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第二エリアを活動拠点にして一ヶ月が経過した。
レベルを上げて倍近くなった報酬で、資金もそれなりに貯めることができた。
そこで遂に半年間お世話になったボロ宿を引き払い、俺はアスファエルの紹介でお値段高めの宿に引っ越すことにした。
大きな荷物は背負っている大きめのバッグと、腰に下げている相棒の剣だけ。
半年間も活動していたのに荷物はこれだけなのは、自分が最低限の資金でやり繰りしていた証拠といえる。
掃除を終えたらボロ宿の管理人である女性に最後、今まで世話になったお礼を伝えたら「上級狩人に成り上がりなさい」と嬉しくなるエールを貰った。
強く背を押してもらい向かった新天地は、天使達が住む大聖堂の近くにあるマンション。
そこは一日千セラフと、前住んでいたのと比較して十倍もするお値段だった。
どうしてこんな高い場所に、活動拠点を変えようと思ったのか。
本来ならば資金の大半は武器に使いたい所だったのだが、この世界はランクを上げなければ強い武器を扱う事はできない。
レベルは200を越えて現在は280という状態、まだ上限に至るようすは無く一体いつFランクに上がれるのかは分からない。
資金を貯める事を優先しても良かったのだが、そこでアスファエルから住む環境を良くすることを提案されたのだ。
しかも前々から提案しようと思っていたらしく、俺の所持金に合ったオススメのリストまで取り出して。
「一ヶ月で三万セラフとか、数日前の自分なら有り得ない金額だな……」
まるで高級ホテルのような外観をした施設に足を踏み入れると、スーツ姿の女性管理人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、カムイ様。この施設を管理するアメリアです」
「カ、カムイです。お世話になります!」
お手本のようなお辞儀をする彼女に、つい前世の条件反射でこちらも頭を下げる。
アメリアは営業スマイルで、早速予約している部屋に案内をしてくれた。
自動で開閉するマンションの入り口を、何も考えずに彼女の後に続いて通ると、
「この出入口は王城の方々とか、登録をされている者しか出入りする事はできない特殊な結界が使用されているので、不審者とかに気を付ける心配はいりません」
「な、なるほど……」
実に異世界っぽい説明を受けながら、俺達は十階の一番端っこの方にある部屋を目指す。
部屋の前まで到着したら、そこで最後に書類にサインをして契約を済ませる段取りとなった。
アスファエルの紹介だからなのか、それとも管理人さんが良い人なのか。
出会ってから別れるまで、彼女は〈スキルゼロ〉が相手でも嫌な顔一つ見せることは無かった。
サインを終えて渡した書類を手に、歩き去る背中を見送りながら俺は素直な感想を口にする。
「仕事のできる人って感じだったなぁ……」
アレがキャリアウーマンというやつなのかと、思いながら今日から活動拠点となった新居に入る。
前の1R部屋と違って今回は1LDKの広い空間なので、玄関に入ってすぐ目の前が部屋ではない。
小さな廊下にはトイレと脱衣所、それと居間にダイニングルームの合計四つの扉がある。
前世の記憶を刺激される懐かしい光景に、軽い感動を覚えながら一つ一つチェックをする事に。
脱衣所、お風呂、トイレ、リビング、ダイニングルームにキッチン。
どれも一人で扱うのには十二分過ぎる広さで、事前に購入していた家具がアスファエルのコーディネートによってオシャレに設置されている光景はセンス皆無な自分には絶対にできない事だ。
「これで月三万セラフとかお得過ぎないか? 後で実は三十万でしたとかならないよな?」
そんな感じでビビっていたら、不意に玄関の方から軽快なチャイム音が鳴り響く。
一体誰だろう、そう思いながらリビングから移動した俺は無警戒で玄関の扉を開いた。
するとそこに立っていたのは、──なんと身を隠すローブを羽織った聖女様だった。
「せ、聖女様!?」
「いきなり押しかけてしまい、すみません。実は姉達から新居祝いを理由に家に押しかけろと言われて……」
「それは別に構わないんだけど、セキュリティは」
「それでしたら、わたくしは聖女なので全てフリーパスで入れます」
「なるほど、そういえば王城の人達は入れるみたいなこと言ってたな。……って、オリビアさんは? まさか一人で此処に?」
「オリビアは始祖様からの命令で今は〈フェスティバル〉に参加しています。ですから姉様の二人が護衛で来てくれました。今は趣味の本を買うためにニジゲン天国に向われましたが」
「あー、そういえば祭りは今日開始でしたね。俺には関係ないんで忘れてました……」
早朝でノルマを終わらせて帰還する際、大集団の狩人達が遠征に向かっている光景を思い出す。
貴重な祭りの体験と上級狩人達の戦いは是非とも見学したかったけど、残念ながら今の俺では足りないものが多すぎる。
ちなみにニジゲン天国とは、〈ウリエル・エリア〉に漫画小説フィギュアなど様々なオタク文化を結集させた夢の地の名称だ。
前世がオタクであった自分も一度は足を踏み入れたい場所なのだが、如何せん散財しそうな気がするので自主的に禁じている。
──と、いけないいけない。今はそんな事よりも来訪された聖女様の事に集中しなければ。
「自分も今来たばかりなので、取りあえず上がって下さい」
「は、はい! お邪魔します! それとこれはつい先程作ったチーズケーキです!」
「……ああ、いつもありがとうございます」
手にしていたケーキ入りの箱を受取り、新品の来客用スリッパを出すと聖女様は慣れた動作で履き替える。
しゃがむ動作とか一つ一つに品があるのは、流石は王族のお姫様といった感じ。
先導してリビングに向かい、まだ誰も使った事のないソファーで休憩してもらう事にした。
記念すべき最初の来客、ここは何としてもおもてなしを成功させたい。
たしかキッチンには、アスファエルのアドバイスで色々と飲み物とか茶菓子が事前に用意済だったはず。
飲み物は何を出すべきなのか、魔石で稼働する懐かしき形状をした冷蔵庫を開ける。
中には『お茶』『果物ジュース』『コーヒー』など色々とある為に、どれをお出しするか悩んだ。
「すみません、聖女様は飲み物はなにが良いですか?」
「あ、わたくしもお手伝いします、婚約者なので!」
婚約者である事を強調し、慌ててキッチンにやってきた聖女様は実に可愛らしい動作で隣に並ぶ。
こうなっては仕方がない。二人で飲み物を選んで、茶菓子は聖女様が作ってきたチーズケーキを自分がナイフで二皿に切り分ける。
そんな風に二人で共同作業を行っていると、何だか婚約者というより新婚の夫婦のように思えた。
──って、相手は聖女様だぞ。恐れ多すぎる!
勢いよく頭を左右に振って雑念を払う。
婚約者という関係は、自分の中にある力の副作用を対処する役割に付属したものだ。
手紙だって毎日やり取りしていたけど、彼女のはファンレターみたいな内容で恋愛を意識してやっていたわけではないと思う。
けして恋仲ではないと、浮かれないように自制心を強く持った。
それから清らかな心を以って彼女を見た。
ローブを脱いだ聖女様は、今日はいつもの専用の法衣ではなく清楚系コーデ。
凄く似合ってるし可愛すぎて、先程の雑念が復活し余計に意識してしまう。
こちらの視線に気付いて微笑む彼女に、心臓の鼓動は次第に大きくなっていく。
しかも今は二人っきり、殺意を向けてくる邪魔なオリビアはいない。
最近やたら出現するようになった欲望の悪魔が、『チャンスなのでは?』とささやいて来るのを俺は鋼の意思で無視した。
ダメだダメだダメだ! うかつに手を出して嫌われたら元も子もないだろう悪魔め!
自分自身と戦いながら用意を終えたら、ジュースとケーキを乗せたお盆を手にリビングへ。
対面側に座ろうとしたら、聖女様が腕を掴みそれを止めた。
「婚約者なんですから、ピッタリ隣りが良いです!」
「は、はい……」
有無を言わせない彼女の圧に負けて、一つのソファーに二人で腰掛ける事に。
予算の都合で大きいのは買えなかったので、肩が触れる程にスペースに余裕はない。
以前にも嗅いだことのある、聖女様の花のような香りに包まれて心臓の鼓動は大きくなる。
ヤバい、すごくドキドキする。
思えば婚約者だというのに、二人っきりの時間は今までなかった。
これまで感じた事のない程の、甘酸っぱい雰囲気に悪魔のささやきがエスカレートする。
俺は黙ってフォークを手に黙々と食べ進めケーキを完食、そのまま一気にジュースを飲み干す。
洗い物をして、この気持ちを鎮めようと立ち上がろうとしたら、
隣にいる聖女様に腕を掴まれて、立ち上がるのを阻止された。
「せ、聖女様……?」
「あの、実は本日ここに来たのには、一つ大事なお願いをしたくて……」
「お願いですか、それは一体なんですか」
彼女には毎日お世話になっている。
自分にできることなら、何でも叶えてあげたい。
覚悟を胸に待っていると、この上なく可愛らしい上目遣いで聖女様は自身の願いを口にした。
「オリビアの目がない今日、ソウスケ様とニジゲン天国でデートをしたいのです!」
レベルを上げて倍近くなった報酬で、資金もそれなりに貯めることができた。
そこで遂に半年間お世話になったボロ宿を引き払い、俺はアスファエルの紹介でお値段高めの宿に引っ越すことにした。
大きな荷物は背負っている大きめのバッグと、腰に下げている相棒の剣だけ。
半年間も活動していたのに荷物はこれだけなのは、自分が最低限の資金でやり繰りしていた証拠といえる。
掃除を終えたらボロ宿の管理人である女性に最後、今まで世話になったお礼を伝えたら「上級狩人に成り上がりなさい」と嬉しくなるエールを貰った。
強く背を押してもらい向かった新天地は、天使達が住む大聖堂の近くにあるマンション。
そこは一日千セラフと、前住んでいたのと比較して十倍もするお値段だった。
どうしてこんな高い場所に、活動拠点を変えようと思ったのか。
本来ならば資金の大半は武器に使いたい所だったのだが、この世界はランクを上げなければ強い武器を扱う事はできない。
レベルは200を越えて現在は280という状態、まだ上限に至るようすは無く一体いつFランクに上がれるのかは分からない。
資金を貯める事を優先しても良かったのだが、そこでアスファエルから住む環境を良くすることを提案されたのだ。
しかも前々から提案しようと思っていたらしく、俺の所持金に合ったオススメのリストまで取り出して。
「一ヶ月で三万セラフとか、数日前の自分なら有り得ない金額だな……」
まるで高級ホテルのような外観をした施設に足を踏み入れると、スーツ姿の女性管理人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりました、カムイ様。この施設を管理するアメリアです」
「カ、カムイです。お世話になります!」
お手本のようなお辞儀をする彼女に、つい前世の条件反射でこちらも頭を下げる。
アメリアは営業スマイルで、早速予約している部屋に案内をしてくれた。
自動で開閉するマンションの入り口を、何も考えずに彼女の後に続いて通ると、
「この出入口は王城の方々とか、登録をされている者しか出入りする事はできない特殊な結界が使用されているので、不審者とかに気を付ける心配はいりません」
「な、なるほど……」
実に異世界っぽい説明を受けながら、俺達は十階の一番端っこの方にある部屋を目指す。
部屋の前まで到着したら、そこで最後に書類にサインをして契約を済ませる段取りとなった。
アスファエルの紹介だからなのか、それとも管理人さんが良い人なのか。
出会ってから別れるまで、彼女は〈スキルゼロ〉が相手でも嫌な顔一つ見せることは無かった。
サインを終えて渡した書類を手に、歩き去る背中を見送りながら俺は素直な感想を口にする。
「仕事のできる人って感じだったなぁ……」
アレがキャリアウーマンというやつなのかと、思いながら今日から活動拠点となった新居に入る。
前の1R部屋と違って今回は1LDKの広い空間なので、玄関に入ってすぐ目の前が部屋ではない。
小さな廊下にはトイレと脱衣所、それと居間にダイニングルームの合計四つの扉がある。
前世の記憶を刺激される懐かしい光景に、軽い感動を覚えながら一つ一つチェックをする事に。
脱衣所、お風呂、トイレ、リビング、ダイニングルームにキッチン。
どれも一人で扱うのには十二分過ぎる広さで、事前に購入していた家具がアスファエルのコーディネートによってオシャレに設置されている光景はセンス皆無な自分には絶対にできない事だ。
「これで月三万セラフとかお得過ぎないか? 後で実は三十万でしたとかならないよな?」
そんな感じでビビっていたら、不意に玄関の方から軽快なチャイム音が鳴り響く。
一体誰だろう、そう思いながらリビングから移動した俺は無警戒で玄関の扉を開いた。
するとそこに立っていたのは、──なんと身を隠すローブを羽織った聖女様だった。
「せ、聖女様!?」
「いきなり押しかけてしまい、すみません。実は姉達から新居祝いを理由に家に押しかけろと言われて……」
「それは別に構わないんだけど、セキュリティは」
「それでしたら、わたくしは聖女なので全てフリーパスで入れます」
「なるほど、そういえば王城の人達は入れるみたいなこと言ってたな。……って、オリビアさんは? まさか一人で此処に?」
「オリビアは始祖様からの命令で今は〈フェスティバル〉に参加しています。ですから姉様の二人が護衛で来てくれました。今は趣味の本を買うためにニジゲン天国に向われましたが」
「あー、そういえば祭りは今日開始でしたね。俺には関係ないんで忘れてました……」
早朝でノルマを終わらせて帰還する際、大集団の狩人達が遠征に向かっている光景を思い出す。
貴重な祭りの体験と上級狩人達の戦いは是非とも見学したかったけど、残念ながら今の俺では足りないものが多すぎる。
ちなみにニジゲン天国とは、〈ウリエル・エリア〉に漫画小説フィギュアなど様々なオタク文化を結集させた夢の地の名称だ。
前世がオタクであった自分も一度は足を踏み入れたい場所なのだが、如何せん散財しそうな気がするので自主的に禁じている。
──と、いけないいけない。今はそんな事よりも来訪された聖女様の事に集中しなければ。
「自分も今来たばかりなので、取りあえず上がって下さい」
「は、はい! お邪魔します! それとこれはつい先程作ったチーズケーキです!」
「……ああ、いつもありがとうございます」
手にしていたケーキ入りの箱を受取り、新品の来客用スリッパを出すと聖女様は慣れた動作で履き替える。
しゃがむ動作とか一つ一つに品があるのは、流石は王族のお姫様といった感じ。
先導してリビングに向かい、まだ誰も使った事のないソファーで休憩してもらう事にした。
記念すべき最初の来客、ここは何としてもおもてなしを成功させたい。
たしかキッチンには、アスファエルのアドバイスで色々と飲み物とか茶菓子が事前に用意済だったはず。
飲み物は何を出すべきなのか、魔石で稼働する懐かしき形状をした冷蔵庫を開ける。
中には『お茶』『果物ジュース』『コーヒー』など色々とある為に、どれをお出しするか悩んだ。
「すみません、聖女様は飲み物はなにが良いですか?」
「あ、わたくしもお手伝いします、婚約者なので!」
婚約者である事を強調し、慌ててキッチンにやってきた聖女様は実に可愛らしい動作で隣に並ぶ。
こうなっては仕方がない。二人で飲み物を選んで、茶菓子は聖女様が作ってきたチーズケーキを自分がナイフで二皿に切り分ける。
そんな風に二人で共同作業を行っていると、何だか婚約者というより新婚の夫婦のように思えた。
──って、相手は聖女様だぞ。恐れ多すぎる!
勢いよく頭を左右に振って雑念を払う。
婚約者という関係は、自分の中にある力の副作用を対処する役割に付属したものだ。
手紙だって毎日やり取りしていたけど、彼女のはファンレターみたいな内容で恋愛を意識してやっていたわけではないと思う。
けして恋仲ではないと、浮かれないように自制心を強く持った。
それから清らかな心を以って彼女を見た。
ローブを脱いだ聖女様は、今日はいつもの専用の法衣ではなく清楚系コーデ。
凄く似合ってるし可愛すぎて、先程の雑念が復活し余計に意識してしまう。
こちらの視線に気付いて微笑む彼女に、心臓の鼓動は次第に大きくなっていく。
しかも今は二人っきり、殺意を向けてくる邪魔なオリビアはいない。
最近やたら出現するようになった欲望の悪魔が、『チャンスなのでは?』とささやいて来るのを俺は鋼の意思で無視した。
ダメだダメだダメだ! うかつに手を出して嫌われたら元も子もないだろう悪魔め!
自分自身と戦いながら用意を終えたら、ジュースとケーキを乗せたお盆を手にリビングへ。
対面側に座ろうとしたら、聖女様が腕を掴みそれを止めた。
「婚約者なんですから、ピッタリ隣りが良いです!」
「は、はい……」
有無を言わせない彼女の圧に負けて、一つのソファーに二人で腰掛ける事に。
予算の都合で大きいのは買えなかったので、肩が触れる程にスペースに余裕はない。
以前にも嗅いだことのある、聖女様の花のような香りに包まれて心臓の鼓動は大きくなる。
ヤバい、すごくドキドキする。
思えば婚約者だというのに、二人っきりの時間は今までなかった。
これまで感じた事のない程の、甘酸っぱい雰囲気に悪魔のささやきがエスカレートする。
俺は黙ってフォークを手に黙々と食べ進めケーキを完食、そのまま一気にジュースを飲み干す。
洗い物をして、この気持ちを鎮めようと立ち上がろうとしたら、
隣にいる聖女様に腕を掴まれて、立ち上がるのを阻止された。
「せ、聖女様……?」
「あの、実は本日ここに来たのには、一つ大事なお願いをしたくて……」
「お願いですか、それは一体なんですか」
彼女には毎日お世話になっている。
自分にできることなら、何でも叶えてあげたい。
覚悟を胸に待っていると、この上なく可愛らしい上目遣いで聖女様は自身の願いを口にした。
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