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第三章 幻魔界

第六百十二話 受け入れがたいものだから

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 どれくらい眠っていたのかわからない。
 ズタズタだった。何もかもが。
 放っておけば今度こそ確実に死んだだろう。
 そして……また助けられた。それも自分の中の自分に。

 自分の中にもう一人別の何かがいる感じがした事。
 それに気づいたのは結構前からだった。
 自分の意思とは違う何かがよぎる。
 やるせない無気力感。
 自分など、本当に無価値だと心の底から溢れてくる感覚。
 絶望していたのは俺だけじゃない。
 俺の中にいるもう一人――――ベリアル。
 
 こいつはどこからが本気で、どこからが嘘なのかよくわからない。
 だが、唯一はっきりしていることがある。

「俺は……助けられた」
「おや? もしかして殿方殿に戻ったのかな」
「……ああ。どうやらまだ、喋るのが精いっぱいのようだ。どうしてもこいつの行動が
許せなくて。人の体で勝手にいいようにしてくれて……また二人も取り込んでしまった……」
「それはあなた自身、未熟なのがいけないのでは? なぜ一人で解決しようとしたのですか」
「……あの中にいけば、誰かが死ぬと思った。それが……怖かったんだ」
「ふざけないでください。あなたが死ねば皆死ぬかもしれない。それはわかっているのでしょう?」
「ああ。わかっている。だけどもう、目の前で知り合いが死ぬのは……見たくないんだよ……」

 生前、何人も死ぬ人を見てきた。
 小さい頃から何人も何人も。
 いつしか何も感じなくなっていた。
 だが、今は違う。
 
「失うのが怖い。それがお互い様だって言いたい事もわかってる。
でも俺は……仲間を信じているようで、信じた仲間を死地に連れてはいけなかった。
なぁ、それよりメナスはどうした? 見当たらないし、封印にもいないんだ。目が……まだよくみえない」
「……」
「まさ……か」
「生きてますよ。今の腑抜けたあなたを見たらきっと、絶望するでしょうね。
メルザがいなくなってからというもの、あなたの腑抜けっぷりは何ですか」
「よかった……メルザがいないからこそ俺は、メルザのために……」

 本当にそうなのだろうか。
 俺は今何のために生きて行動しているんだ。
 これじゃ前世と変わらない。
 誰にも迷惑をかけず、一人で……生きて。
 
「今のあなたなら、ベリアルの方が数倍マシです」
「言い過ぎだぞ。ジェネスト。殿方殿にとって、主であるメルザ殿の存在があまりにも大きかったのだろう。
「それならば、主がいないにも関わらず、あれほどの力を持つベリアルは彼以上の存在。
そうだとは感じないのですか」
「……俺だって、強くありたいとは思ってる。つかめていない力もある。
だが今は……まだ弱い」
「……イーファ、ドーグル、ファナ」
「っ! 名前を! ……ここはそうか。幻魔界か。ははは、そうだよな。そうだった、そうだよ。
そうだ! 俺は! イーファ、ドーグル、ファナ、パモ、サラ、ベルディア、レウス
さん、セーレ、ジェネスト、ブレディー、ドルドー、ウォーラス、アネスタ、メナス……
リルカーン、カノン。皆に、会いたい……会いたいんだ」
「長い間本当の名前を口にせず、大切な存在を見失いかけていた……というところでしょうか。
「……お前は本当に、俺に厳しいな。でもさ。ありがとう。俺をしかりつけてくれる人なんて
一人もいなかった。これからも、情けない俺を見たら叱責してほしい」
「な、何を言うかと思えば。私はただ、情けない主人を見たくないだけです」
「ふっ……主人か。殿方殿、言い方はきついがこれでも相当心配して手を尽くしてくれたのだ。
あれをよろしく頼む」
「なっ! 何を言っているのですか! 深淵に見舞わせますよ!」
「ああ。頼れる……仲間だよ。それより、一つ二人に頼みがある。俺の中にパモがいる。
今からパモを起こす。二人で面倒見てやってくれないか? きっと、ここから先進むのに役立つはずだ。
俺は地上へ出るまでベリアルと代わるから。それからさ。心の声ってねじ曲がって聞こえたり
ストレートに聞こえ過ぎちゃうんだ。だから……ベリアルに伝えて欲しい。聞こえてるかもしれないけど。
助けられるのが嫌なんじゃない。お前に負けるのが嫌なだけだ……と」
「ぱーみゅ!」
「頼んだぞ、ジェネスト……ああ、パモは見えなくても、ふわふわのふかふかだな……」

 そう告げつつパモを撫でながら、再びルイン・ラインバウトは眠りに着いた。
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