婚約破棄されたので隣国に逃げたら、溺愛公爵に囲い込まれました

鍛高譚

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1-2 偽りの証拠

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 舞踏会から部屋へ戻るまでの道のりは、たった数十メートルのはずなのに、底なし沼の中を歩くように重かった。

 アルヴィンの冷たい宣告。
 クラリスの、勝ち誇ったような涙。
 周囲が自分を見るあの侮蔑の視線。

 そのすべてが胸に突き刺さり、フェリシアは息をするのも苦しかった。

(どうして……どうして私がこんな目に?)

 ドレスの裾を握る指先は震え、涙が頬を伝う。それでも彼女は、必死に背筋を伸ばしていた。
 ――ドレイク家の令嬢らしく。
 ――王太子妃候補として恥じないように。

 だが翌朝、その“矜持”は無残に砕かれることになる。


---

◆家族の裏切り

 まだ陽も昇りきらない早朝。
 父・ルードヴィッヒ伯爵の執務室へ呼び出されたフェリシアは、重い扉を押し開けた。

「……フェリシア。説明が必要だな」

 冷ややかな視線。
 父の隣では、母が腕を組んで険しい顔で座っている。

 家族のはずなのに、その空気は裁判のようだった。

「何のことでしょう、父様」

 控えめに問い返した瞬間、机の上に置かれた一通の手紙が目に飛び込んできた。

(……え?)

「これが、お前のものだとアルヴィン殿下から届けられた」

 父が手紙を押し出す。
 そこには、フェリシアの筆跡に“そっくり”な文字で、甘い恋文が綴られていた。

『大好きなあなたへ。
 私はあなたと逃げる日を夢見ています』

「……っ! こんな手紙、書いていません!」

 ありえない。絶対にありえない。
 だが父は、深く息を吐いて首を振った。

「フェリシア。お前が優秀であることは私も理解している。だが、殿下が証拠として提出している以上、我々が否定すれば逆に家の立場が危うくなる」

「父様、私は――!」

「嫉妬深いという噂は以前からあったわ」

 母の冷たい声がフェリシアの言葉を遮った。
 その視線は、娘を信じる母のものではない。

「お前、クラリス嬢を妬んでいたのでしょう? だからこんな……」

「違います!! 私は何もしていません!!」

 必死に訴える。喉が焼けるほど叫んでも、家族は揃って表情を変えない。

 ――誰も、フェリシアを信じていない。

「クラリス嬢は社交界でも評判の良い娘だ。我が家まで巻き込む真似はやめろ」

 父の言葉は、氷の刃よりも痛かった。

(どうして……家族まで私を……?)

 視界が滲む。
 だが、涙をこぼす暇すらない。

「……私が無実であることは、自分で証明してみせます」

 フェリシアは唇を噛みしめ、震える声で告げた。
 すると父は疲れたように目を伏せた。

「……好きにするがいい」

 それが、家族からの最後の情けだったのかもしれない。


---

◆友人たちの冷たい背中

 午後、フェリシアは仲の良かった令嬢たちに会いに行った。
 せめて彼女たちだけでも、自分を信じてくれるはず――そう願って。

 しかし。

「……フェリシア。あなたには失望したわ」

「噂、本当だったのね……クラリス嬢をいじめたって」

 令嬢たちは、彼女と目を合わせようともせず、距離を取った。

「違う! 私は――」

「もういいの。これ以上巻き込まれたくないのよ」

 背を向けて去っていく、かつての友人たち。

 その音が、胸の中で何度も何度も反響する。

(私は……悪女なんかじゃない……!)

 叫んでも叫んでも、その声は誰にも届かなかった。


---

◆偽造された手紙の意味

 夜。
 自室でフェリシアは、偽造された恋文を何度も見つめていた。

「……私の筆跡に似せているわね。雑さはあるけれど……上手よ」

 怒りが静かに燃える。
 これは偶然ではない。
 作為だ。悪意だ。

「この手紙を偽造したのは――クラリス」

 アルヴィンの心を掌握し、自分を陥れるために仕掛けた陰謀。

 そう確信した瞬間、フェリシアの中で何かがはっきりと形を成した。

「絶対に……暴いてみせる」

 名誉を取り戻すために。
 自分を貶めた者たちに、必ず真実を突きつけるために。

 ――そして翌朝、フェリシアはドレイク家を追放されることになる。

 だが彼女はまだ知らない。
 それが、運命の歯車を大きく回す第一歩であることを――。


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