白い結婚で結構ですわ。殿下より、私の自由のほうが大事ですので

鍛高譚

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14話

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懐かしい青年の再会

 屋敷の門を出て、久々に王都の街へ足を運ぼう——と考えた矢先、玄関で執事が私に告げた。

「お嬢様、門のところに騎士団の若者が訪ねてきております。身分証を確認したところ、いちおう“準男爵家の庶子”であり、正規の騎士の位を持っている様子。お嬢様に面会を求めておられますが、いかがいたしますか?」

「私に面会……? 騎士団の若者、ですって?」

 そんな相手に心当たりはない。私は首を傾げながらも、一応応じることにした。怪しい人物ではなさそうだし、門前払いする理由もない。
 そして、応接室に通されたのは、背が高く、鍛えられた体躯に騎士団の軽装甲をまとった青年。柔らかな茶色の髪を短くまとめ、少し日焼けした肌に、すっきりした顔立ち。真面目そうな瞳が印象的だ。
 彼は私を目にすると、はっと息を飲んで、その場で膝をつきながら頭を下げた。

「ルージュ・ヴィオレット様……お久しぶりです。私のことを覚えておられますでしょうか。名を……セイル・フィッツと申します」

「セイル……フィッツ……?」

 聞き覚えのない名。だが、その顔立ちにはかすかな既視感がある。少し考え込んでいると、彼のほうから言葉を継いだ。

「昔、貴女様に助けていただいたことがありました。まだ私が幼少の頃、貴族の馬車に轢かれそうになったところを、そちらに乗っていた貴女様が止めてくださったのです。あのとき……“大丈夫?”と声をかけてくださって……」

 そこまで言われて、私はやっと思い出した。確か、ずっと以前……私はまだ十歳くらいだっただろうか。当時、父の用事で街外れを馬車で通りかかったとき、小さな子どもが走り出してきて危うく轢かれそうになった事件があった。
 そのとき私は大声で御者を止めさせ、危機一髪で子どもを助けた。後に聞けば、彼は貧しい家の孤児同然の暮らしで、ろくな食べ物もなくフラフラしていたという。私は特に気負いもなく、「怪我はない?」と確認して、小さなパンを渡した程度だった。だが、その子どもにとっては大事件だったのだろう。

「——ああ、あのときの!」

 私が小さく声を上げると、彼は安堵したように微笑んだ。

「やはり覚えていてくださったのですね。あのあと、私はいろいろあって準男爵家の血を引くとわかり、多少の教育を受け、そして王都の騎士団に入隊しました。今では正式に認められた身分を持っていますが、昔の私を救ってくれた恩人のことを、ずっと忘れたことはありません」

「そんな、大げさよ。あのときは私も子どもだったから……。あなたを助けたつもりというよりは、ただ馬車を止めさせた、というだけなんですけど」

 少しばかり照れくさくて言い訳をする私に、セイルは真摯な表情を崩さず首を振る。

「いえ、あのとき貴女様がいなければ、私は確実に怪我をしていたでしょうし、下手をすれば命を落としていたかもしれません。その後も見捨てずに、私がしばらく食べるのに困らぬように手配してくださった。そのご恩を忘れたことはありません」

「そう言われると……確かに、父に少しお金を出してもらって、あなたの家の生活を助けるように言ったかもしれないわね。でも、それは当時の貴族として、当然の責任と思っていただけで……」

 私の曖昧な記憶では、父が「子どもひとり見殺しにできんだろう」と言って、少額だが金銭的援助をしてくれたはずだ。私はただ、「放っておけない」と思っただけで、大層な慈善心があったわけではない。
 それでも、セイルにとっては大きな恩義であり、あれから彼は努力を重ねて今の地位を築いたのだという。目の前の青年から漂う凛とした雰囲気は、おそらく相当な鍛錬を積んだ証拠だろう。

「でも、どうして今になって私に会いに……?」

 そう問いかけると、セイルは意を決したように背筋を伸ばし、まっすぐ私の瞳を見つめてきた。その眼差しには、熱い決意めいたものが宿っている。

「私はずっと、貴女様にもう一度お礼が言いたかったのです。そして……その、できることならば、貴女様に恩返しをさせていただきたいと願っていました。長らく貴女様を探していましたが、最近になって“侯爵令嬢ルージュ”として王宮にいらしたと聞き及び、でもバタバタと大変なことがあったようで……」

「大変なこと……リオネル殿下のことかしら?」

 私は苦い笑みを浮かべる。やはり噂はすでに広まっているのだろう。セイルは言葉を濁しながらもうなずき、「それで、もう王宮にはおられないと知り、こうして屋敷を訪ねました」と続ける。

「私としては、貴女様を守るお役に立ちたいのです。かつて私が守られたように、今度は私が貴女様をお支えしたい。もちろん、急にこんなことを言われても戸惑われるでしょうが……どうか、しばらくはこの街で活動しておりますので、いつでも呼んでいただければ参上いたします」

 セイルの言葉は、あまりにも真っ直ぐで、冗談めかしや打算を感じさせなかった。私からすれば突然の告白じみたものだが、彼の瞳は純粋そのもの。どう反応していいか分からない。
 とはいえ、私は心のどこかで、その申し出に魅かれるものを感じてもいた。かつてほんの短い邂逅だったはずなのに、彼の中で私という存在は大きな支えになっていたのだ。そんな思いを抱いてくれる人がいるというのは、悪い気はしない。

「守る……と言われても、私、そんな大それた存在じゃありません。むしろ王族との縁談も立ち消えになって、今はただの令嬢に戻っただけ」

「それでも、貴女様は私の恩人であり、憧れの方です。どうかお気持ちが変わったときには……呼んでください」

 セイルはそう言って、深々と頭を下げる。私が何も返せずにいると、「急に押しかけて申し訳ありませんでした。それでは失礼します」と踵を返し、礼儀正しく応接室を去った。
 去り際の背中は、どこか寂しげでもあり、また毅然とした決意が滲んでいるようにも見えた。
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