『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚

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第10話:揺れる想いと近づく距離

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第10話:揺れる想いと近づく距離 

西園寺蓮からかけられた
「もっと近くにいてほしい」
という言葉。

あれから数日経っても、その一言は相沢結衣の胸の奥で燻り続けていた。

秘書課での業務は相変わらず忙しい。
電話の取次ぎ、来客対応、スケジュール管理……
すべてはこれまでと同じなのに、どこか心のどこかが落ち着かない。

蓮の視線や声を思い出すたび、胸の奥がきゅっと熱くなる。

(社長の言葉……どういう意味なんだろう……?
 “もっと近くに”って……仕事の話、だよね……?)

そう自分に言い聞かせても、頬が熱くなるのを止められなかった。

◆ 同期の嫉妬が刺さる

昼休み。
秘書課のデスクで資料を整理していた結衣の前に、早足で近づく影があった。

「結衣、話がある。」

椎名理香。
いつも快活な彼女に似合わない険しい表情。

嫌な予感が胸をよぎる。

「う、うん。休憩室で話そうか……」

休憩室に入ると、理香は扉を閉め、そのまま振り返った。
その視線は鋭く、迷いがなかった。

「ねえ、結衣。正直に言いなよ。
 西園寺社長のこと、どう思ってるの?」

心臓が跳ねた。

(どうしてそれを……?)

結衣は無意識に視線をそらす。

「どうって……ただの上司だよ……」

必死に平静を装ったが、理香は小さく笑った。

「それ、誰も信じないよ。
 最近の噂、聞いてないの?
 “相沢結衣は社長のお気に入り”って。」

「そんな……!」

反射的に否定した声が、休憩室に響いた。

理香は、悔しさを抑えるように唇を噛む。

「社長と二人で食事に行ったって聞いたよ。否定できないよね?」

結衣は言葉を失った。
あの食事は“仕事の話の延長”――そう思っていた。
でも他の人から見れば、それは特別に見えるのかもしれない。

「仕事の……一環で……」

か細い声で答えると、理香は肩を落とした。

「ねえ、結衣。
 私、ずっと社長に憧れてたの。
 誰より仕事に厳しくて、誰より真っ直ぐで……」

理香の目には涙が浮かび、その光が嫉妬の色を帯びていた。

「でも結衣が秘書になってから、何もかも変わった。
 社長の視線が、結衣のほうばかり向くようになった。」

胸が痛んだ。

「理香……私は、本当にそんなつもりじゃ――」

「わかってるよ。結衣が悪いんじゃないって。でも……悔しいの。」

それだけ言い残し、理香は休憩室を出ていった。

残された結衣は、動けなかった。

(私……誰かを傷つけてしまった?
 そんなつもりじゃなかったのに……)

蓮への想いが、自分だけのものでは済まされない現実を初めて突きつけられた気がした。

◆ 社長室で気づかれる揺れる心

午後。
結衣は気持ちを整理できないまま、蓮のスケジュール帳を持って社長室へ向かった。

ノックすると、すぐに蓮の声が返る。

「入れ。」

蓮の姿を見るだけで胸がざわつく。

「来週のご予定ですが……」

説明を始めた瞬間、蓮がふと結衣の顔を見た。

いつもの冷静な目つきとは違い――心配の色を含んでいた。

「相沢。何かあったか?」

結衣は一瞬で呼吸を失った。
理香のことを話すべきか迷う。

(心配をかけたくない……)

「……いえ。何もありません。」

蓮は結衣をしばらく見つめ、資料を閉じた。

「相沢。」

落ち着いた声で言う。

「何か困ったら言え。
 お前は、一人で抱え込むタイプだ。
 放っておけない。」

胸の奥が震えた。

(私のこと……そんなふうに見てくれてる……?)

理香の言葉でしぼんでいた心が、そっと温かさを取り戻していくのを感じた。

◆ 仕事帰りのカフェで

退勤後。
エレベーターに向かう結衣の背後から、蓮の声がした。

「相沢、時間はあるか?」

「はい、大丈夫です。」

蓮は会社の近くのカフェへ結衣を誘った。

夜の静けさが漂う窓際の席。
コーヒーの香り。
蓮の存在は、なぜこんなにも心を落ち着かせるのか。

蓮はカップに口をつけ、静かに言った。

「お前が秘書課に来てから……俺は、少し肩の力を抜けるようになった。」

結衣は思わず顔を上げた。

「えっ……私が、ですか?」

「そうだ。お前の気配りや判断は俺にとって助けになる。」

その言葉は理香の嫉妬の刺をそっと溶かした。

(社長にそう言ってもらえるなんて……)

でも同時に胸が痛む。

――理香の顔が浮かぶ。
――社内の噂が耳に残る。

蓮はその揺れに気づいたように、柔らかな声で言った。

「相沢。無理をするな。
 俺は、お前が笑って働ける環境を作りたい。」

(……どうしてそんなことまで、言ってくれるの?)

涙が出そうだった。

◆ 家に帰っても、心は休まらない

家に戻り、カバンを置いても、心臓はまだ落ち着かなかった。

(社長は……どういうつもりなんだろう……?
 私は単なる“部下”のはずなのに……)

鏡を見ると、頬が赤く染まっている。

「……私、社長のこと……」

胸に手を当てた。

ドキン。
またドキン。

それが恋なのか、憧れなのか、依存なのか。
まだわからない。

ただ一つだけ確かだった。

西園寺蓮という人は、私の心を大きく揺らしてしまう存在だ。

そしてその揺れが、日を追うごとに強くなっているということも――
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