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家に帰るとヒューが難しそうな顔をして待っていた。

「おかえり、瀧。昨日はごめんね。少し感情的になってしまって」

座っていたリビングのソファから腰を上げ、瀧も隣に座るように勧める。

瀧がソファに腰を下ろすとヒューもそれに続き、目の前のローテーブルに置いておいたスマホを握った。

「今日考えたのだけれど、瀧に知ってもらいたいことがあって」

手に持っていたスマホを操作して、瀧に画面を見せるとそこには亜麻色の髪の美少年が写っていた。まるで絵画の中から抜け出したような美しさだ。

「これは15歳頃の私で昔撮った写真を母にお願いして送って貰ったんだ」

「ヒューなの?」

現在の男らしい風貌と比べると、写真のすらりと細身で繊細な少年が同じ人物だと気付きにくいが確かに顔を見れば美しい青の瞳や上品な目元、通る鼻筋と面影がある。髪は歳を経て黒くなったのだろう、写真のヒューは輝くような艶のあるハニーブラウンだ。

スマホをスワイプさせるともう一枚写真が現れた。美しく若いヒューの隣にはあどけなく笑う別の美少年がいる。その少年をヒューは指で差した。

「こっちはテディ」

「セ、セオドア?」

あの渋い男にこんな可愛らしい時があったなんて驚きである。

ヒューを神の言葉を伝える従順な天使に例えるならば、隣で笑う少年は美の女神に愛される悪戯好きの妖精のようだ。

「二人ともすごい美少年‥」

ヒューはわずかに顔を顰めながら彼にしては歯切れが悪く話し始める。


「それがネックだったと言うか‥」

飛び級をしたハイスクール時代、ヒューはセオドアと付き合いを始めた。もちろん二人はお互いのことを誰にも話さなかったが、美しく仲の良かった二人がさらに親密に過ごす姿は見るものに倒錯した感情を抱かせ、誰ともなしに噂になり二人の関係は公然の秘密となっていた。


そんな優秀で資産家で見目麗しい二人は一部の同性の歳上の同級生からやっかみの的になることも少なくなく、ある日の放課後ヒューは空き教室に呼び出され男三人に襲われた。

「金髪のガマガエルみたいなのと馬ヅラのそばかす、それから小洒落たねずみみたいな三人だった」

「え、ヒュ、ヒュー‥。まさか」

ヒューはくすりと笑って首を振る。

「小さい頃から護身術を習ってたから、大事には至らなかったよ」

ただ三人掛で襲われさすがのヒューも手こずり際どいところまで追い詰められた。

「特に金髪のガマガエルは私のことを好きだったらしくしつこくキスを奪ってきてね」

「う、うん‥」

ソファの背もたれにあったクッションを抱き瀧は固唾を飲みながら真剣に頷く。

「制服のズボンまで剥ぎ取られて、私の尻を何度も何度も男たちは撫で回してきて、私は下着一枚になって大立ち回りして‥」

ヒューは怒りで震えている拳を口に当て、こほんとひと息吐いた。

「それからというもの、私はベッドで受動的な立場になるとその時のことを思い出してしまって‥」

再び怒りが湧き上がってきたのかヒューは今度は身体を震わせた。

「正直、腹が立って腹が立ってセックスする気も失せるんだ」

一度、昔の恋人に後ろから不意に腰を持たれバッグの体勢でのし掛かられた時に思わずヒューは相手を殴ってしまった経緯がある。

「だから、ごめんね瀧。私はそっちで応えることが出来ないんだよ」


「‥‥そのこと、あいつは知ってんの?」

「テディ?直接は話してないよ。まあ、ちょっと三人とも怪我をして学校の噂になったし、それから私はそっちの方はしなくなったし、なにか察するところはあっただろうけれど」

いくらヒューがまだ身体が成長途中にある美しい少年だったとはいえ、男が男に襲われるなんて恥ずかしくて簡単に言えることではないだろう。

「‥‥打ち明けてくれてありがとう。嬉しい」

瀧は膝の上に乗るヒューの手に自分の手を重ねると気持ちを伝えるかのようにそっと握った。

自分との関係を優先してヒューが隠さずに自分の恥部を話してくれたこと、そしてそれは長年の付き合いであるセオドアも知らない事実であったこと。瀧はヒューの心の近くにたどり着けたような感覚を抱き喜びを覚えた。
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