捨てられた令嬢と、選ばれなかった未来

鍛高譚

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第4章:最高の婚約者と婚約破棄された男の末路

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4.運命の舞踏会――暴かれる陰謀と、婚約破棄の末路

 季節は移ろい、ベルヴァールの街並みに陽光が戻る頃、王宮では久々に盛大な舞踏会が催されることになった。名目は“国王陛下の快気祝い”とされているが、実際にはクラリッサとアルバートの婚礼を間近に控えての“前祝い”という性格が強い。おそらくはクラリッサが、病床に伏せりがちな国王を無理やり説得し、開かせた行事なのだろう。
 そして、その舞踏会こそが“決戦の場”になると、エミリアとアレクシスは確信していた。クラリッサとアルバートが大勢の前で誇示する権勢――その裏には必ず“ほころび”があるはず。そこを突くために、アレクシスは周到な準備を進めてきた。ウィンスレット公爵家、メイフィールド侯爵家、そして宰相家や大臣クラスの人脈に支えられながら、彼は王宮の人事や書類を密かに調べ上げ、クラリッサたちの権力掌握の不正を掴もうとしていたのだ。

 舞踏会の夜、広大なホールには豪奢なシャンデリアがいくつも吊るされ、貴族や外交使節が華やかな衣装に身を包んで集まっている。中央には王座が置かれ、体調の優れない国王が車椅子に近い形で着席していた。その隣に王女クラリッサが控え、さらにアルバートが寄り添う様子は、もはや“次の国主夫妻”を暗示しているかのようだ。
 一方、皇太子アレクシスは、父王の反対側に位置し、その傍らにウィンスレット公爵家のヘンリー公爵や、エミリアが並んで控える。両陣営が明確に分かれた配置に、参列者は嫌でも緊張を走らせた。

 舞踏会が始まると、まずはクラリッサとアルバートがワルツを踊り、その後アレクシスが貴婦人をエスコートして踊る――という流れが進められた。周囲は盛り上がりを見せ、音楽隊の調べに合わせて次々とペアがフロアへ降りていく。
 エミリアは貴族たちの動きを観察しながら、わずかに手を震わせていた。今日こそ、アレクシスが“最後の切り札”を使って、クラリッサとアルバートの不正を暴こうとしているからだ。彼女自身も数日前、それが何かを聞かされて驚いた。
 ――それは、近衛騎士の人事に関する捏造文書と、王宮の資金を違法に転用した疑いを示す公文書。クラリッサとアルバートが国王の名を勝手に使い、実際には署名していない書類を“国王の承認済み”と偽って提出していた証拠。もしこれが公にされれば、王女とアルバートは重大な政治スキャンダルに晒されるのは必至だ。

 (あの人たちなら、それくらいやりかねないとは思っていた。……でも、まさかここまで露骨だなんて)

 エミリアは、胸に湧き上がる怒りを抑えきれない。彼女がいた公爵家にも、過去に書面で要請があったが、それが不自然だったため断ったという経緯がある。それを深掘りした結果、アレクシスの調査チームが裏を固めることに成功したのだ。
 やがて、舞踏会が佳境に入ろうとするころ、アレクシスは静かに壇上へと進み出た。音楽隊が演奏を止め、参加者たちは一斉に皇太子の動向に注目する。クラリッサも嫌そうな顔でアレクシスを見やり、アルバートはニヤリとした嘲笑を浮かべる。――“ああ、また何か牽制するつもりか?”と。

 アレクシスは王座に座る国王を振り返り、一礼すると、はっきりとした声で言葉を発した。
 「諸君。今宵は国王陛下の快気を祝して、これだけ多くの人々が集まってくれたこと、私としても感謝する。だが、その一方で、私はここにおいて、陛下と国、そして皆を守るために、ある重大な事実を発表しなければならない」

 そう言った瞬間、ホールは静寂に包まれた。王女クラリッサとアルバートの表情が強張るのが遠目にもわかる。
 アレクシスは続ける。
 「この数週間、私のもとに奇妙な噂が寄せられた。――“国王陛下の名義で、近衛騎士の大幅な入れ替えが行われようとしている。そして、その裏には不透明な資金が動いている”と。私は当初、まさかと思った。王女クラリッサが陛下の名を騙るなどあり得ない、と」

 アレクシスが小さく嘆息し、視線をクラリッサに据える。周囲の貴族たちが息を呑む中、クラリッサは負けじと鋭い眼差しを返す。
 「……お兄様、いったい何を言っているのかしら。私が父上の名を“騙る”? 無礼にもほどがあるわ」
 「そうかもしれない。だが、こちらには不正に署名が偽造された書類がある。さらに、王宮の財務担当からの内部告発により、大規模な資金の転用が行われていた事実も判明した。――王女クラリッサ、そしてアルバート・ロンズデール。あなた方が関与している疑惑が、濃厚なのだ」

 言い切った瞬間、ホール中が騒然となった。貴族たちは口々に「そんな馬鹿な!」「証拠はあるのか?」と叫び、外国の使節も何事かと怪訝な顔をしている。クラリッサは血相を変え、アルバートは歯ぎしりをしてアレクシスを睨みつける。
 「……馬鹿なことを言うな! 私は断じてそんな文書を作った覚えはない!」
 クラリッサが怒声を上げるが、アレクシスは落ち着き払って懐から書類の写しを取り出す。
 「これは財務担当が保管していた写しだ。陛下の名前で発行されているが、陛下のサインと印章は偽物と判定された。さらに、アルバート、あなたの名前が補足署名として記されている。――これを見ても、まだ否定するか?」

 視線の集中に耐えかねたアルバートは、必死に取り繕おうとする。
 「し、知らない! そんなもの、私は承知していない! これは何かの陰謀だ! 皇太子殿下が私たちを嵌めようとしているんだ!」
 しかし、そこへさらに追い打ちをかける声が上がる。
 「いいえ、嵌められたのは私たちのほうですわ、アルバート様」

 それはエミリアの声だった。彼女はアレクシスの後ろから一歩進み出て、冷たい視線をアルバートに浴びせる。
 「私が王宮の書類管理に関わる友人から聞いた話によれば、あなた方が提出した“王命”には、不自然な時刻と日付が書き込まれていたそうです。――国王陛下が病床に伏せておられ、面会を一切拒絶していた時期と重なっている。つまり、陛下の面会許可を得ていないのに、署名をもらったことになっているのよ」
 「なっ……!」
 アルバートとクラリッサは言葉を失う。エミリアは淡々と話を続ける。
 「さらに、私の父ウィンスレット公爵が関係書類を確認したところ、“この日は国王陛下が別の療養先にいて、都にいなかった”という記録もありました。……明らかに矛盾があるのです」

 ホールの貴族たちがざわめき、目を見張る。これだけ具体的な証拠が次々と提示されれば、クラリッサとアルバートの弁明は苦しい。ここで最悪の場合、“反逆罪”の疑いさえかけられかねない。
 王女クラリッサは顔を真っ赤にして、動揺を抑えきれない様子で叫ぶ。
 「こんなの……何かの間違いよ! その書類は偽物に違いないわ! 私がそんな下手な偽装をするはずがないでしょう!」
 しかし、アレクシスは冷淡な表情を崩さず、人払いをしていた近衛騎士たちを合図で呼び寄せる。
 「これ以上の追及は、陛下の御前で行うべきだろう。――近衛騎士長、王女クラリッサ殿下とアルバート・ロンズデールを拘束……いや、身柄を保護せよ。逃亡の恐れがある」

 騎士長は厳粛な面持ちで命を受け、「はっ」と一礼し、王女とアルバートのもとへ向かう。クラリッサは「離しなさい!」と声を荒らげ、アルバートは「ふざけるな、俺は王女の婚約者だぞ!」と抵抗する。だが、騎士たちに取り囲まれると、もはや身動きが取れなくなった。
 ここに至って、舞踏会の場は大混乱に陥る。王女派の貴族たちは口々に抗議するが、アレクシスやウィンスレット公爵、さらに宰相や大臣クラスの要人も彼らを制止する。国王陛下自らが今この場で決着をつけるか――その判断は、国王の体調次第だが、少なくともアレクシス側が事前に許可を得ている節がうかがえる。
 アルバートは最後の悪あがきのように、エミリアへ殺気を帯びた眼差しを向け、唾を吐くように言った。
 「おまえ……。よくも裏切ってくれたな。昔はあれだけ俺に尽くしていたくせに……!」
 エミリアはまっすぐ彼を見返す。ほんの一瞬、過去の思い出がちらつくが、もはやそこに未練はない。むしろ、晴れやかな決心が胸に宿っていた。
 「私が裏切ったのではありません、アルバート様。――あなたが私を捨てたのです。今さら恨むなら自分の欲深さを恨んでくださいませ」

 そう言って、エミリアは静かに目を伏せる。かつて愛を信じた相手が、こうして没落していくのを目の当たりにするのは苦々しい。だが、仕方のないことだ。これは、“侮辱された令嬢”の復讐でもあるのだから。
 クラリッサも「離せ! 私は王女よ!」と叫び続けるが、王族であっても国王の名を騙る罪は重い。彼女が追及を逃れられる可能性は低く、アルバートも同罪として取り扱われるだろう。婚礼どころか、“謀反の疑い”という不名誉な立場に転落する未来が濃厚だった。
 (これが、あなたたちの選んだ道よ。私を踏みにじり、権力を求めた、その報い……)
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