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『お兄ちゃん、また新調したばかりの武器をボロボロにしたのかイ?』
仮面の不思議系鍛冶職人ことエステルが、呆れた様子で目の前に差し出された剣を凝視する。
先日購入したばかりなのに、鋼の剣身は全体に亀裂が入り今にも砕け散りそうだ。
もはや剣の形を保っているのが、不思議なほどに酷い有様。
自慢の商品が購入された翌日、こんな状態になって持って来られたらどんな職人だって驚くだろう。
特にエステルの作った武器の品質は高く、一部の上級狩人達が愛用している程。
そんな一流職人が本気で作った下位用の剣を、常に災害級の上位モンスターを相手にする狩人ならともかく最底辺の自分が消耗品のように潰していくのは、誰がどう考えてもただ事ではない。
鍛冶職人としての自負すら傷つきかねない事態に、普段温厚な彼も流石に平常心ではいられない様子だった。
『ボクの武器をこんな高頻度で買い替える狩人は、お兄ちゃんが初めてだナー』
今まで聞いた事が無い棘のある言い方に、何も言えずに額からダラダラと汗が流れ落ちる。
力を発動させた後、そのまま以前と同じように雑に扱ってダメにしてしまったので言い訳なんて全くできない。
だから自分にできるのは、ただ製作者であるエステルに誠心誠意をもって頭を下げる事だけである。
この世界に転生して来た同郷の者が、数百年前にニジゲン文化を広めることで根付いた究極の謝罪、
その名は D O G E Z A
「本当にすいませんでした!」
エステルの前で平伏した俺は、謝罪の言葉と同時に店の床に額を擦りつける。
綺麗な姿勢で謝罪の意を表すこと実に数秒間、それを黙って見ていた彼は苦笑いをした。
『ハハハ、お金を出して買ったんだから別に謝る必要はないんだけどサ。……でも一体何をしたらボクの剣を一日でこんな折れかけの状態にできるんだヨ。Gランクでこんな事をする狩人は前代未聞だゾ』
「えっと、それは山より高く海より深いわけがございまして……」
『是非とも後学のためにも教えてほしいナァ』
果たしてGランク用の剣でEランクの〈オルトロス〉を切り倒しましたと言って、すんなり信じてもらえるのだろうか?
エステルはまだ、俺が目覚めた大気中に漂う〈負の魔力〉を扱う特殊な力の事を知らない。
そしてその事は他言してはいけないと、オリビアから釘を刺されている。
力について話せない事が大きな足枷になり、他に上手い言い訳も思いつかず無駄に時間だけが経過していく。
まさに雁字搦め、この状況を作り出してしまったのは他でもない自分なので自業自得としか言いようがないのだが。
(エステルは他人に秘密をあっさり喋るような奴じゃないから別に話しても良いんだけど、万が一にもオリビアさんにバレた時が怖いんだよな……)
心底自分の事を嫌っている彼女の事だ、約束を破ったのがバレたら何をされるか分かったもんじゃない。
脳裏をよぎったのは、ネコミミメイド達を相手に殺さないように雷を浴びせる悪魔のような姿。
ギリギリ死なないようにお仕置きをされる姿が、容易に想像できてしまうのが恐ろしい。
昨日なんて力を扱えるようになっていなかったら、魔獣〈オルトロス〉に殺されるルートも有りえたのだから。
ああ、やばい。今になって身体が恐怖で震えて来た……。
プルプル小刻みに震えていると、何か察したエステルは延々と葛藤を繰り返す俺に助け舟を出してくれた。
『戦いに関する詳細は一切聞かない、その代わりに何を相手にしたのかだけは教えてくれないカ』
「……絶対に驚くと思うけど、大丈夫か?」
『ハッハッハ! この仕事を一体何年していると思っているんダ。並大抵のことでは驚かないヨ!』
「………」
いやいや、これは絶対に驚く展開だろ……。
生前のオタク知識が、こういうケースは絶対に相手が驚くと訴えかけてくる。
更にエステルが自信満々な様子なのが、その予感を更に補強していた。
とはいえ今後の付き合いを考えたら、ここは話すのが最もベストな選択肢。
不安に思いながらも俺は土下座を止めて正座に変更し、ワクワクしている彼に打ち明ける事にした。
「Eランクのレアモンスター〈オルトロス〉を倒したんだ」
「………………………………なんテ?」
「もう一度言うけど、あの第二エリアの双頭の魔獣を倒したんだ」
「………………………………この剣で?」
「うん、って───ぬわぁ!?」
疑問に頷いて見せたら、エステルが定位置から飛び出してタックルして来た。
想定外の不意打ちに驚き、小人族の砲弾のような一撃を受けて仰向けにひっくり返る。
鍛え上げたお腹に乗っかるのは、戦いとは無縁の柔らかい小さなおしりの感触。
馬乗りになったエステルは、仮面の隙間からのぞく真紅の瞳を輝かせて見下ろしてきた。
『ウソだろ、あの下級狩人の死神と恐れられている魔獣を倒したノ!?』
「あ、ああ……ウソじゃない。その証拠にヤツからドロップ品を手に入れたんだ」
『ドロップ品!? ──ってことは爪か牙を手に入れたってことか、見たい見たい見たイ!!』
まるで子供のようにおねだりをしてくる彼に、俺は苦笑しながら片手でアイテムボックスを開く。
大事に保管していた〈魔獣の牙〉を取り出してみせたら、エステルは腕を掴み興奮気味に牙の鑑定を始めた。
「うはぁ! これが魔獣の爪!?」
喜ぶ姿は、どう見ても幻のお宝を目の前にしたオタク。
以前にレアスライムからドロップしたアイテムを見せた際にも、彼は同じように大はしゃぎをした記憶がある。
その際にこういうドロップ品は、職人にとっては凄く貴重で滅多にお目に掛かる事がない代物だと教えて貰ったのだ。
オマケに今回は、スライムよりもランクが高い。
そんなレアアイテムを目の前にして、冷静さを失うのは当然だった。
自分も前世でオタク活動をしていた際に、レア物を前にして同じような事をしていたのでとても理解できる。
数分間くらい色んな角度から牙を観察した後、エステルは鼻息を荒くして「本物じゃないカーッ!」と嬉しそうな叫び声を上げた。
実に微笑ましいその姿を眺めていると、彼は仮面で隠した顔を間近まで寄せてきた。
『すごいすごい、初めて見たヨ! 通常モンスターですらドロップ確率は低いのに、レアモンスター〈オルトロス〉のドロップ品なんて最低でも数百万以上で売れちゃうゾ!』
「今はお金に困ってはいないから、売る気はないかな」
『という事は、ソレを武器にする予定……ってこト!?』
このレアアイテムを自らの手で武器にしたいという願望が、ビシバシ伝わってくる程に彼は目を輝かせる。
俺は頷いて肯定し、取りあえず今後の予定を話すことにした。
「今の俺はまだGランクだから、せめてFランクに上がってから依頼する事になると思うけど」
『その時には、ボクに依頼してくれるよネ! ネ!?』
「もちろん。俺はエステルの武器が一番好きだから、その時には是非ともお願いしたい」
『ヤッター! じゃあそれまでに爪と相性の良い金属とか、Fランクにおさまりそうな組み合わせを色々と調べておくヨ!』
貴重な爪を加工する機会を得て、エステルは両手を上げて大喜びする。
こうして眺めていると、どうみても十代前半の子供がはしゃいでいるようにしか見えない。
例えるならば、親戚の子供の相手をしているような気持ちだった。
「喜ぶのは良いんだけど、そろそろ上から退いてもらえると助かるかな……」
『え、あ……ご、ごめン!?』
指摘する事でエステルはようやく、先程から押し倒した姿勢でいる事に気付く。
至近距離で視線が合うと、仮面で隠れている顔は耳まで一気に真っ赤に染まる。
慌てて飛び退いた彼は、顔を両手で覆い隠し店の端っこで丸くなった。
あの状態を無意識とはいえ、自ら行っていたのがよほど恥ずかしかったらしい。
背を向ける彼の頭からは、なにやら湯気みたいなものが出ていた。
「えっと、取りあえず新しい武器を買いたいんだけど良いかな?」
『う、うン! その壊れちゃった子は、後で供養するから棚から選んデ!』
今まで見た事が無いレベルで、エステルは動揺していた。
性別は未だ分からないけど、男にしても女にしても余りにも初心過ぎないか。
店の隅っこでダンゴムシのように丸まった彼が復活したのは、武器を選びカウンターに持っていった後だった。
会計するときに視線は一切合わせず、店から出たらエステルは店の出入り口に身を半分隠しながら見送りをしてくれた。
小さく手を振る可愛らしいその姿に新しい相棒を手にした俺は、今日は壊さないように頑張ろうと心に誓った。
仮面の不思議系鍛冶職人ことエステルが、呆れた様子で目の前に差し出された剣を凝視する。
先日購入したばかりなのに、鋼の剣身は全体に亀裂が入り今にも砕け散りそうだ。
もはや剣の形を保っているのが、不思議なほどに酷い有様。
自慢の商品が購入された翌日、こんな状態になって持って来られたらどんな職人だって驚くだろう。
特にエステルの作った武器の品質は高く、一部の上級狩人達が愛用している程。
そんな一流職人が本気で作った下位用の剣を、常に災害級の上位モンスターを相手にする狩人ならともかく最底辺の自分が消耗品のように潰していくのは、誰がどう考えてもただ事ではない。
鍛冶職人としての自負すら傷つきかねない事態に、普段温厚な彼も流石に平常心ではいられない様子だった。
『ボクの武器をこんな高頻度で買い替える狩人は、お兄ちゃんが初めてだナー』
今まで聞いた事が無い棘のある言い方に、何も言えずに額からダラダラと汗が流れ落ちる。
力を発動させた後、そのまま以前と同じように雑に扱ってダメにしてしまったので言い訳なんて全くできない。
だから自分にできるのは、ただ製作者であるエステルに誠心誠意をもって頭を下げる事だけである。
この世界に転生して来た同郷の者が、数百年前にニジゲン文化を広めることで根付いた究極の謝罪、
その名は D O G E Z A
「本当にすいませんでした!」
エステルの前で平伏した俺は、謝罪の言葉と同時に店の床に額を擦りつける。
綺麗な姿勢で謝罪の意を表すこと実に数秒間、それを黙って見ていた彼は苦笑いをした。
『ハハハ、お金を出して買ったんだから別に謝る必要はないんだけどサ。……でも一体何をしたらボクの剣を一日でこんな折れかけの状態にできるんだヨ。Gランクでこんな事をする狩人は前代未聞だゾ』
「えっと、それは山より高く海より深いわけがございまして……」
『是非とも後学のためにも教えてほしいナァ』
果たしてGランク用の剣でEランクの〈オルトロス〉を切り倒しましたと言って、すんなり信じてもらえるのだろうか?
エステルはまだ、俺が目覚めた大気中に漂う〈負の魔力〉を扱う特殊な力の事を知らない。
そしてその事は他言してはいけないと、オリビアから釘を刺されている。
力について話せない事が大きな足枷になり、他に上手い言い訳も思いつかず無駄に時間だけが経過していく。
まさに雁字搦め、この状況を作り出してしまったのは他でもない自分なので自業自得としか言いようがないのだが。
(エステルは他人に秘密をあっさり喋るような奴じゃないから別に話しても良いんだけど、万が一にもオリビアさんにバレた時が怖いんだよな……)
心底自分の事を嫌っている彼女の事だ、約束を破ったのがバレたら何をされるか分かったもんじゃない。
脳裏をよぎったのは、ネコミミメイド達を相手に殺さないように雷を浴びせる悪魔のような姿。
ギリギリ死なないようにお仕置きをされる姿が、容易に想像できてしまうのが恐ろしい。
昨日なんて力を扱えるようになっていなかったら、魔獣〈オルトロス〉に殺されるルートも有りえたのだから。
ああ、やばい。今になって身体が恐怖で震えて来た……。
プルプル小刻みに震えていると、何か察したエステルは延々と葛藤を繰り返す俺に助け舟を出してくれた。
『戦いに関する詳細は一切聞かない、その代わりに何を相手にしたのかだけは教えてくれないカ』
「……絶対に驚くと思うけど、大丈夫か?」
『ハッハッハ! この仕事を一体何年していると思っているんダ。並大抵のことでは驚かないヨ!』
「………」
いやいや、これは絶対に驚く展開だろ……。
生前のオタク知識が、こういうケースは絶対に相手が驚くと訴えかけてくる。
更にエステルが自信満々な様子なのが、その予感を更に補強していた。
とはいえ今後の付き合いを考えたら、ここは話すのが最もベストな選択肢。
不安に思いながらも俺は土下座を止めて正座に変更し、ワクワクしている彼に打ち明ける事にした。
「Eランクのレアモンスター〈オルトロス〉を倒したんだ」
「………………………………なんテ?」
「もう一度言うけど、あの第二エリアの双頭の魔獣を倒したんだ」
「………………………………この剣で?」
「うん、って───ぬわぁ!?」
疑問に頷いて見せたら、エステルが定位置から飛び出してタックルして来た。
想定外の不意打ちに驚き、小人族の砲弾のような一撃を受けて仰向けにひっくり返る。
鍛え上げたお腹に乗っかるのは、戦いとは無縁の柔らかい小さなおしりの感触。
馬乗りになったエステルは、仮面の隙間からのぞく真紅の瞳を輝かせて見下ろしてきた。
『ウソだろ、あの下級狩人の死神と恐れられている魔獣を倒したノ!?』
「あ、ああ……ウソじゃない。その証拠にヤツからドロップ品を手に入れたんだ」
『ドロップ品!? ──ってことは爪か牙を手に入れたってことか、見たい見たい見たイ!!』
まるで子供のようにおねだりをしてくる彼に、俺は苦笑しながら片手でアイテムボックスを開く。
大事に保管していた〈魔獣の牙〉を取り出してみせたら、エステルは腕を掴み興奮気味に牙の鑑定を始めた。
「うはぁ! これが魔獣の爪!?」
喜ぶ姿は、どう見ても幻のお宝を目の前にしたオタク。
以前にレアスライムからドロップしたアイテムを見せた際にも、彼は同じように大はしゃぎをした記憶がある。
その際にこういうドロップ品は、職人にとっては凄く貴重で滅多にお目に掛かる事がない代物だと教えて貰ったのだ。
オマケに今回は、スライムよりもランクが高い。
そんなレアアイテムを目の前にして、冷静さを失うのは当然だった。
自分も前世でオタク活動をしていた際に、レア物を前にして同じような事をしていたのでとても理解できる。
数分間くらい色んな角度から牙を観察した後、エステルは鼻息を荒くして「本物じゃないカーッ!」と嬉しそうな叫び声を上げた。
実に微笑ましいその姿を眺めていると、彼は仮面で隠した顔を間近まで寄せてきた。
『すごいすごい、初めて見たヨ! 通常モンスターですらドロップ確率は低いのに、レアモンスター〈オルトロス〉のドロップ品なんて最低でも数百万以上で売れちゃうゾ!』
「今はお金に困ってはいないから、売る気はないかな」
『という事は、ソレを武器にする予定……ってこト!?』
このレアアイテムを自らの手で武器にしたいという願望が、ビシバシ伝わってくる程に彼は目を輝かせる。
俺は頷いて肯定し、取りあえず今後の予定を話すことにした。
「今の俺はまだGランクだから、せめてFランクに上がってから依頼する事になると思うけど」
『その時には、ボクに依頼してくれるよネ! ネ!?』
「もちろん。俺はエステルの武器が一番好きだから、その時には是非ともお願いしたい」
『ヤッター! じゃあそれまでに爪と相性の良い金属とか、Fランクにおさまりそうな組み合わせを色々と調べておくヨ!』
貴重な爪を加工する機会を得て、エステルは両手を上げて大喜びする。
こうして眺めていると、どうみても十代前半の子供がはしゃいでいるようにしか見えない。
例えるならば、親戚の子供の相手をしているような気持ちだった。
「喜ぶのは良いんだけど、そろそろ上から退いてもらえると助かるかな……」
『え、あ……ご、ごめン!?』
指摘する事でエステルはようやく、先程から押し倒した姿勢でいる事に気付く。
至近距離で視線が合うと、仮面で隠れている顔は耳まで一気に真っ赤に染まる。
慌てて飛び退いた彼は、顔を両手で覆い隠し店の端っこで丸くなった。
あの状態を無意識とはいえ、自ら行っていたのがよほど恥ずかしかったらしい。
背を向ける彼の頭からは、なにやら湯気みたいなものが出ていた。
「えっと、取りあえず新しい武器を買いたいんだけど良いかな?」
『う、うン! その壊れちゃった子は、後で供養するから棚から選んデ!』
今まで見た事が無いレベルで、エステルは動揺していた。
性別は未だ分からないけど、男にしても女にしても余りにも初心過ぎないか。
店の隅っこでダンゴムシのように丸まった彼が復活したのは、武器を選びカウンターに持っていった後だった。
会計するときに視線は一切合わせず、店から出たらエステルは店の出入り口に身を半分隠しながら見送りをしてくれた。
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