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22話
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古代遺跡の入り口と、不穏な“守り人”
その翌日。セイラン殿下の騎士たちの援護を受け、わたくしたちはようやく森の最奥部へ足を踏み入れる。巨大な石碑や倒壊した石柱が散在し、いかにも“遺跡”という趣きだ。
「これは……古文書にあった、“月蝕の社”かもしれんな」
セイラン殿下が石碑の文字をなぞりながら言う。
わたくしも横から覗き込む。確かに月を象徴する文様や、花のレリーフが浮き彫りになっている。ここが伝説の“月の巫女の花”の生息地である可能性は高い。
ただ、どうにも空気が不穏で、肌を刺すような悪寒がある。
「フランボワーズ、気をつけろ。何やら魔力の流れが乱れている気がする」
セイラン殿下が低く警告する。
すると、周囲の騎士たちが警戒態勢を取る中、石碑の陰からフッと黒いローブを纏(まと)った男が姿を現した。
「……よく来たな。“偽りの聖女”を連れて。まさか、本当にここまで辿り着くとは思わなかったぞ」
その声は乾いた嘲笑を含んでいる。
「誰だ、お前は!」
レオン殿下が剣に手をかけるが、男はまるで取り合わない。
「ここは“月蝕の社”。本物の聖女のみが、その力を受け継ぐことが許される聖域。――しかし、そこの女はどうやら偽者のようだな。ずいぶんと魔力が歪んでいる」
その視線の先には、ぐったりと騎士に支えられているカレン様がいる。
「おのれ……カレンは聖女だ!」
レオン殿下が声を荒らげようとするのを、セイラン殿下が手で制した。
「落ち着け。……ローブの男よ、お前は何者だ? この遺跡の“守り人”か?」
「ふん、そう呼ぶ者もいる。俺の一族は代々、“月蝕の社”を管理する使命を担ってきた。……だがな、俺も退屈していたところだ。せっかくやって来た偽者に、“本物”との違いを教えてやろう」
そう言うや否や、男は杖を振り上げ、黒い瘴気(しょうき)のような魔力を放ってくる。
騎士たちが盾を構え、セイラン殿下も素早く弓を射る。しかし、その黒い瘴気が床を這(は)うと、地面が赤黒く染まり、ひとりの騎士が悲鳴を上げた。
「ぐっ……足が、溶け……いや、絡みついて……!」
見ると、黒い泥のようなものが騎士の足にまとわりつき、身動きを封じている。
「フランボワーズ、何とかならないか!」
セイラン殿下がこちらに呼びかける。
わたくしは慌ててポーチに手を突っ込み、調合済みの“瘴気中和スプレー”を取り出した。
「スプレーがどれほど効くかわかりませんが、やってみます!」
シュッ、と白い霧を放つと、騎士に絡みついていた黒泥がジリジリと溶けるように縮んでいく。
「くっ……! こんな小細工を……!」
男は苛立たしげに口を歪めるが、すぐに次の魔術を放とうと構えを取り直す。
そのとき――。
「きゃっ……!」
背後でカレン様が膝を折った。どうやら、男の放つ魔力の影響をもろに受け、頭痛を起こしている様子。
「カレン……!」
レオン殿下が駆け寄るも、彼女の体は熱を持って震えている。目には涙が滲(にじ)んでいて、どうしようもなく辛そうだ。
「……偽りは偽りらしく、崩れ去るがいい。ここは本物の聖女にしか扱えぬ場所だ……!」
ローブの男が再び杖を叩きつけると、社の床のあちこちに亀裂が走り、紫色の光が漏れ始めた。
「みんな退避! 社が崩れるぞ!」
騎士たちが叫ぶが、レオン殿下はカレン様を抱えたまま動こうとしない。
セイラン殿下が矢をつがえ、男に狙いを定めるも、床の崩落で足元がおぼつかない。
「フランボワーズ、引いてろ! あいつを仕留める……!」
セイラン殿下が放った矢は、男の肩をかすめ、黒いローブを破る。
「くっ……!」
男は体勢を崩すが、それでも口元に不気味な笑みを浮かべた。
「ふはは……お前らの力では、偽りの聖女を救うことなどできぬ……!」
男が杖を振り上げたまさにその瞬間。
わたくしの胸の奥に、得体の知れない“幸運の衝動”が走った。――そう、わたくしの【らっきーすとらいく】だ。
頭で考えるより先に、わたくしは社の床に落ちていた石片を拾い、男目掛けて投げつける。
「え……っ!」
普通ならまず当たらない距離と角度。けれど、その石片は見事に男の手元を直撃し、杖が弾き飛ばされる。
同時に、セイラン殿下が放った二本目の矢が男の足元を穿(うが)ち、転倒させた。
「き、貴様……なんという奇妙な……!」
男は苦しげにうめきながら倒れ込む。騎士たちがすかさず取り囲み、拘束を試みる。
「小癪な……だが、偽りの聖女の破綻はもう止められん。見ろ、あの女の魔力を……!」
視線をそちらに向けると、カレン様の体から紫色の光が立ち昇っていた。ひどく乱れた魔力。――まるで内側から壊れていくようだ。
「カレン、しっかりしろ! くそっ、なんでこうなる……!」
レオン殿下が取り乱している。わたくしは鎮静薬を取り出そうとするが、先ほどの戦闘でポーチの中身が散乱してしまい、すぐに取り出せない。
「……フランボワーズ、兄上、もうカレンを外へ連れ出すしかない」
セイラン殿下が近づいてくるが、社の崩落で床に大穴が開きつつあり、うかつに動けない。
そのとき、社の天井――もともと空が覗く大きな隙間があった部分から、強烈な月光が差し込み始めた。
森の奥なので昼間と思いきや、どうやら辺りはもう夕方から夜にかけての時間帯らしい。水平線の向こうから月が昇り、この社に光が落ちているのだ。
「くっ、なんというタイミング……!」
社全体が月の光に照らされ、床に刻まれた花のレリーフが淡く浮かび上がる。
同時に、カレン様の苦しみは激しさを増し、まるで体の中から何かが噴出しそうなほどの魔力の波が押し寄せているようだ。
「フランボワーズ、何か、何か手はないのか……!」
殿下が叫ぶ。わたくしは散らばったポーチから何とか小瓶を手探りで見つけるが、魔力の乱れが強すぎて、これだけで鎮めきれるとは思えない。
「もし、月の巫女の花が本当にここで咲くなら……その力を使えればワンチャンスあります。でも……!」
わたくしは床に刻まれたレリーフを凝視する。そこに描かれているのは、月と花、そして“巫女”らしき女性の姿。
今まさに、その模様から白い光の花びらが現れようとしている。前にも一輪だけ見かけた、あの“幻の花”だろうか。
――しかし、それが“本物の聖女”を選ぶかどうかはわからない。
◇ 月の巫女の花の試練
ズズズ……という重い振動音とともに、レリーフの中心から朧(おぼろ)な光が吹き上がった。
それは、まるで数多の花びらが宙を舞っているかのように見える。柔らかい白光――けれど、どこか厳かな威圧感がある。
一瞬、社内の悲鳴や騎士たちのざわめきが止み、静寂が訪れた。
――そして、その白光はまっすぐにカレン様へと流れ込むように集まっていく。
「あ……」
気絶しかけていたカレン様の目がうっすら開き、光を受け止めるように腕を伸ばす。
“本物の聖女”ならば、これで救われるはず――誰もがそう思い、息を呑む。
しかし次の瞬間、カレン様の体がビクンと大きく痙攣(けいれん)し、紫色の魔力が弾け飛んだ。
「うああっ……!」
闇のような色を帯びたカレン様の魔力と、白い光がぶつかり合い、ギリギリと不快な音を立てて拮抗(きっこう)する。
――完全に拒絶されている。
本来なら聖女が花の力を受け継ぎ、さらに清らかな奇跡を発揮できる……はずが、カレン様にはそれが合わないのだ。
「やはり……カレン様は“本物”じゃなかったのね……」
そんな言葉が脳裏をよぎり、わたくしは唇を噛む。いや、もしかすると彼女自身に罪はなく、周囲が“偽聖女”として利用したのかもしれない。それでも、今この場で彼女の体は壊れてしまいそうだ。
「カレン! やめろ、離れろ……!」
レオン殿下が必死で抱きしめようとするが、白と紫の魔力の衝突に巻き込まれ、逆にはじき飛ばされる。
セイラン殿下や騎士たちも近づけず、どうにもならない。社の床はさらに崩れかけている。
わたくしは、咄嗟に手元の“月の巫女の花の花粉”を思い出す。――あの日、一瞬だけ採れた微量の粉末。完全な花ではないけれど、わずかでも彼女の力を鎮める糸口になるかもしれない。
「カレン様……!」
光と闇の衝突の渦に、おそるおそる近づく。まともに踏み込めばこちらも危険だが、【らっきーすとらいく】があれば何とかなる……かもしれない。
胸の奥に熱い鼓動が広がる。――ああ、今こそチャンスだ。わたくしは粉末を載せたガラス片を薄く息で吹き飛ばし、カレン様の周囲に散布する。
「どうか、花の力が彼女の命を救ってくれますように……!」
わたくしの祈りを聞いたのか、白い花びらの光がふわりと舞い上がり、そのままカレン様の額へと集まっていった。衝突しかけていた紫の魔力が、ほんの少し揺らぐ。
「……っ!」
カレン様の瞳がわずかに焦点を取り戻すが、依然として白光には受け入れられていないようだ。
――しかし、そのおかげで暴発は弱まり、何とかカレン様の体が持ちこたえている。
「セイラン殿下、今です! カレン様を引き離してください……!」
わたくしが叫ぶと、セイラン殿下とレオン殿下が同時に飛び出し、カレン様の腕をがっちり掴んで渦の外へ引きずり出す。
途端に、白と紫の光はどちらも勢いを失い、社の闇の底へ淡く消えていった。
「うわああっ……!」
社全体が大きく揺れる。今にも天井が崩れ落ちそうだ。
「急いで外へ出ろ! ここはもう持たん!」
騎士長の怒号とともに、全員が退却を始める。
セイラン殿下がカレン様を背負い、レオン殿下がなんとか自力で走る。わたくしも落石をかいくぐりながら出口をめざす。
ローブの男はというと、騎士に担がれた状態で引きずられている。「くっ……こんな……」などと捨て台詞を吐いていたが、今はそれどころではない。
どうにか社から脱出すると、夜の森の中に冷たい風が吹きぬけていた。星空が広がり、満月が冴え冴えと輝いている。
背後では大きな音を立てて“月蝕の社”の天井が崩れ落ちているのが見えた。あの場所はもはや再利用できそうにない。
わたくしは荒い呼吸を整え、セイラン殿下たちのもとへ駆け寄る。
カレン様は息も絶え絶えで、今にも意識が途切れそうな状態。医師役の騎士が脈と瞳孔を確認し、「今は生きているが、危険だ」と汗をかいている。
「……カレン、しっかりしろ、返事をしてくれ……!」
レオン殿下が青ざめた顔でカレン様の名前を呼ぶ。返事はない。
どうやら、“月の巫女の花”の力は彼女を救うどころか、偽りを糾弾(きゅうだん)する形で拒絶したようだ。――このままでは、心も身体も限界だろう。
その翌日。セイラン殿下の騎士たちの援護を受け、わたくしたちはようやく森の最奥部へ足を踏み入れる。巨大な石碑や倒壊した石柱が散在し、いかにも“遺跡”という趣きだ。
「これは……古文書にあった、“月蝕の社”かもしれんな」
セイラン殿下が石碑の文字をなぞりながら言う。
わたくしも横から覗き込む。確かに月を象徴する文様や、花のレリーフが浮き彫りになっている。ここが伝説の“月の巫女の花”の生息地である可能性は高い。
ただ、どうにも空気が不穏で、肌を刺すような悪寒がある。
「フランボワーズ、気をつけろ。何やら魔力の流れが乱れている気がする」
セイラン殿下が低く警告する。
すると、周囲の騎士たちが警戒態勢を取る中、石碑の陰からフッと黒いローブを纏(まと)った男が姿を現した。
「……よく来たな。“偽りの聖女”を連れて。まさか、本当にここまで辿り着くとは思わなかったぞ」
その声は乾いた嘲笑を含んでいる。
「誰だ、お前は!」
レオン殿下が剣に手をかけるが、男はまるで取り合わない。
「ここは“月蝕の社”。本物の聖女のみが、その力を受け継ぐことが許される聖域。――しかし、そこの女はどうやら偽者のようだな。ずいぶんと魔力が歪んでいる」
その視線の先には、ぐったりと騎士に支えられているカレン様がいる。
「おのれ……カレンは聖女だ!」
レオン殿下が声を荒らげようとするのを、セイラン殿下が手で制した。
「落ち着け。……ローブの男よ、お前は何者だ? この遺跡の“守り人”か?」
「ふん、そう呼ぶ者もいる。俺の一族は代々、“月蝕の社”を管理する使命を担ってきた。……だがな、俺も退屈していたところだ。せっかくやって来た偽者に、“本物”との違いを教えてやろう」
そう言うや否や、男は杖を振り上げ、黒い瘴気(しょうき)のような魔力を放ってくる。
騎士たちが盾を構え、セイラン殿下も素早く弓を射る。しかし、その黒い瘴気が床を這(は)うと、地面が赤黒く染まり、ひとりの騎士が悲鳴を上げた。
「ぐっ……足が、溶け……いや、絡みついて……!」
見ると、黒い泥のようなものが騎士の足にまとわりつき、身動きを封じている。
「フランボワーズ、何とかならないか!」
セイラン殿下がこちらに呼びかける。
わたくしは慌ててポーチに手を突っ込み、調合済みの“瘴気中和スプレー”を取り出した。
「スプレーがどれほど効くかわかりませんが、やってみます!」
シュッ、と白い霧を放つと、騎士に絡みついていた黒泥がジリジリと溶けるように縮んでいく。
「くっ……! こんな小細工を……!」
男は苛立たしげに口を歪めるが、すぐに次の魔術を放とうと構えを取り直す。
そのとき――。
「きゃっ……!」
背後でカレン様が膝を折った。どうやら、男の放つ魔力の影響をもろに受け、頭痛を起こしている様子。
「カレン……!」
レオン殿下が駆け寄るも、彼女の体は熱を持って震えている。目には涙が滲(にじ)んでいて、どうしようもなく辛そうだ。
「……偽りは偽りらしく、崩れ去るがいい。ここは本物の聖女にしか扱えぬ場所だ……!」
ローブの男が再び杖を叩きつけると、社の床のあちこちに亀裂が走り、紫色の光が漏れ始めた。
「みんな退避! 社が崩れるぞ!」
騎士たちが叫ぶが、レオン殿下はカレン様を抱えたまま動こうとしない。
セイラン殿下が矢をつがえ、男に狙いを定めるも、床の崩落で足元がおぼつかない。
「フランボワーズ、引いてろ! あいつを仕留める……!」
セイラン殿下が放った矢は、男の肩をかすめ、黒いローブを破る。
「くっ……!」
男は体勢を崩すが、それでも口元に不気味な笑みを浮かべた。
「ふはは……お前らの力では、偽りの聖女を救うことなどできぬ……!」
男が杖を振り上げたまさにその瞬間。
わたくしの胸の奥に、得体の知れない“幸運の衝動”が走った。――そう、わたくしの【らっきーすとらいく】だ。
頭で考えるより先に、わたくしは社の床に落ちていた石片を拾い、男目掛けて投げつける。
「え……っ!」
普通ならまず当たらない距離と角度。けれど、その石片は見事に男の手元を直撃し、杖が弾き飛ばされる。
同時に、セイラン殿下が放った二本目の矢が男の足元を穿(うが)ち、転倒させた。
「き、貴様……なんという奇妙な……!」
男は苦しげにうめきながら倒れ込む。騎士たちがすかさず取り囲み、拘束を試みる。
「小癪な……だが、偽りの聖女の破綻はもう止められん。見ろ、あの女の魔力を……!」
視線をそちらに向けると、カレン様の体から紫色の光が立ち昇っていた。ひどく乱れた魔力。――まるで内側から壊れていくようだ。
「カレン、しっかりしろ! くそっ、なんでこうなる……!」
レオン殿下が取り乱している。わたくしは鎮静薬を取り出そうとするが、先ほどの戦闘でポーチの中身が散乱してしまい、すぐに取り出せない。
「……フランボワーズ、兄上、もうカレンを外へ連れ出すしかない」
セイラン殿下が近づいてくるが、社の崩落で床に大穴が開きつつあり、うかつに動けない。
そのとき、社の天井――もともと空が覗く大きな隙間があった部分から、強烈な月光が差し込み始めた。
森の奥なので昼間と思いきや、どうやら辺りはもう夕方から夜にかけての時間帯らしい。水平線の向こうから月が昇り、この社に光が落ちているのだ。
「くっ、なんというタイミング……!」
社全体が月の光に照らされ、床に刻まれた花のレリーフが淡く浮かび上がる。
同時に、カレン様の苦しみは激しさを増し、まるで体の中から何かが噴出しそうなほどの魔力の波が押し寄せているようだ。
「フランボワーズ、何か、何か手はないのか……!」
殿下が叫ぶ。わたくしは散らばったポーチから何とか小瓶を手探りで見つけるが、魔力の乱れが強すぎて、これだけで鎮めきれるとは思えない。
「もし、月の巫女の花が本当にここで咲くなら……その力を使えればワンチャンスあります。でも……!」
わたくしは床に刻まれたレリーフを凝視する。そこに描かれているのは、月と花、そして“巫女”らしき女性の姿。
今まさに、その模様から白い光の花びらが現れようとしている。前にも一輪だけ見かけた、あの“幻の花”だろうか。
――しかし、それが“本物の聖女”を選ぶかどうかはわからない。
◇ 月の巫女の花の試練
ズズズ……という重い振動音とともに、レリーフの中心から朧(おぼろ)な光が吹き上がった。
それは、まるで数多の花びらが宙を舞っているかのように見える。柔らかい白光――けれど、どこか厳かな威圧感がある。
一瞬、社内の悲鳴や騎士たちのざわめきが止み、静寂が訪れた。
――そして、その白光はまっすぐにカレン様へと流れ込むように集まっていく。
「あ……」
気絶しかけていたカレン様の目がうっすら開き、光を受け止めるように腕を伸ばす。
“本物の聖女”ならば、これで救われるはず――誰もがそう思い、息を呑む。
しかし次の瞬間、カレン様の体がビクンと大きく痙攣(けいれん)し、紫色の魔力が弾け飛んだ。
「うああっ……!」
闇のような色を帯びたカレン様の魔力と、白い光がぶつかり合い、ギリギリと不快な音を立てて拮抗(きっこう)する。
――完全に拒絶されている。
本来なら聖女が花の力を受け継ぎ、さらに清らかな奇跡を発揮できる……はずが、カレン様にはそれが合わないのだ。
「やはり……カレン様は“本物”じゃなかったのね……」
そんな言葉が脳裏をよぎり、わたくしは唇を噛む。いや、もしかすると彼女自身に罪はなく、周囲が“偽聖女”として利用したのかもしれない。それでも、今この場で彼女の体は壊れてしまいそうだ。
「カレン! やめろ、離れろ……!」
レオン殿下が必死で抱きしめようとするが、白と紫の魔力の衝突に巻き込まれ、逆にはじき飛ばされる。
セイラン殿下や騎士たちも近づけず、どうにもならない。社の床はさらに崩れかけている。
わたくしは、咄嗟に手元の“月の巫女の花の花粉”を思い出す。――あの日、一瞬だけ採れた微量の粉末。完全な花ではないけれど、わずかでも彼女の力を鎮める糸口になるかもしれない。
「カレン様……!」
光と闇の衝突の渦に、おそるおそる近づく。まともに踏み込めばこちらも危険だが、【らっきーすとらいく】があれば何とかなる……かもしれない。
胸の奥に熱い鼓動が広がる。――ああ、今こそチャンスだ。わたくしは粉末を載せたガラス片を薄く息で吹き飛ばし、カレン様の周囲に散布する。
「どうか、花の力が彼女の命を救ってくれますように……!」
わたくしの祈りを聞いたのか、白い花びらの光がふわりと舞い上がり、そのままカレン様の額へと集まっていった。衝突しかけていた紫の魔力が、ほんの少し揺らぐ。
「……っ!」
カレン様の瞳がわずかに焦点を取り戻すが、依然として白光には受け入れられていないようだ。
――しかし、そのおかげで暴発は弱まり、何とかカレン様の体が持ちこたえている。
「セイラン殿下、今です! カレン様を引き離してください……!」
わたくしが叫ぶと、セイラン殿下とレオン殿下が同時に飛び出し、カレン様の腕をがっちり掴んで渦の外へ引きずり出す。
途端に、白と紫の光はどちらも勢いを失い、社の闇の底へ淡く消えていった。
「うわああっ……!」
社全体が大きく揺れる。今にも天井が崩れ落ちそうだ。
「急いで外へ出ろ! ここはもう持たん!」
騎士長の怒号とともに、全員が退却を始める。
セイラン殿下がカレン様を背負い、レオン殿下がなんとか自力で走る。わたくしも落石をかいくぐりながら出口をめざす。
ローブの男はというと、騎士に担がれた状態で引きずられている。「くっ……こんな……」などと捨て台詞を吐いていたが、今はそれどころではない。
どうにか社から脱出すると、夜の森の中に冷たい風が吹きぬけていた。星空が広がり、満月が冴え冴えと輝いている。
背後では大きな音を立てて“月蝕の社”の天井が崩れ落ちているのが見えた。あの場所はもはや再利用できそうにない。
わたくしは荒い呼吸を整え、セイラン殿下たちのもとへ駆け寄る。
カレン様は息も絶え絶えで、今にも意識が途切れそうな状態。医師役の騎士が脈と瞳孔を確認し、「今は生きているが、危険だ」と汗をかいている。
「……カレン、しっかりしろ、返事をしてくれ……!」
レオン殿下が青ざめた顔でカレン様の名前を呼ぶ。返事はない。
どうやら、“月の巫女の花”の力は彼女を救うどころか、偽りを糾弾(きゅうだん)する形で拒絶したようだ。――このままでは、心も身体も限界だろう。
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