捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚

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第2章:冷遇されるエミリアと貴族たちの掌返し

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公爵令嬢への冷たい風

 数日後、エミリアは侯爵令嬢リリアン・メイフィールドから誘われ、ある屋敷へ足を運んでいた。王都中心部の社交界では、令嬢たちが週ごとに華やかなティーパーティーを開くのが常であり、その日も侯爵夫人が主催する会合があったのだ。

 リリアンはエミリアの大切な友人であり、今も彼女を気遣って「辛いならば無理に来なくてもいいのよ」と言ってくれた。だが、エミリアはあえて出席を決めた。婚約破棄を受けたからといって公の場に出ず、殻に閉じこもっていれば、それこそ「やはりエミリアはショックで引きこもっている」という噂を助長するだけ。むしろ堂々と顔を出して「私は健在です」と示すことが、今の彼女には必要だと考えたのだ。

 「今日のティーパーティーは、わたくしの母が主催しているので安心してくださいませ。あの場で失礼を働く人は、さすがにいないはずです。……いえ、そう信じたいのですが、何せ人の心はわからないものですから」

 会場へ向かう馬車の中、リリアンはそう言って申し訳なさそうに眉をひそめた。確かに、リリアンの母――メイフィールド侯爵夫人はウィンスレット公爵家とも親交が深く、エミリアのことを昔から可愛がってくれている。普通ならば、彼女の顔を潰すような無礼は起こりにくい。ところが、エミリアの婚約破棄は王女が絡む大事になっており、変に対立したくない人々が「エミリアを遠巻きにする」可能性は十分にあり得るのだ。

 「大丈夫、リリアン。私はあの場でどんな態度を取られても、笑顔でかわしてみせるわ。……もう慣れましたもの、多少の茶化しや悪意には」

 エミリアは勇気を奮い立たせるように微笑んだが、その胸中にはざわつくような不安があった。自分が傷つかないと言えば嘘になる。しかし、だからこそ「今日を乗り切り、社交界における自分の立ち位置を再確認する」ことが重要なのだ。

 屋敷に到着し、門をくぐると、そこには淡いピンクの花が咲き乱れる庭園が広がっていた。メイフィールド侯爵家の自慢の庭であり、ティーパーティーはこの美しい花壇のそばにあるガーデンテラスで開かれている。出迎えてくれたのはリリアンの母――メイフィールド侯爵夫人で、柔らかな笑みを浮かべながらエミリアの手を取ってくれた。

 「エミリア、よく来てくれましたね。あなたが元気そうな顔を見せてくれて、わたくしはとても嬉しいわ。……あの大舞踏会のことは、本当に気の毒でならないけれど、あなたならきっと乗り越えられると信じています」

 「ありがとうございます、侯爵夫人。ご心配をおかけしまして……」

 夫人の温かな言葉に、エミリアは少しだけ安堵し、会場へ足を踏み入れた。すでに十数名の貴族令嬢たちがテーブルを囲み、それぞれに談笑している。彼女たちはいずれも有力貴族の娘や妹であり、普段ならばエミリアも積極的に話しに加わる相手ばかりだ。

 だが、その日の空気は明らかに違っていた。エミリアがガーデンテラスに姿を見せた瞬間、一瞬だけ会話が途切れ、周囲から視線が集中する。そこには色々な感情が入り混じっていた――同情、好奇、嘲笑、安堵、あるいは敬遠。エミリアはすぐにそれを察し、軽やかな笑みをたたえながら会釈をしてみせる。

 「皆様、ご機嫌うるわしゅう。ウィンスレット公爵令嬢、エミリアです。本日はお招きにあずかり、誠にありがとうございます」

 ごく当たり前の挨拶だ。しかし、その当たり前ができるかどうかが重要だ。声を震わせず、表情を崩さず、まるで何ごともなかったかのように振る舞うことこそ、令嬢としての気高さを示す手段。エミリアは自分に向けられる好奇と侮蔑を感じながらも、完璧な礼儀作法でそれを受け流した。

 周囲の令嬢たちは微妙に表情を取り繕いながらも、なんとも言えない空気が漂う。最初に声をかけてきたのは、伯爵令嬢のクリスティーヌ・フォーブスだ。彼女は以前から多少の張り合いこそあれ、エミリアとはそれなりに良好な関係を保っていた。しかし、そのクリスティーヌが少し意地の悪そうな笑みを浮かべて言う。

 「まあ、エミリア様。大舞踏会の夜は大変でしたわね。あれほど美しくご着飾りになっていたのに……あれからご体調はどうなのかしら? さぞ、お疲れになったんじゃありません?」

 その言葉の奥には、「婚約破棄されて落ち込んでいるんでしょう?」という揶揄が透けて見えた。エミリアは心中で苦笑しながらも、あくまで上品に微笑み返す。

 「ご心配をありがとうございます、クリスティーヌ様。わたくしはおかげさまで元気にしておりますわ。しばらくはゆっくり休んでいましたが、今ではすっかり落ち着きまして」

 「まあ、それは何より。……でも、王女殿下との婚姻に横槍を入れた形になるロンズデール公爵家に、あなたからは何か申し出はあったのかしら? ほら、正式に破棄を通達する前に、何か手続きが必要なのでしょう?」

 まるで「あなたはすでに用済みなのだから、黙って捨てられるだけでは?」と言っているように聞こえる。周囲の令嬢たちも「そうよ、どうするの?」とばかりに暗い好奇の目を向けてきた。エミリアはあくまで動じない表情を保ち、穏やかに返す。

 「いいえ、特別な手続きは考えておりません。ロンズデール公爵家が王女殿下のご婚姻に向けて動かれている以上、私から無理に干渉するのもおかしな話ですから」

 「まあ、まさか本当に何もしないの? よくそれで納得できますわね。わたしなら恨んでしまいそう……」

 クリスティーヌの言葉に、エミリアは心の奥で小さく嘆息する。もちろん恨みがないわけがない。しかし、ここで悔しさをむき出しにすれば、かえって“惨めな女”というレッテルを貼られるだけ。それを理解しているからこそ、エミリアは平静を演じているのだ。

 すると、別の令嬢――侯爵家の娘であるエステル・リチャーズが話題を変えるふりをしながら、さらに興味本位の質問を投げかけてきた。

 「そういえば、エミリア様は皇太子アレクシス殿下とは、どのようなご関係ですの? 以前、ちらりとお話ししていらっしゃるのを見かけましたけれど。……まさか、そちらへ鞍替えという話でも?」

 からかうような口調に周囲がクスクスと笑いを漏らす。まるで「あんた、まさか皇太子を狙うつもり?」とでも言わんばかりの嫌味だ。エミリアは軽く首を振り、苦笑交じりに答える。

 「とんでもありません。皇太子殿下は王女殿下の腹違いの兄上に当たるお方。幼い頃にお目にかかったことがありますが、それ以上の関係などございませんわ」

 そう、一度や二度、宮廷のイベントで言葉を交わした程度にすぎない。ましてや、こんな騒動の直後に皇太子殿下へ近付けば、周囲から「婚約破棄された憐れな令嬢が必死に次の標的を探している」などと陰口を叩かれるだけだ。エミリアは自分がどう振る舞うべきか、重々承知している。

 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、令嬢たちはあれこれと言葉巧みに“暇つぶし”のようにエミリアを弄ぼうとする。もちろん、全員が敵意を持っているわけではない。中には本当に彼女の体調を気遣う言葉をかけてくれる者もいるし、リリアンのように怒りを抑えきれず、「いい加減にしてくださいません?」と声を荒らげそうになる友人もいる。

 それでもエミリアはただ笑顔を崩さず、彼女たちの好奇に付き合い続けた。なぜなら、ここで下手に感情的になれば、自分だけでなくメイフィールド侯爵夫人にも迷惑がかかるからだ。会の主催者が招待客の喧嘩を制止できなかったとなれば、夫人の評判も傷つきかねない。エミリアはリリアンにも小さく目配せをして、「大丈夫だから」と合図し、必死で事態を収めようとする。

 気づけば、ティーパーティーの時間はかなり過ぎていた。エミリアがほとんど紅茶に口をつけられないほど周囲に問いかけられていたにもかかわらず、いつの間にか日が傾きはじめている。最後のデザートが運ばれ、ようやく会が散会の方向へ向かうと、エミリアの胸にはほっとした安堵感があった。

 (思ったより長い時間、耐え抜いたわね。……これも貴族令嬢としての訓練の賜物かしら)

 心の中ではそう自嘲する。だが、こうして社交界で顔を合わせることで、エミリアは改めて思い知った。――「今、社交界はアルバートと王女殿下の婚約話で持ちきり」なのだと。同時に、婚約破棄を言い渡された自分は“面白いスキャンダル”として、あるいは“王女殿下に歯向かった可哀想な子”として扱われている。人によっては「わが家に火の粉が降りかかるのは御免だ」とばかりに距離を置こうとしている動きも見えた。

 だからこそ、エミリアはこう感じる――「ここで潰されてたまるものか」。いずれ自分がもっと有力な存在になり、彼女たちが「今度はエミリアに媚びを売らなくちゃ」と焦り、掌を返す未来を見てやりたい。そのためにも、まずは耐えて準備を重ねる。絶対に諦めない。あのアルバートが心から後悔するような結果を、いつか必ず示してやる。
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