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第1章:突然の婚約破棄
6話
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殿下は少しだけ驚いた顔をしましたが、すぐに興味を失ったようにレイラ嬢のほうへ向き直ります。それを見た一部の貴族は、わたしに同情するように視線を向けましたが、その視線ですらわたしにはつらく感じられました。まるで「かわいそうな娘だ」と憐れまれているようで、胸が締めつけられる思いです。
わたしはすぐに踵を返し、大広間をあとにしました。もうそこに留まる理由など一つもありません。後ろでは、殿下とレイラ嬢に話しかけようと群がる貴族たちが、ざわつきを増している気配がしました。わたしの心は悲しみと虚しさでいっぱいでしたが、涙をこらえて足を進めました。
長い廊下を歩きながら、わたしは何度も「どうしてこんなことに」と自問しました。きっと、わたしと殿下の気持ちははじめから噛み合っていなかったのだろう――そう理解するしかありません。王太子妃になると決まってから、わたしはずっと自分を追い込んで、努力を重ねてきました。しかし、殿下の心は最初からわたしを愛してはいなかった。それだけのことだったのでしょう。
王城の正門に出ると、伯爵家の馬車が待っていました。付き添いの従者が、驚きと動揺を隠せない顔でわたしに駆け寄ってきます。わたしは彼に何も言わず、ただ小さくうなずいただけでした。彼もそれ以上は何も聞かず、馬車の扉を開けてくれました。
馬車に乗り込むと、外の視線から解放されたせいか、わたしの目からとめどなく涙がこぼれ始めました。これまで必死に堪えていた感情が、いっきにあふれ出してしまったのです。王太子妃になるために積み上げてきた努力、それらが一瞬で崩れ去った喪失感。しかも、大勢の前でわたしを否定するように破棄を告げられ、ほかの女性を愛していると宣言されたのですから、心が痛むのは当然でした。
「つらい……。こんなの、あんまりです……。」
わたしは声を殺して泣きました。従者はそっと手を伸ばして、ハンカチを差し出してくれましたが、わたしはそれを受け取ることさえできず、ただ俯いて震えるばかりでした。馬車が伯爵家へ向かって走り出す音だけが、暗い車内に響いていたのを覚えています。
伯爵家に到着すると、父と母が玄関先で待ち受けていました。どうやら、先ほどの婚約破棄の話が早くも伝わっていたようです。あるいは、わたしのあまりにも暗い表情を見て悟ったのかもしれません。母はわたしの姿を見るなり駆け寄ってきて、涙ぐみながらわたしを抱きしめてくれました。父も怒りと悲しみをこらえたような顔をしていて、まるで今にも王城に乗り込もうとする勢いで拳を握りしめています。
わたしは両親に、大広間で起こったことを簡単に説明しました。殿下からは一方的に婚約破棄を宣言され、レイラという女性を愛していると言われたこと。わたしがそれを受け入れるしかなかったこと……。父は「こんな理不尽が許されるのか……!」と怒鳴り、母はわたしの手を握って「ルシア、本当にごめんね……」と繰り返します。
「父様、母様、わたしは……もう大丈夫です。泣きたいだけ泣いたら、少し落ち着きました。わたしは……生きていれば、また新しい道を見つけられるかもしれません。」
自分でも驚くほど冷静な声が出ました。もちろん、心の中はまだ荒れていますし、胸の奥がずきずき痛みます。けれど、いつまでも悲しみに浸っているわけにもいきません。わたしは伯爵家の娘。父と母が築いてきた家を支え、領民を守る義務があるのです。
両親も、わたしの言葉を聞いて少し安心した様子でした。母はわたしの肩を優しくさすりながら、「今日だけはゆっくり休んで……」と声をかけてくれました。父も「そうだ。これから先、どうするかはゆっくり考えればいい。今は無理をするな」と言ってくれます。
部屋に戻ったわたしは、ドレスを脱いでベッドに腰かけました。涙で目が腫れているのが、鏡を見なくてもわかります。結局、わたしはあの場で泣き崩れることなく大広間を出てきましたが、そのぶん馬車の中でたくさん泣いてしまいました。さすがに、もう涙は残っていない気がします。
「エドワード殿下……結局、わたしのことを何とも思っていなかったんですね……。」
思わずそう呟いたとき、また胸がきゅっと締めつけられました。わたしは王太子妃としてふさわしいように努力してきただけに、愛されていなかったのだと知るのは大きな衝撃です。でも、わたしはもう過去にこだわらず、生きていかなければなりません。婚約破棄されたという事実は変えられないのですから。
わたしはこの夜、なかなか眠れませんでした。暗い部屋の中、月の光だけが窓から差し込み、静かな夜気を感じます。今後、わたしはどうやって生きていけばいいのでしょうか。王太子妃になるための準備をずっとしてきましたが、すべて無駄になってしまったのでしょうか。そんな不安ばかりが頭を巡ります。
しかし、一方で心のどこかに「これでよかったのかもしれない」という思いもありました。もし殿下と結婚していたら、わたしはきっと“愛されない王太子妃”として苦しむことになったかもしれません。殿下の本音を知らないまま生きるよりは、いっそ早い段階で破棄されてしまったほうが、ダメージは少なかったのではないか。そんな風にも考えてみるのです。
もちろん、頭ではそう思っても、心が納得するのには時間がかかります。今はまだ、怒りや悲しみが強くて、前向きになりたいのに気持ちが追いつきません。わたしは布団をかぶり、できるだけ悩まずに眠ろうとしましたが、夜明けまでうとうとする程度しか眠れませんでした。
わたしはすぐに踵を返し、大広間をあとにしました。もうそこに留まる理由など一つもありません。後ろでは、殿下とレイラ嬢に話しかけようと群がる貴族たちが、ざわつきを増している気配がしました。わたしの心は悲しみと虚しさでいっぱいでしたが、涙をこらえて足を進めました。
長い廊下を歩きながら、わたしは何度も「どうしてこんなことに」と自問しました。きっと、わたしと殿下の気持ちははじめから噛み合っていなかったのだろう――そう理解するしかありません。王太子妃になると決まってから、わたしはずっと自分を追い込んで、努力を重ねてきました。しかし、殿下の心は最初からわたしを愛してはいなかった。それだけのことだったのでしょう。
王城の正門に出ると、伯爵家の馬車が待っていました。付き添いの従者が、驚きと動揺を隠せない顔でわたしに駆け寄ってきます。わたしは彼に何も言わず、ただ小さくうなずいただけでした。彼もそれ以上は何も聞かず、馬車の扉を開けてくれました。
馬車に乗り込むと、外の視線から解放されたせいか、わたしの目からとめどなく涙がこぼれ始めました。これまで必死に堪えていた感情が、いっきにあふれ出してしまったのです。王太子妃になるために積み上げてきた努力、それらが一瞬で崩れ去った喪失感。しかも、大勢の前でわたしを否定するように破棄を告げられ、ほかの女性を愛していると宣言されたのですから、心が痛むのは当然でした。
「つらい……。こんなの、あんまりです……。」
わたしは声を殺して泣きました。従者はそっと手を伸ばして、ハンカチを差し出してくれましたが、わたしはそれを受け取ることさえできず、ただ俯いて震えるばかりでした。馬車が伯爵家へ向かって走り出す音だけが、暗い車内に響いていたのを覚えています。
伯爵家に到着すると、父と母が玄関先で待ち受けていました。どうやら、先ほどの婚約破棄の話が早くも伝わっていたようです。あるいは、わたしのあまりにも暗い表情を見て悟ったのかもしれません。母はわたしの姿を見るなり駆け寄ってきて、涙ぐみながらわたしを抱きしめてくれました。父も怒りと悲しみをこらえたような顔をしていて、まるで今にも王城に乗り込もうとする勢いで拳を握りしめています。
わたしは両親に、大広間で起こったことを簡単に説明しました。殿下からは一方的に婚約破棄を宣言され、レイラという女性を愛していると言われたこと。わたしがそれを受け入れるしかなかったこと……。父は「こんな理不尽が許されるのか……!」と怒鳴り、母はわたしの手を握って「ルシア、本当にごめんね……」と繰り返します。
「父様、母様、わたしは……もう大丈夫です。泣きたいだけ泣いたら、少し落ち着きました。わたしは……生きていれば、また新しい道を見つけられるかもしれません。」
自分でも驚くほど冷静な声が出ました。もちろん、心の中はまだ荒れていますし、胸の奥がずきずき痛みます。けれど、いつまでも悲しみに浸っているわけにもいきません。わたしは伯爵家の娘。父と母が築いてきた家を支え、領民を守る義務があるのです。
両親も、わたしの言葉を聞いて少し安心した様子でした。母はわたしの肩を優しくさすりながら、「今日だけはゆっくり休んで……」と声をかけてくれました。父も「そうだ。これから先、どうするかはゆっくり考えればいい。今は無理をするな」と言ってくれます。
部屋に戻ったわたしは、ドレスを脱いでベッドに腰かけました。涙で目が腫れているのが、鏡を見なくてもわかります。結局、わたしはあの場で泣き崩れることなく大広間を出てきましたが、そのぶん馬車の中でたくさん泣いてしまいました。さすがに、もう涙は残っていない気がします。
「エドワード殿下……結局、わたしのことを何とも思っていなかったんですね……。」
思わずそう呟いたとき、また胸がきゅっと締めつけられました。わたしは王太子妃としてふさわしいように努力してきただけに、愛されていなかったのだと知るのは大きな衝撃です。でも、わたしはもう過去にこだわらず、生きていかなければなりません。婚約破棄されたという事実は変えられないのですから。
わたしはこの夜、なかなか眠れませんでした。暗い部屋の中、月の光だけが窓から差し込み、静かな夜気を感じます。今後、わたしはどうやって生きていけばいいのでしょうか。王太子妃になるための準備をずっとしてきましたが、すべて無駄になってしまったのでしょうか。そんな不安ばかりが頭を巡ります。
しかし、一方で心のどこかに「これでよかったのかもしれない」という思いもありました。もし殿下と結婚していたら、わたしはきっと“愛されない王太子妃”として苦しむことになったかもしれません。殿下の本音を知らないまま生きるよりは、いっそ早い段階で破棄されてしまったほうが、ダメージは少なかったのではないか。そんな風にも考えてみるのです。
もちろん、頭ではそう思っても、心が納得するのには時間がかかります。今はまだ、怒りや悲しみが強くて、前向きになりたいのに気持ちが追いつきません。わたしは布団をかぶり、できるだけ悩まずに眠ろうとしましたが、夜明けまでうとうとする程度しか眠れませんでした。
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