。番として送られてきたので、また愚かな血縁のせいだとばかり思っていたよ。貴方が絡んでいたとは」
『僕も暗示が残っていたことは気づかなかった。それは謝ろう』
「火焔が、私の番問題を解決してくれるとは思ってなかったよ」
『たまたまだ。お前にはまだ生きていてほしい。番でお前ほどの妖仙を留めておけるなら、それに越したことはない』
「番を持たない火焔にそう言われるとは思わなかったよ。まぁ、瘴気の昇華はできたし、まだ働けますね」



 ハクノの美点に、前向きで真面目で発想が独特、というのがある。
 身籠もってからというもの、ほとんどの時間を氷雨の部屋の寝台で過ごしている。氷雨の服やらを積んでその中にいるのが一番安心するようで、その習性に最初は首を傾げていたが、そういうものだと理解したハクノは、氷雨が戻ると「おかえりなさいませ」と服を剥ぐところから始めるようになった。服を自分の巣にしまい込んでから、遠慮がちに氷雨にくっつくのだ。遠慮がちなので、氷雨のほうが強引にハクノを抱えることの方が多い。

「旦那様、ハクノは思いました。おそらく兎の仔が早逝するのは、いくつか理由があり、その中の一つに、早く生まれすぎるというのがあるのだと思うのです」

 ハクノはとても勉強熱心である。おそらく頭が回る時は色々調べているようで、ベッドの上には本が山積みになっていた。
 元々この古城は父とその番が暮らしていた場所だ。書斎にあった父の何番目かの番の手記を読み耽り行き着いたらしい。
 ハクノのことはともかく子どもに対するあれこれを特に考えてはいなかった氷雨は頷いた。

「確かに、生まれて来る子の半分は衰弱死してました。同族であればそんなものだろうとあまり気にしないのですが、たまにいた父の人間の番はとても気にしてましたね」

 できれば生まれて来る子が丈夫であることに越したことはないが、氷雨はハクノ優先だ。ハクノが無事であれば良いし、子供はついででしかない。ハクノが悲しむ顔は見たくはないので、それは言わないが。

「なので、旦那様。充分に育つまでハクノのお腹に留めておきたいのです」
「……………………」
「旦那様?ハクノの声、聞こえてますか?」

 ハクノを撫でたまま留まった氷雨に、首を傾げる。

「聞こえてます。――そんなこと、私がやるとでも?」
「旦那様は、ハクノのお願いは聞いてくださるので、希望を口にしただけです」
「子といえど、妖なのです。早く生まれるのは、長い時間胎に留めておくのは危険だから。しかも私の子どもなら、なおさら、他を蹴落として生きようとしそうなので……貴方の身に何かあったら、私は殺します」
「まあ――わかりました。では、危険にならない範囲であればいいでしょう?」
「良くはないです。…………とはいえ、貴方の希望はわかりました」

 ハクノの体をベッドに縫いとめて足を広げた。柔らかい蜜壷は、氷雨の指を簡単に飲み込む。氷雨が念じるように呟いた。その言葉はハクノにはわからない。眼を一度閉じて、開くと眼がかち合った。ハクノは心臓をつかまれたようになる。

「旦那様……?」
「貴方が私の子を大事にしているのは、わかったよ。だから、希望通りにしてあげる。そのかわり、呪いを施したんだ」
「の、呪い?」
「ハクノを傷つけるのであれば、死になさい、という命令です」
「旦那様……」
「何、その眼は」
「ハクノを大事にして下さってとても嬉しいのですが……まだ生まれてもない子がかわいそうかと思いまして」
「私は甘やかす気はありません。貴方の希望は聞いたので、次は私の希望を聞く番だよ」

 ハクノはおずおずと、足を広げた。

「はい、氷雨様、これで良いですか?」
「素直で可愛いね」

 ハクノはできた番なので、言わなくてもわかっていた。氷雨はハクノが孕んでいようが、いなかろうがこうする。

「あの、氷雨さま、あまりこう、乱暴にすると、潰れてしまいませんか……?」
「これくらいで潰れるなら、生まれない方がいいと思うよ」
「ひ、氷雨さまぁ」

 ハクノが困りながらも、受け入れて、離れないようにしがみつくので、氷雨は満足そうに笑った。



「ハクノさん、ここを出る準備して下さい」

 性的興奮状態も落ち着き、それなりに人間らしい生活ができるようになったある日、氷雨にそう言われ、ハクノは青ざめた。

「わたくしは、何かいけないことをいたしましたか?なにか粗相がありましたでしょうか?」
「……なにを、誤解しているのかな。今度そのよからぬことを思ってみなさい。部屋から出さないよ。――違うよ。自分の性を少々忘れていたよ。おそらく、貴方は子を大事に育てるでしょう?私の目に入れてみなさい。嫉妬で殺したくなるよ。せっかく貴方が生んだ子を、己の不注意で無くしたくはないので、少しの間だけ離れるのです。生んだら戻ってきなさい」
 ハクノは、氷雨が子に対して物騒な考えを持っていることはわかっていたので、あえてそれは口にしないが、氷雨がきちんと子のことを考えていたことに嬉しく思った。
 同時に不安もある。

「旦那様から、離れて平気でしょうか。あの、その、言いにくいですが、旦那様はお顔に似合わず、随分」

 性欲が、と口にする前に読み取った氷雨が答える。

「あなたに対してだけだよ。心配しなくて大丈夫。あなた以外は興味がないし、勃たないよ」
「はい、すみません。わたくし失礼なことを言ってしまいました。お許しくださいませ」

氷雨は気にしてないよと、微笑み、ハクノのこめかみに口づけした。

「数日のうちに生まれるでしょう。生まれなかったら私が引き摺り出します」
「引きずり……大丈夫です。わたくし、立派に生んでみせます。でも、正直なところ、まだかかると思ってました。お腹はそれほど大きくならないのですね」
「入ってるの、子ウサギだからね」
「そうなのですね」
「不安でしょうから、藍仙郷に預けることにしたんだ。経験が豊富な方も多いし、預けるには最適かと。火焔の邸なので居心地はいいかと思うよ」
「藍仙郷は旦那様の故郷でしたか?」
「故郷というか、育ったところだね」
「旦那様のルーツですね。火焔様にもお会いしてみたかったですので楽しみです」
「言っておくけど、生んだら帰ってきなさい」
「子はどうするのです?」
「置いてきなさい」
「え」
「子など勝手に育つよ。置いてきなさい。あそこは安全ですので」
「旦那様、わたくし、子は自分で育てようと思っていたのですが」
「知ってるよ。たくさんの育児書読んでいたでしょう?」
「旦那様の番として、お役目は全うします。ですが!旦那様の子の母として、子も大事にしたいのです」

 そう、言うとは思ったのだ。本来なら妖の子など勝手に育つ。けれどハクノの性分だと面倒を見ると言い始めるだろうとは思っていた。

「…………仕方ないね。どうも、私はあなたに弱い。生まれてから人型が取れるようになるまでは許すよ。そうしたら一度戻ってきてください」
「………………お側には入れないのですね」
「いない方がいいよ。私はあなたを悲しませたくはないので。私が呼んだときに側にいてください。そして、あなたも私に会いたくなったらいつでも会いに来なさい。――ある程度、育ちましたら私の元に送りなさい。子を鍛えるのは私がするよ」
「……旦那様は子に興味がないのかと思ってました」
「この地を、強いては貴方を守るための戦力として育てます。なので私に送っても問題ない子を下さいね」
「……………………はい。ハクノは旦那様に殺されないお子を育ててみせます」
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