王太子妃の器ではないと言われましたが、帝国の未来そのものでした

鍛高譚

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2話

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それから数日後、公式に「フローラとアルベルトの婚約破棄」が取り決められた。王宮から発表された文面には、あたかも「フローラの健康上の理由で婚約を継続できなくなった」などと書かれていたが、その真相を知る者たちは皆、白々しい表現だと感じている。
 国王夫妻は、アルベルトの強引な要求に渋々承諾した形となったが、実際には息子には逆らえなかったのだろう。新たに正妃として迎えられると宣言されたカトリーナは、舞い上がったように笑みを浮かべていた。
「フローラ様、今までお世話になりました。お優しい王太子殿下と一緒になれて、わたくし本当に幸せですわ」
 まるでわざと見せつけるかのように、フローラの前で惚気ばなしをするカトリーナ。平民出身から成り上がった彼女にとっては、フローラの存在など邪魔なだけだったのだろう。
 フローラはその浅ましい態度に呆れながら、反論する気力すら湧いてこない。結局、何を言っても無駄だ。自分を王太子妃に据えようという意志のある者はもう、この国にはいないのだから。

 そうして生まれ故郷であるリヴェール公爵家に戻されたフローラだったが、その帰還を誰一人として歓迎はしなかった。むしろ、使用人たちまでもが「破棄された令嬢」「王宮から捨てられた厄介者」と冷ややかな視線を向ける。
 広大な庭園も、かつて幼い頃に憧れを抱いた調度品も、今のフローラには色あせて映るばかりだった。この家はもはや彼女の安息の地ではない。ひどい扱いを受けながらも、それでも心のどこかで「ここが私の家だ」と思おうとしていたが、もうそうではなくなってしまった。
 食事も簡素なものが与えられ、異母妹は「お姉様って、なにか得意なことでもあるの? 王太子殿下にも見放されたんでしょう?」と嘲笑う。継母などは、「この子は見ているだけで気が滅入るわ。さっさと片付けたいものね」と、まるで不用な荷物扱いだ。
 フローラはせめて父、公爵本人が話を聞いてくれればと思ったが、彼はフローラを呼び出し、「お前には失望した。王太子妃としての役目も果たせないなど、リヴェール家の恥だ。だがまあ、機会はまだある」と言ってきた。その言葉を聞き、フローラは思わず顔を上げる。
「……機会、ですか? わたくしにですか?」
「そうだ。お前をこのまま家に置いておくのは得策でない。王族に見放された娘となれば、我が家の名誉にも傷がつく。そこで、隣国ラグナ帝国へ嫁いでもらうことにした」
「隣国、ラグナ帝国……?」
 聞き覚えはもちろんあった。その国は近年めざましい発展を遂げ、軍事力や経済力でもこの王国を脅かすほどの台頭を見せている大国だ。
 だが、王国とは長年対立関係にあり、国境の地域ではたびたび衝突が起こっている。「敵国」とさえ呼ばれるような場所に、自分が嫁ぐ――その言葉がピンとこず、フローラは父の言葉を復唱することしかできなかった。

 公爵はあっさりと言い放つ。
「ラグナ帝国の皇太子が花嫁を探しているという話を聞いた。それこそ政略結婚の常套手段だ。あちらに嫁ぐとなれば、我が国としては無駄に敵国の機嫌を損ねずに済むし、もしお前が向こうでいい顔をされなくとも、こちらには関係ない。お前としても行き先があるだけマシだろう?」
 まるで物の取引のような言い草だった。父親がこんなふうに娘を扱うなど、フローラが幼い頃には想像すらしていなかった。
「ですが、ラグナ帝国とは友好関係とは言いがたい状態です。もし何かあって、わたくしが向こうで虐げられるようなことになれば――」
 懇願するような口調になったフローラに対し、公爵は一瞥すらくれない。
「それならそれで結構だ。もとは王太子の婚約者だったお前を奴らにくれてやれば、あちらもそれなりに満足するだろう。お前がどう扱われようが、お前の責任だ。何とかやってみせろ」
 その瞬間、フローラはまざまざと悟った。父は、彼女に対して何の情も持ち合わせてはいないのだと。
「――わかりました」
 それ以上反論しても無駄だ。むしろ公爵家の敷居から離れられるなら、いっそその方がいいのかもしれないと、フローラは諦観に似た気持ちを抱きながら応じる。


その後、継母と異母妹は「まあ、敵国の皇太子妃なんてお似合いじゃない? きっとみんなに見下されて、何も言えず終わるわよ」などと嘲笑い、フローラの荷造りを使用人に命じた。フローラ自身には、まともな荷物を揃える権利すら与えられなかった。
 数日以内にラグナ帝国から迎えの馬車が来る手筈だという。そしてフローラは、そのまま彼の地へ渡り、ラグナ帝国の皇太子――クラウスと結婚するらしい。
 公爵家の全員が「二度と帰ってくるな」と言わんばかりの態度で、フローラに手切れ金すら渡す気配はない。もとより継母や異母妹はフローラを嫌っていたし、王太子との縁談が破談になった今となっては、利用価値がないとみなされたのだろう。
 その実情を思い知りながらも、フローラは奇妙な安堵を抱いていた。もはや失うものなど何もない。ここで苦しんで生きるくらいなら、いっそ未知の地で運命に身を任せるのも悪くないのではないか――そんな破れかぶれの感情すら浮かんでくる。

 そして、王宮に正式に書類を提出するや否や、あっという間に話が進んだ。まるで最初から仕組まれていたかのように、とんとん拍子でフローラは敵国に嫁ぐことになってしまったのだ。
 王宮の一室で最後の「手続きを済ませる」ために呼び出されたフローラは、そこでも変わらず冷遇される。応対した役人は「お前など、王太子殿下の婚約者失格だと聞いている。せいぜい敵国で役に立つよう願いたいものだ」と嫌味を言ってくる。
 フローラはそんな嫌味にも、ただ黙って微笑を返すしかない。怒りや悔しさは確かにあったが、それを表に出して何になる? 結局、この国に自分の居場所はないのだ。
 やがて、馬車の音が聞こえ、フローラはその窓の外に目を向ける。見れば、漆黒の御者台と、金の装飾が施された豪奢な車体。その両側に馬を従えた兵士たちがいる。ラグナ帝国からの使者であろう。
 こうして、フローラはまったく縁も所縁もない「敵国」へ嫁ぐことが決まった――普通であれば恐怖に震えてもおかしくない局面だが、彼女の胸には空虚な静寂だけが広がっていた。
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