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7話
しおりを挟む王宮内に流れる空気は、次第に重苦しさを増していた。国庫の財政悪化と民衆の不満が、すでに王宮の隅々にまで広がり始めていたのだ。そんな中、王太子アルベルト・フォン・ディアレストは、悩みに満ちた顔で一人書斎に籠もっていた。彼の手元には、昨日までの豪奢な宴会の記録や、家臣からの厳しい報告書が山のように積み重なっている。その中には、イレーネ・フォン・ローゼンの贅沢な要求や、無駄遣いによって国庫が逼迫しているという数字が、冷徹に示されていた。
「もう、これ以上は許されない……」
アルベルトは深いため息をつきながら、思考にふけっていた。かつて自らが選んだ婚約者としてのイレーネは、今や王宮の財政を蝕む存在として、国中に不穏な影を落としていた。彼は、もはや政治的な安定や国の威厳のために、イレーネの華やかな外見や誇大な振る舞いに目を奪われる余裕がなかった。
「……イレーネ、これでは国が破綻する。国民は、私たちの無駄遣いに苦しんでいる。」
と、王太子は独り言を呟きながら、苦い後悔とともに心を痛めていた。しかし、どれだけ自らの過ちを反省しても、すでに取り返しのつかない結果が生じていた。民衆の怒りが噴出し、重臣たちも次第にイレーネの浪費に対する抗議の声を上げ始めている。
その結果、王太子は、ついに決断を下すに至った。
翌朝、宮殿の会議室に重々しい空気が漂う中、国王と重臣たち、そして王太子自身が集まった。
「殿下、現状は深刻です。王宮の財政は、イレーネ様の要求により、もはや持ちこたえることができません。国民の不満は、今や暴動に発展する危険性を孕んでおります。」
報告を受けた重臣たちの声に、アルベルトの心はますます苦悩した。
「……分かった。これ以上、国に負担をかけるわけにはいかない。」
その瞬間、彼は深い決意を胸に、重い口を開いた。
「私、イレーネとの婚約を破棄することに決めた。」
室内は一瞬、凍りついた。誰もが、その決断の重大さを実感した。
「……破棄ですって!?」
一部の重臣が驚愕の声を上げる中、国王は厳粛な表情で頷いた。
「これは、国のためにも必要な措置だ。王宮の財政を立て直し、民衆の信頼を取り戻すためにも、今こそ断固たる行動が求められる。」
こうして、王太子アルベルトは、イレーネとの婚約を正式に破棄する決定を下した。
その発表は、王宮内外に大きな衝撃を与えた。イレーネはかつて華やかに振る舞っていたが、今やその顔は怒りと驚愕に変わり、やがて激しい逆恨みへと燃え上がる。
「何故、こんなことが……!」
彼女は、王太子が婚約破棄を宣言した直後、厳しい視線を向け、憤怒の声で叫んだ。
「私こそ、王太子妃にふさわしい存在だわ! どうしてあなたは私を捨てるの? これは、明らかにあなたの選択の誤りよ!」
イレーネの声は、広間に反響し、周囲の貴族たちの耳にも鋭く突き刺さった。
その後、イレーネは自らの地位を守るため、そして王太子に復讐するため、密かに策を練り始める。
彼女は、かねてから密偵や闇市場に通じる者たちと連絡を取り、ルーシュエ――かつての婚約者であり、今や自由な冒険者として王宮を離れている彼女――に対する暗殺計画を画策するのだった。
「あの野蛮な女が、私の存在を脅かすのなら、必ず排除してみせるわ!」
イレーネは、冷たく燃える瞳で、自らの復讐心を燃やし上げた。
しかし、ルーシュエは王太子との婚約破棄後、すでに自由を謳歌するように旅立っていた。
彼女は、広大な大地を駆け抜け、己の力で生きるという信念を胸に、新たな冒険の世界に身を投じていた。
「私は、ただ自由に生きたいだけ。誰にも縛られず、自分の道を歩むの。」
その言葉は、彼女が心から感じる希望と強い決意の表れであった。
そして、ルーシュエは、イレーネの暗殺計画の噂を耳にしたとき、すでにその罠を察知していた。
彼女は、自らの敏腕な感覚と、冒険者としての経験により、危険を察知する能力を養っていたのだ。
ある夜、ルーシュエは、かすかな月明かりの下、ひっそりと宿を出て、近隣の森へと足を踏み入れた。
その目的は、イレーネの暗殺計画が進行中であるとの情報を確かめるためだった。
森の中は、冷たい風が木々を揺らし、まるで誰かが潜んでいるかのような不穏な雰囲気を漂わせていた。
ルーシュエは、静かに耳を澄ませながら、闇に紛れて歩いた。
「誰か……いるの?」
彼女は、一歩一歩、慎重に前進し、ついに一軒の小屋の明かりを見つけた。
その小屋から、かすかな声と、物音が聞こえてくる。
「……ルーシュエを……始末する……」
かすかな声の断片が、風に乗って彼女の耳に届いた。
ルーシュエの心は、瞬く間に激しい怒りと決意で満たされた。
「やはり、イレーネの仕業か……」
彼女は、小屋の影から身を隠し、慎重に状況を伺った。
中からは、何人かの暗殺者たちの話し声が聞こえ、彼らがルーシュエを狙う計略について話し合っているのが明らかだった。
「このままルーシュエが放っておけば、王太子が再びお前を迎えに来るだろう。だが、彼女が我々の計画を阻止するのは、絶対に許さない。」
暗殺者の一人の低い声が、計略の詳細を語っていた。
ルーシュエは、すでにその罠を見抜いていた。
「私を始末しようとするのなら、あえて見せてみなさい。」
そう内心で呟きながら、彼女は闇の中から静かに姿を現した。
小屋の明かりがちらりと彼女を照らすと、暗殺者たちは一斉に驚愕の声を上げた。
「誰だ、貴様は!?」
その瞬間、ルーシュエは身のこなしの早さと、鋭い剣技で、一斉に襲いかかってくる暗殺者たちを次々と制圧し始めた。
「すべては無駄よ。私の自由を脅かすな!」
彼女の一閃は、闇夜に鋭く光り、暗殺者たちの攻撃は、一瞬にして返り討ちに変わった。
小屋の周囲では、激しい戦闘音が木々に反響し、暗闇の中で血煙が上がる。
ルーシュエは、卓越した戦闘技術と自身の内に秘めた力を駆使し、敵の一人一人を無惨にも倒していった。
その光景は、まるで森そのものが彼女の怒りに応えているかのようで、闇夜の静寂を一変させる壮絶な戦いとなった。
「こんな計略に、屈するわけがない!」
彼女の声は、夜空に高らかに響き渡り、暗殺者たちは次第に逃げ出すか、無力感に打ちひしがれていった。
戦いが終わった後、静寂が再び森に戻る中、ルーシュエは倒れた敵の残骸と、散乱する武器を見渡しながら、深い息をついた。
「全て、あなたたちの計略だったのね……」
彼女は胸に、あの小屋で交わされた言葉と、暗殺者たちの会話を刻みつけるように記憶した。
「私を狙うなら、すべてはあなたたち自身の選択の結果。誰にも縛られない、自由な私には、あなたたちの暗黒の計略など通用しない。」
その夜、ルーシュエは森の中で、月明かりの下、静かに歩みながら、心に新たな決意を刻んだ。
「私は、ただ自由に生きるために生まれてきた。誰にも脅かされず、自分の道を歩む。ルーシュエとして、これからも真実と自らの力を信じ、未来を切り拓くのだ。」
その決意の声は、風に乗って森中に静かに響き、彼女の心に温かい光を灯した。
王宮に戻った後、ルーシュエは、仲間である冒険者たちと合流し、今回の暗殺計画の詳細と、イレーネが背後にいる可能性について情報を交換した。
「どうやら、イレーネは、私を徹底的に排除しようとしているらしいわ。」
と、ルーシュエは語る。
仲間たちは、彼女の冷静かつ確固たる語り口に頷き、共に今後の策を練ることを約束した。
「私たちは、真実を暴き、あなたを狙う陰謀を完全に打ち砕く。君はもう一人で戦う必要はない。」
仲間の一人が力強く言った。
こうして、ルーシュエは、個人としての自由を守るため、そして家族内に潜む裏切りと陰謀の真相を解明するため、
自らの力と仲間たちの支援を武器に、新たな戦いへと身を投じる決意を固めた。
一方、王宮内では、王太子アルベルトの暗殺計画が失敗に終わり、事態は一層深刻な局面を迎えていた。
重臣たちや国王は、王太子の行動を厳しく非難し、その結果、彼の廃嫡が決定された。
「これ以上、王家の名を汚すことは許されぬ。アルベルト、あなたはすべてを失ったのだ。」
その言葉が、王宮内に冷たい衝撃を走らせ、王太子は自らの狂気と執着がもたらした結果に、深い後悔と絶望を抱くこととなった。
「なぜ……なぜ私は報われない!? すべてルーシュエのせいだ!」
アルベルトは、監房の中で叫び続け、その狂気に満ちた独白は、やがて誰にも届かぬ孤独な悲鳴となって石壁に響いた。
だが、ルーシュエは静かに、そして冷徹にその現状を見つめ、心の中でこう呟いた。
「すべては、あなたの選択の結果よ。」
彼女のその言葉は、王宮内に蔓延る後悔と混沌に対する、ただ一つの真実であった。
王太子が自らの誤った決断の末に、己の運命を閉ざしていく様子は、誰もが避けがたい現実として受け止めるしかなかった。
その後、ルーシュエは、暗殺計画の失敗とイレーネの陰謀の真相を、仲間たちと共に整理し、今後の行動計画を練り始めた。
「この計略が、もしまた再発すれば、私の命は危険に晒される。だが、私には仲間がいる。共に真実を暴き、未来を切り拓こう。」
仲間たちの励ましと支援は、彼女の心に新たな勇気をもたらし、決して揺るがぬ覚悟を確固たるものにした。
王宮に戻るか戻らないか――
その選択は、もはや彼女の自由への信念そのものだった。
ルーシュエは、自らの冒険者としての誇りを胸に、これからの人生を、自分自身の力で切り拓いていくことを決意した。
「私の未来は、私自身が創る。誰にも、何にも縛られはしない。」
その強い意志が、月明かりの下でしっかりと形となり、彼女の瞳に輝きを取り戻していった。
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