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第五部 主と建国せし道 第一章 ジャンカの町 闘技大会

第八百二十九話 動く雷帝

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 困ったものですわね。
 大陸で大人しく監視しているだけかと思ったら、こんなところまで追いかけて来るなんて。
 余程暇なのかしらね。
 それにしても……わざわざ闘技大会なんて出場しているから、どんな可笑しなことをす
るのかと思えば。
 たった一つの力だけ使用して負けるなんて、無様ですわ。
 笑いに行って差し上げましょう。

「入りますわよ。あら、鍵が掛かっていますわね。まぁわたくしには関係ありませんけど」

 あら。少し電撃を発しただけで扉が黒焦げになってしまいましたわ。
 まぁいいでしょう。簡単に黒焦げになる扉がいけないのですわ。

「あ、やばい女王がきたぞ、先生」
「……あのー、扉を壊して入って来るのは遠慮していただきたいのですが」
「オーッホッホッホ。わたくしに破壊されるなんて運がいい扉ですわ」
「扉に運ってあるのか?」
「スピア。少々下がっていなさい。こちらは患者がいる場所です。室内ではお静かに。面
会ですか? まずは消毒を」
「あら。わたくしは雷帝。毒なんてわたくしにはつきませんわよ」

 バチバチと迸る電流をみて、大きくため息をつくシュイオン先生。
 
「いいですか。消毒は電撃に関係なくしてもらいます。これは決まりですからね」
「……分かりましたわ。メイショウへ面会をしたのだけれど」
「彼にですか? ルインさんにではなく?」
「ええ。彼の方が重症ではなくて? メイショウならあの程度、なんともないはずよ」
「どういうことです? まだ意識が……あっ。雷帝さん!」
「大丈夫。少々お話をしたら直ぐ離れますわ」

 やはり狸寝入りをしていますのね。何を考えているのかしら。
 医者としては優秀でも、お人好しが過ぎる人物ですわね。

「ここですわね。メイショウ、あら……あなたでしたの」
「ふん。雷帝か。こいつに何のようだ」
「狸寝入りしているのを起こして問い詰めようとしただけですわ」
「ちっ。お前が大人しく魔王城に引きこもってれば、こいつも出て来る必要なんざ無かった」
「ウェアウルフの分際でわたくしに対してそのような口を利くのは許せないのだわ。試合前に
消し炭になりたいのかしら? ウェアウルフのホムンクルスちゃん」
「てめぇ!」
「あら。騒がない方がいいのではなくて? あなたの目的は彼に命令されただけでなく、お金
なのでしょう? 試合前に失格となりますわよ」
「……俺はもう行く」
「ええ。そうしてもらえるかしら」

 メイショウの片腕、ルッツ。わたくしの敵ではないのだけれど、高い能力を持っている
のは間違いないのだわ。
 ビローネとの試合、精々頑張ることね。

「さて、メイショウ。そろそろ狸寝入りは止めて、話すのだわ。話すのよ。話すのね。話すに違い
ないのだわ!」
「……何時から気付いていたんですか。雷帝」
「何時? 何時っていうのはあなたが試合に参加していること? それとも王女を殺そうとしている
こと? それとも試合中ずっと迷っていたことかしら?」
「全て、お見通しだったとでも言うのですか」
「あなたの力なら大会なんて参加せずとも、彼も、他の者を利用して王女をおびき出すこ
とも、もっと簡単に出来たのではなくて? 勿論わたくしが止めましたけど」
「君に止められなくても、ただ殺すだけなら難しくは無かった。私は快楽殺人者などでは
無いのですよ」
「では、何をしていたというのですか?」
「観察です。本当に危険な人物なのか。あなたと協力して何をしようとしていたのか。彼
は何故あれほど力を身に着けたのか。雷帝が何故彼に従うのか。知りたかった」
「わたくしのことはいいのよ。それで、彼を殺すつもりなのかしら?」
「いいえ。彼に謝らなければならない。彼の言う通りだ。ここに来て、彼の行動、町の様
子、大陸の状況などを調べました。私の心は揺らいだ。皆本当に、幸せそうだった。雷
帝。魔王は人々の心を不安にさせる。あなたもそうだった。上空に飛ぶ竜を撃ち落とすそ
の様。だが、この町も、闘技を見に来た人々も、何もかも……魔の者たちが作り上げたも
のにしてはあまりにも……美しい」
「あなた、馬鹿ですわね。ここはトリノポート大陸。必死に生きねばならない弱者の集う
最弱の大陸ですのよ? あなたたち特別な力を身に着けた人間が、忘れているだけではな
いのかしらね。どちらにしても、いいですわ。あなたたちがこの町やこの国をどうにかし
ようというのであれば、わたくしはリンのお気に入りのために、こちら側へ味方に付きま
すわ」
「リンのお気に入り? それはどういう意味ですか」
「あなたには関係ありませんわ。ところで……なぜ負けたのかしら? あなたならあの状
況でも簡単に覆せたのでしょう?」
「いいえ。私の方が先にアーティファクトを使用したのです。その時点で負けるつもりで
した」
「そういえばあの伝書を使用したときかしら。わたくしはその後だと思ったのだけれど。
彼が使った神話級アーティファクトは偶然。あなたのは必然ですわね」
「はい。ですから私の負けでしょうね。彼とはもう一度戦いたいものです。今度は制限
無しに、能力の全てを用いて」
「やっぱりあなた、馬鹿ですわ。それであなたに勝つなんて、絶魔王の誰でも不可能だわ」
「それは……どうでしょうね。すみませんがもう少し回復に注力させて下さい。医師の治療
は実に的確でしたが、私の力を注がないと早く治らないので」
「そう。いいわ。あなたが誰も殺さないということが分かりましたから。早々に帰ってもら
いたいのだけれど」

 ……驚きましたわ。魔の者を目の敵にしていると思っていたのだけれど。
 それとも彼に魔ではないものを感じ取ったのかしら。わたくしのように。
 どちらにしても運がいいですわね……いえ、運が悪すぎてこうなっているのかしら。
 少しだけ様子を見に行って差し上げましょうか。

「雷帝さん。本当に会話出来たんですか?」
「お医者さん。あなたは優秀かもしれませんけれど、目に見えること、調べて分かること
以外にもあったりするものですわよ。特にしたたかな者はね。それではルインに会わせて
もらいますわよ」
「今はちょっと……あっ」
「ななななっ! 破廉恥ですわ! 破廉恥ですのよ! 破廉恥ですわね! 破廉恥に違い
ないのですわぁー!」
「ななっ。電撃ねえちゃん!? なんでいきなり入ってくるんだ!?」
「ツイン、服、めるちゃ」
「やべ、布団掛けるから待ってろ」
「う……メルザ以外、誰か来たのか……」
「あら、あなたまさか目が……」

 どうやら最後のは代償技だったようですわね。
 あれほどの威力ですから無理がありませんわ。
 それにしても……やはり絶魔王とはなっていないようですわね。

「お加減いかがかしら」
「最悪だ。二人静を以前放ったときより代償が大きい。恐らく、目の力込みで撃ったからだ」
「目の力? 何なのかしら? それは」
「幻魔の力みてーでよ。えっと、ガラポン蛇のえーとんーと」
「原初の幻魔、ウガヤの力だ」
「あなたは妖魔ではないのかしら? 幻魔の力も行使出来るのかしら?」
「ああ。多分、メルザの力だと思ってる。メルザがいないと発動出来ないから」
「……それは可笑しいですわね。少し、話を聞いてもいいかしら?」
「な、何かルインにするつもりか? 俺様の前で?」
「メルちゃ。平気、だいじょぶ」
「カルネ……」
「わたくしとしてはじっくり調べたいのだけれど。あと、あなたもですわ。ルーン国女王。
いえ、原初の幻魔純血種さん」
「俺様を……?」
「まずは、話を聞いてからですわね」
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