捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚

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第2章:冷遇されるエミリアと貴族たちの掌返し

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父の苦悩、そして微かな光

 ティーパーティーから戻ったエミリアは、自室のベッドに腰掛け、どっと疲れが押し寄せるのを感じた。外面を取り繕うのに、これほど神経をすり減らすとは……。しかし、やらなければならないのだ。今は踏ん張りどき。その証拠に、冷たい対応をされた一方で、「もしアルバート側がうまくいかなかったら、ウィンスレット家はどう出るのだろうか」と探りを入れてくる者もいた。政治の世界は常に“もしも”を見据え、二手三手先を考える。つまり、まだエミリアにはチャンスが残されているということだ。

 そんなことを考えながら、エミリアが侍女に手伝ってもらいドレスを脱いでいると、廊下のほうで微かな声が聞こえた。扉をノックしたのは、父ヘンリー公爵の執事を務めるラドクリフで、「旦那様がお呼びです」と告げに来た。エミリアは着替えを急ぎ、急いで執務室へ向かう。

 ドアを開けると、そこには先日会ったときよりもさらに疲れた顔をしたヘンリー公爵がいた。机の上には山のように書類が積まれ、あれこれと頭を悩ませている様子が窺える。エミリアが「失礼いたします」と声をかけると、公爵はゆっくりと顔を上げた。

 「エミリア……ちょうどよかった。少しおまえに聞いておきたいことがある」

 公爵は娘に向かって椅子を勧め、自分も座り直す。どうやら深刻な話らしい。その空気にエミリアも自然と背筋が伸びた。

 「先ほど、王城から使者が来てな。ロンズデール公爵家と王女殿下の婚約に関して、正式に動きがあるようだ」

 「もう、そんな話が……」

 エミリアの胸が締め付けられる。分かってはいたが、思いのほか早い展開に動揺を隠せない。ヘンリー公爵は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、次の言葉を続けた。

 「国王陛下としては、近々、アルバート・ロンズデールと王女クラリッサ殿下の婚約発表を行う意向らしい。だが、その前に“ウィンスレット公爵家との縁談の処理”をきっちりしておけと、宮廷から圧力がかかっているのだ」

 「……処理、ですか」

 そこに込められた意味は明白だ。アルバートが以前にウィンスレット公爵家の令嬢・エミリアと婚約していたことは王宮にも周知の事実。その解消を公式に認め、書類上でもきちんと片付ける必要がある。それを“処理”と呼ぶあたり、王家にとってのエミリアは“過去の契約の残滓”でしかないのだろう。無情な言い方ではあるが、権力の前ではそんなものなのかもしれない。

 「どうやら、ロンズデール公爵家は『一方的に破棄を申し出たのは仕方のない事情だった』として、それなりにエミリアへの補償を行うと申し出ている。……もっとも、その“補償”というのは金銭といくつかの爵位特権を譲渡するなど、形だけのものだが」

 金銭で解決しようなど、エミリアにとっては侮辱以外の何物でもない。しかし、家単位の交渉としては、ある意味“当たり前”の話だ。むしろ、それに応じるかどうかが政治的な駆け引きになることもある。ヘンリー公爵は娘の表情を窺いながら、困惑したように続ける。

 「わが家としては、この話をどう扱うべきか……。下手に拒否すれば、王家の怒りを買いかねない。かといって、易々と金銭で手打ちにするのも、わが家の矜持に傷がつく」

 エミリアはギリリと奥歯を噛む。破棄された上に侮辱され、さらに金銭を押し付けられて黙れというのか。それでも、ウィンスレット公爵家の安泰を考えれば、ここで国王陛下や王女殿下を敵に回すのは得策ではない。エミリアはしばし黙考したのち、静かに口を開いた。

 「父様、今は……受け取るふりをしておいてもよろしいのではないでしょうか。私の婚約破棄は、これ以上ないほど公式に確定していただいたほうが、むしろ動きやすいのです。なにせ、いつまでも『アルバートの元婚約者』という肩書きがついてまわるのは鬱陶しいですから」

 「……いいのか? そんな屈辱的な話を認めるなんて」

 「屈辱には違いありませんが、相手方が示した条件を表向きは呑んだほうが、後々わが家にとっても不利にはならないかと。いずれにせよ、私の意思としては“断固としてロンズデール家との縁を捨てる”のに変わりはありませんもの」

 エミリアはきっぱりと言い切った。その瞳には凛とした光が宿っている。ヘンリー公爵はしばらく沈黙したが、やがて頷き、娘の言葉を容れる。

 「わかった……。おまえの言う通りだな。あの夜会での仕打ちを思えば、私も今さら向こうの顔など見たくもない。……とりあえずは王家とロンズデール家の提案を受け入れ、婚約破棄を正式に認める形を取ろう。その上でこちらからは強く反対もしない。……それで、この騒ぎが早く収まるならば、損はない」

 父娘の意見が一致したところで、エミリアは少しだけ肩の力を抜いた。――こうして一旦は終わりにしておけば、向こうも安心して王女との婚約発表に邁進するだろう。無論、それを妨害するつもりはない。むしろアルバートが王女と結ばれ、国王に取り入って頂点へ近づいていくほど、いつかその足元をすくうタイミングは大きくなる。権力を欲しがる輩ほど、権力闘争に巻き込まれて足元が脆くなるものだ。

 エミリアは父の執務室を後にしながら、自分の胸のうちにある静かな炎を改めて感じた。――相手がどれほど高みに上り詰めようと、最後に勝つのは私である。そう、揺るぎない確信が心の奥に芽生えていた。
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