図書館は職場なので迫らないでください

ミネ

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唯継に連れられてきたのは都心から少し離れた緑の多い場所で、都会の整然とした大きな病院とは違い、どことなく温かみのある作りと配色の病院ホスピスだった。

ここには唯継のおじいちゃんが入院している。3ヶ月前に倒れ、もう余命の長くはない彼は最後の時間をここで過ごしていた。それが昨日の夜に状態が急変し、唯継は俺を迎えに来るまでずっとここに居たそうだ。

「僕はおじいちゃん子でね。アイデアマンで陽気な祖父のそばに子どものころはいつも居たよ」

懐かしそうに語る唯継。

「だから最後になる前にもものこと祖父に紹介したくて」

「お、俺を‥」

「うん。僕ね、この間、ももの同僚の人から貰ったっていうプレゼントを見せてって無理強いしてしまったこと悪いと思ってるんだ。あんな風に強要するもんじゃないってわかってるつもりだった。でも止まらなくて」

「もも」って俺の名を大切そうに呼ぶと唯継は話を続けた。

「僕、今まであんな風に嫉妬することなんてなかったんだ。ずっと恋愛はしてきたけど相手にそこまで強く望んだことなんてなかったし、逆にそういう束縛が激しいのも好んでなかった」

唯継は今までいっぱい恋愛してきたんだろう。そしてその恋愛はドライで楽しいだけのものだったらしい。

「でも、ももは違った」

同僚の女の子からプレゼントを貰ったってだけなのにそれだけでもつまらない気持ちになる。さらにそれを大切そうに抱えて自分には見せてくれない姿を目の当たりすると、どうしてもももを独占したい気持ちと、いつまでも湧き上がるイラつきを抑えられなかった。

最初は初めて付き合う同性の恋人をただ楽しんでいただけだったけど、次第にそれだけじゃない気持ちが生まれていたことに気付いた。それは嫉妬とか猜疑心とか。でもそれと同時にだから俺が今までとは違うって存在だって気付いたんだって。

「僕、もものこと大事にしたいって思ってるんだ」

唯継はそう話し、手をそっと差し出す。

「僕の祖父に会ってくれる?」

俺はうなずくと唯継の大きな手を握り返す。ほんのり暖かい唯継の体温がじんわり俺の手に伝わっていった。




病室に入ると唯継のおじいちゃんは笑顔で俺を迎えてくれた。とても優しそうな人だ。穏やかな雰囲気が唯継と似てる気がする。

唯継が俺を紹介すると懐かしそうに昔話をしてくれた。ほら、あの本あるだろ。唯継がわざわざ図書館に返しに来てくれた何十年も前の借りパク本。

唯継にそれを返すよう頼んだのがこのおじいちゃんで、しかもその本はおじいちゃんが借りたものではなかった。

あの本はおじいちゃんが大学生の頃、ある人に「これ返しといてほしい」と渡されたものらしい。おじいちゃんはその人が何の気なしにその本を渡したことは知っていたが、どうしてもおじいちゃんはそれを図書館には返せなかった。なぜならおじいちゃんはほのかにその人に恋心を抱いていたから。

その時、おじいちゃんにはすでに許嫁がいて、結婚も大学卒業後にすでに決まっていた。しっかりとした家柄のおじいちゃんは親の敷いたレールを当然だと思っていたし、本を渡したその人に気持ちを打ち明けるつもりも毛頭なかった。

ただ、もうすぐ大学も卒業というそのタイミングでその本を渡されたおじいちゃんは、その人と繋がりであるその本をどうしてもうちの図書館に返すことができなかった。まるで自分の小さな恋を手放してしまうようだったからだ。

それは誰にも言えない恋で、絶対実らない恋で、だけど大切にしまっておきたい大事な恋だったんだ。だからおじいちゃんはその本を図書館に返さず今までずっと自宅に保管していた。

「悪いことしたね」

おじいちゃんは「申し訳ない」と、でもちょっといたずらそうな顔で笑った。

唯継はその話をすでにおじいちゃんから聞いていて、だからあの本を責任を持って図書館まで持ってきたんだって。


おじいちゃんは話疲れてきたみたいでうとうとし出したから、俺と唯継は病室をそっと出た。

静かな病院の廊下で唯継が「あのね」って少し小さい声で話す。

「祖父に本を渡した相手、男の人だったんだよ」

俺は目を丸くした。え?そうなの??

もしかして体調を崩したおじいちゃんが長いこの話してくれたのってさ‥。

俺は唯継を見上げると唯継もまた俺を見た。

「僕、友達も恋人も誰かを祖父に紹介するのってはじめてなんだよ」

唯継は少し照れくさそうに微笑む。

「唯継‥」

「なに?」

俺は「へへ」と笑うと少し赤くなった頬を見られないよう顔を伏せた。

「‥‥なんでもない」

物音ひとつしない静かな病院ホスピスで俺は唯継にそっと寄り添うと大きくてさらさらしてる手を取るときゅっと握った。


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