婚約破棄された公爵令嬢は、もう誰の駒にもなりません

鍛高譚

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8話

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  王宮内の空気は、これまでの華やかさを失い、重苦しい沈黙と不安に包まれていた。重臣たちの間で交わされる囁きが、今や王国の未来をも揺るがす重大な事態を予感させていた。昨今、国庫の財政は深刻な危機に瀕し、その原因はかねてより議論の的となっていたイレーネ・フォン・ローゼンの無尽蔵な浪費と、彼女の振る舞いにあった。しかし、ついにその疑惑は、王宮の徹底調査によって決定的な証拠を伴って明るみに出た。

ある日の午後、国王の前に召集された評議会の場で、宰相が重々しい声で報告を始めた。「本日、我々の調査により、イレーネ様が王宮の財政を私物化し、さらにはルーシュエ様に対する暗殺未遂を企てた証拠が多数発見されました。」その言葉は、広間に集う貴族たちの間に衝撃と嫌悪の波紋を広げた。
  「これは……我が国にとって、決して許されるべきことではありません!」
と、国王自身が厳かに口を開くと、評議会のメンバーたちは重々しく頷いた。王宮内での豪華な宴や華やかな振る舞いの裏で、国民の生活は重税によって苦しめられ、財政の破綻が現実味を帯びつつあったのだ。
  イレーネの姿は、かつての美しさと威厳を誇示していたが、その背後に潜む私欲と傲慢さは、ついに国王の審判を免れなかった。
  「イレーネ・フォン・ローゼン、あなたは王宮の財産を私物化し、民の負担を増大させた上、ルーシュエ様への暗殺計画を企てた。これらの行為は、王国の根幹を揺るがす反逆行為に他なりません。」
  国王の厳粛な声が広間に響く中、イレーネは驚愕と恐怖に顔を引き攣らせた。彼女は自らの誇り高き美貌にすがり、必死に弁明を試みようとしたが、もはや事実は否応なく押し寄せ、言葉は次第に途絶えていった。
  「私には、私の美しさがすべてなのです!」
  その叫びすら、会場の冷たい空気の中でかすかにこだまするのみで、反論の余地はなかった。
  「我々は、国の未来を守るため、厳正なる処罰を下すべきです。」
  宰相の続く報告に、評議会は次々と頷き、ついに国王は決断を下した。
  「イレーネ・フォン・ローゼン、これよりあなたには終身刑を言い渡します。あなたの罪は国家に対する重大な反逆と判断し、決して許されるものではありません。」
  広間に一瞬の静寂が訪れた。イレーネはその瞬間、まるで世界が崩れ去るかのような錯覚に陥り、絶叫を上げた。
  「こんなはずでは……! 私は……王太子妃になるべき存在だったのに!」
  彼女の声は怒りと絶望に満ち、広間にこだました。しかし、国王の厳しい目は一切の情けを許さず、評議会の重い決定は、即座に執行される運びとなった。

数日後、王宮の地下に設けられた厳重な地下牢へと、イレーネは連行された。
その長い通路を歩む彼女の姿は、かつての華麗な姿からは想像もつかぬほどに打ち砕かれていた。
「助けて……誰か、私を……!」
彼女は叫びながらも、冷たい鉄格子の前で、必死に抵抗の言葉を吐いた。しかし、そこには、もう誰も彼女を救う手はなかった。
  護衛たちは厳しい面持ちで彼女を拘束し、無情にも地下牢の奥深くへと押し込んだ。
その場に残された王宮内の民衆や貴族たちの視線は、彼女に対する怒りと失望、そして一抹の安堵を示していた。
  地下牢の中で、イレーネは必死に抗議し続けた。
「私は、私の美しさで国に光をもたらすはずだった! どうしてこんな仕打ちを受けねばならぬのか!」
その叫びは、冷たく閉ざされた石壁に反響するだけで、外へと届くことはなかった。
  国王の厳正な命令に従い、イレーネは終身刑の囚人として、永久に地下牢の中に閉じ込められることとなった。
その姿は、王宮内外にとって、かつての傲慢な令嬢がいかに無様に没落していったかを象徴するものとなり、民衆の間では「美の誇りが破滅を招いた」という悲劇として語り継がれることとなった。

一方、王太子アルベルトは、イレーネの没落により、ある種の救済感を得たかのように見えた。しかし、彼の心は複雑で、すでに深い後悔と孤独が刻まれていた。
  「こんなはずではなかった……ルーシュエ、君ならば……」
  かつての愛するルーシュエへの思いが、彼の心に再び芽生え始めたのだ。
王太子は、イレーネとの婚約破棄後、国家の未来を守るために、またもやルーシュエを婚約者として迎え入れようと動き出した。しかし、その申し出は、既に自由な冒険者となったルーシュエにとって、到底受け入れられるものではなかった。

ある日、王宮の中庭で、王太子は静かに、しかし情熱的な口調でルーシュエに再び近づこうと試みた。
「ルーシュエ、君は私にとってかけがえのない存在だ。再び私と婚約し、共にこの国を導いてほしい。」
その言葉を口にした王太子の瞳には、かつての情熱とともに、深い後悔が滲んでいた。しかし、ルーシュエは冷たく、毅然とした態度で答えた。
「何を今さら? 私は自由な冒険者として生きることを選んだ。あの日の決断が、私をここまで導いたのよ。」
その一言が、王太子の心にさらなる傷を刻んだ。
「君は……私の運命だと、ずっと信じていたのに……」
彼は苦悶の表情で呟いたが、ルーシュエの目はすでに彼の言葉に冷めた輝きを失っていた。

「すべてはあなたの選択の結果よ。」
ルーシュエのその冷徹な声が、王太子の耳に突き刺さる。
「私の愛が、本物だったはずなのに……」
王太子は自分の愚かさと執着を、今更ながらに悔やむ。だが、時は既に遅く、彼の過ちは取り返しがつかない運命を招いていた。

地下牢に収監されたイレーネの惨めな姿は、王宮内外に深い教訓を与えた。
「誇り高き美しさに溺れることは、国家にとっても、個人にとっても、決して許されるものではない。」
そう、イレーネの没落は、贅沢と傲慢がもたらす破滅そのものを象徴していた。

王宮内では、国王や重臣たちが、イレーネの事件を受け、厳しい改革の必要性を痛感していた。
新たな体制の下で、国庫の財政を立て直し、民衆の信頼を回復するための動きが始まっていた。
そして、王太子アルベルトは、すでに自らの誤った選択に対する後悔を深く胸に刻みながら、国の未来と、かつての愛するルーシュエへの想いとの間で、苦悶の日々を送っていた。

その日も、王宮の一角で、王太子はひとり、暗い書斎に閉じこもっていた。
机の上には、過去にルーシュエと交わした手紙や、彼女の肖像画が並べられている。
「もし、あの日の選択が違っていたなら……君は、今もここにいてくれたのか?」
アルベルトは静かに呟き、胸の中に溢れる後悔を紛らわせようとしたが、その心はますます深い闇に染まっていった。

一方で、ルーシュエは王宮を後にし、自由な冒険者としての旅路を歩み続けていた。
彼女は、かつての豪華な宮殿での束縛から解放され、広大な大地を駆け抜け、数々の試練と出会いながら、自らの力で未来を切り拓く決意を固めていた。
「私は、自由であり続ける。誰にも、何にも縛られることなく、私自身の道を歩むの。」
その決意は、彼女の瞳に強い輝きを与え、風に乗って遠くへと伝わるかのようだった。

王宮の事件が報じられる中で、民衆の間には、王家への不信感と共に、自由への憧れが次第に高まっていった。
「王太子の誤った選択が、我々国民を苦しめている……」
と、噂が広まり、重臣たちは改革の必要性を訴え始めた。しかし、王太子アルベルトは、自らの誤りを受け入れるにはあまりにも重い心を抱えていた。

こうして、国は混沌とし、王宮内外の情勢は新たな局面に突入しつつあった。
王太子の深い後悔と、ルーシュエの自由への決意が、国の未来を大きく揺るがすことは、誰もが感じていた。
だが、いずれにせよ、これからの時代は、彼らの個人的な感情だけでは収まらない、国全体の命運がかかる問題へと発展していくのだ。

夜が更けると、王宮の広間は再び静寂に包まれた。
アルベルトは、一人書斎に戻り、暗い書物や過去の記録を眺めながら、ふと心の中でこう呟いた。
「すべては、私の選択の結果……ルーシュエが、あの日のままなら……」
その声は、虚しくも、彼自身の苦悩を物語っていた。
だが、もはや彼の取り返しはつかず、過去は消え去った。

こうして、王宮内での改革の兆しと、王太子アルベルトの深い後悔、そして自由を謳歌するルーシュエの未来が交錯する中、国は新たな転換期を迎えようとしていた。
重臣たちは、王宮内の混乱を収拾し、国民の信頼を取り戻すため、政治改革に着手し始めた。
しかし、アルベルト自身は、もはや取り返しのつかない選択をした結果、孤独と後悔の中に閉じ込められ、国の歴史の中でその名を刻むことはなかった。

ルーシュエは、遠く離れた地で自由な冒険者として、これからの自分の道を歩むことを決意していた。
彼女の足取りは軽やかでありながらも、内心には深い傷と、家族の裏切りの痛みが刻まれていた。
「私は、もう誰にも縛られない。自分の力で未来を切り拓いてみせる。」
その誓いは、静かな風に乗って、森や山、広大な大地に広がっていった。

そして、王宮の中で、王太子の後悔と国の混乱が、やがて新たな歴史の流れを生み出す伏線となっていく。
国王は、これまでの事態を受け、厳しい改革と新たな指導者の育成を急務とし、王家の未来を再構築するための計画を進め始めた。
その中で、王太子アルベルトは、深い後悔と共に、かつての愛と情熱を取り戻すことはできぬまま、ただ虚無に苛まれる日々を送るに至った。
「もし、あの日、ルーシュエと共に歩んでいたなら……」
その言葉は、彼の心に永遠に刻まれる悲劇として、王宮の一角に静かに響いていた。

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