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私――レラ・グランメリーは、そう遠くない未来にアルフェイン侯爵家へ嫁ぐことが決まっている。
といっても、それは“白い結婚”――ただの名目上の夫婦。私は深い愛情を抱いているわけでもないし、相手であるジル・アルフェイン侯爵家嫡男もまた、私に特別な想いを持っているわけではない。むしろ、彼は自由を愛し、きっと別の女性――リディアという令嬢に心惹かれているという噂さえある。
だが、私はそれで構わない。そもそも干渉し合う気などさらさらなく、家の道具として政略結婚さえ果たせば――そう思っていた。
けれども、そんな私の心境など、周囲の喧騒の中にかき消されていく。伯爵家の屋敷は、私の結婚を“わが家の地位を高める大チャンス”とばかりに浮き足立ち、母や姉たちはドレスや装飾品の準備に余念がない。まるで自分の婚礼であるかのようにはしゃぐ姿を見ながら、私はただひっそりと胸の内でため息をつくばかりだった。
華やかな夜会への招待
そんななか、アルフェイン侯爵家から正式なお披露目――いわゆる婚約発表を兼ねた夜会への招待状が届いた。
場所は王都でも指折りの広大な敷地を誇る、アルフェイン侯爵家の本邸。そこで行われる盛大な夜会に、私は“婚約者”として顔を出すことになる。
開催当日、母に急かされるまま、私は昼過ぎから着替えや髪の支度を手伝われていた。いつになく念入りだ。恐らく、これまで“地味で役立たず”扱いされてきた私を、少しでも立派に見せたいのだろう。
鏡に映る自分の姿は、いつもよりも華やかな装い――淡いラベンダー色のドレスに胸元と裾に細かな刺繍が施されている。パフスリーブの袖がふんわりとしたシルエットをつくり、私の華やかさの乏しい雰囲気をわずかでも補ってくれているようだった。
とはいえ、私は慣れない窮屈なコルセットに少し息苦しさを覚える。鏡の前でぎこちなく背筋を伸ばしつつ、リコに耳打ちする。
「ううん……やっぱりコルセットがきついわ。今日はお披露目の挨拶をするだけだから、もう少し楽なドレスでも……」
「お嬢様、これはアルフェイン侯爵家ですからね。グランメリー家の名誉のためにも、しっかりとした格好をなさらないと……。お辛いでしょうけれど、もう少し頑張ってくださいませ」
リコの言葉に、私は眉根を寄せながらも否定はしない。私一人の問題ではなく、家全体の面子がかかっているのだから――。
しかし、窮屈な衣装をまとう私よりも、母のほうがよほど緊張しているように見える。出発を前にして、落ち着きなく邸内を歩き回り、「忘れ物はない?」と侍女たちを叱咤しているのだ。
私が馬車に乗り込むときも、母は「ほんとうにしっかりしなさいよ」と釘を刺してきた。反論する気力もなく、私はただ「はい」と頷く。
こうしてぎこちない空気のまま、私を乗せた伯爵家の馬車は夕暮れの王都を抜け、アルフェイン侯爵家の本邸へと向かった。
といっても、それは“白い結婚”――ただの名目上の夫婦。私は深い愛情を抱いているわけでもないし、相手であるジル・アルフェイン侯爵家嫡男もまた、私に特別な想いを持っているわけではない。むしろ、彼は自由を愛し、きっと別の女性――リディアという令嬢に心惹かれているという噂さえある。
だが、私はそれで構わない。そもそも干渉し合う気などさらさらなく、家の道具として政略結婚さえ果たせば――そう思っていた。
けれども、そんな私の心境など、周囲の喧騒の中にかき消されていく。伯爵家の屋敷は、私の結婚を“わが家の地位を高める大チャンス”とばかりに浮き足立ち、母や姉たちはドレスや装飾品の準備に余念がない。まるで自分の婚礼であるかのようにはしゃぐ姿を見ながら、私はただひっそりと胸の内でため息をつくばかりだった。
華やかな夜会への招待
そんななか、アルフェイン侯爵家から正式なお披露目――いわゆる婚約発表を兼ねた夜会への招待状が届いた。
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とはいえ、私は慣れない窮屈なコルセットに少し息苦しさを覚える。鏡の前でぎこちなく背筋を伸ばしつつ、リコに耳打ちする。
「ううん……やっぱりコルセットがきついわ。今日はお披露目の挨拶をするだけだから、もう少し楽なドレスでも……」
「お嬢様、これはアルフェイン侯爵家ですからね。グランメリー家の名誉のためにも、しっかりとした格好をなさらないと……。お辛いでしょうけれど、もう少し頑張ってくださいませ」
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こうしてぎこちない空気のまま、私を乗せた伯爵家の馬車は夕暮れの王都を抜け、アルフェイン侯爵家の本邸へと向かった。
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