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第3章 暴かれる影の才覚――伯爵令嬢は動き出す
31話
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王太子との邂逅――思惑は交錯する
ところが、その期待と同時に、サラには不穏な気配を感じさせる人物の存在が気にかかった。――王太子レオンハルト殿下。
前回の舞踏会でも、上階からサラを見下ろしていた金髪の青年。今宵も煌びやかな軍服風の礼装を着こなし、周囲の貴族から恭しく挨拶を受けている。その目が時折サラの方を向いているように感じるのだ。
(王太子殿下は、わたしに何か用があるのかしら……? まさか公爵令息みたいに、変な騒動を起こすつもりじゃないでしょうね)
サラが少し警戒しながらテーブル脇でワインを飲んでいると、王太子がこちらに向かって歩み寄ってきた。途端に周囲の貴族たちは道をあけ、ある者は興味深そうに耳をそばだてる。
「レティシア伯爵令嬢、はじめましてだな。わたしは王太子のレオンハルト・エル・アルステードだ。……先日の舞踏会は波乱だったそうだね。」
あくまで落ち着いた口調だが、その瞳にはどこか好奇心が宿っている。サラは深く一礼して返す。
「お初にお目にかかります、レオンハルト殿下。サラ・レティシアと申します。先の舞踏会でお騒がせしたのは心苦しい限りですが……」
「いや、あれは公爵令息が一方的に騒いだだけだろう? 困ったものだよ。――それより、ずっと気になっていたことがある。お嬢様は“この国の経済を左右するほどの商才”を持っている、という噂だが……本当か?」
核心を突いてくる。サラは苦笑しつつ首を振った。
「とんでもない。ただの噂ですよ。わたしは少し商人の真似事をしているだけで……」
「そうか。だが、公爵令息の父であるヴェルドル公爵は、お嬢様を高く買っているようだ。謹慎中のガイも、そうとう焦っているらしい。」
サラの背筋が少しだけ伸びる。王太子からすれば、公爵家の内情すら把握しているわけだ。ガイが謹慎中というのはやはり事実なのだろう。
「それで、殿下はわたしに何かご用があるのでしょうか。まさか、わたしに協力を要請するとか?」
サラがやや挑戦的に尋ねると、王太子は口元に微笑を浮かべた。
「はは、察しがいいね。――正直に言えば、わたしは“王国の財政”を強化したいと思っているのだ。王家も万能ではない。戦争や災害が起これば金庫は一気に空になる。その点、お嬢様が協力してくれれば、王家の資金繰りが楽になるかもしれないと思わなくもない。」
やはりそう来たか、とサラは内心でうなずく。王家としても、財政難は常に悩みの種だ。そこでサラのような“投資家”を取り込めば、ある程度のキャッシュフローが得られると踏んでいるのだろう。
「でも、王家と組むということは、わたしにとって大きな責任を伴いますね。自由に動けなくなるリスクもあるかと。」
「ああ、もちろんだ。わたしも今ここで即答を求めるつもりはない。……ただ、お嬢様の才能が本物なら、今後“王太子妃”という地位を与えてでも手に入れたい、と考えないでもないよ。」
サラは目を見開く。まさか王太子自身が“結婚”に言及するとは。しかし、その口調はまるで政治取引のようにあっさりしていた。
「……仮にわたしが王太子妃になったとして、何を望まれるのです? 王家の財政再建ですか?」
「そういうことだね。王国全体の財政を一新し、周辺諸国との貿易や為替をコントロールする。もしそれが実現できれば、わたしは“名君”として名を残せるかもしれない。――そしてお嬢様は“名妃”だ。悪い話ではないと思うがね?」
王太子は冗談めかして言うが、その瞳の奥には本気の欲望がちらついていた。自らの権力を磐石にするために、“経済力”という新たな武器が欲しいのだろう。
(やっぱり来た。公爵令息の件が破談になった今、わたしを囲い込むなら王太子が手を伸ばすのは自然な流れ……でも、こんな形で“結婚”を持ち出されても、わたしは誰かの道具になるつもりはないわ。)
サラは小さく息をつき、あくまで穏やかな口調で切り返す。
「殿下のご提案はありがたいですが、わたしにはまだ荷が重いです。……それに、投資家としての自由を失うわけにはいきませんし、王太子妃という大役は、わたしには務まりそうにありません。」
「そうか。まあ、すぐに答えを聞かせろとは言わない。わたしもいずれ戴冠するまでにはまだ時間がある。――お嬢様、ゆっくり考えてくれたまえ。」
そう言い残して、王太子は“後悔しないようにな”とでも言うかのような笑みをサラに向け、また他の貴族のもとへと歩いて行った。
その背中を見送りながら、サラは軽い眩暈を覚える。
(王族との婚姻は、公爵家どころの話じゃない大事件だわ。下手な応対をすれば、わたしも伯爵家も一瞬で飲み込まれる……)
しかし同時に思う。もし本当に王太子と組めば、この国の金融を合法的に掌握する道が開ける可能性もある。――そこまでして力を得たいかどうか、サラ自身の“ポリシー”が問われるところだ。
ところが、その期待と同時に、サラには不穏な気配を感じさせる人物の存在が気にかかった。――王太子レオンハルト殿下。
前回の舞踏会でも、上階からサラを見下ろしていた金髪の青年。今宵も煌びやかな軍服風の礼装を着こなし、周囲の貴族から恭しく挨拶を受けている。その目が時折サラの方を向いているように感じるのだ。
(王太子殿下は、わたしに何か用があるのかしら……? まさか公爵令息みたいに、変な騒動を起こすつもりじゃないでしょうね)
サラが少し警戒しながらテーブル脇でワインを飲んでいると、王太子がこちらに向かって歩み寄ってきた。途端に周囲の貴族たちは道をあけ、ある者は興味深そうに耳をそばだてる。
「レティシア伯爵令嬢、はじめましてだな。わたしは王太子のレオンハルト・エル・アルステードだ。……先日の舞踏会は波乱だったそうだね。」
あくまで落ち着いた口調だが、その瞳にはどこか好奇心が宿っている。サラは深く一礼して返す。
「お初にお目にかかります、レオンハルト殿下。サラ・レティシアと申します。先の舞踏会でお騒がせしたのは心苦しい限りですが……」
「いや、あれは公爵令息が一方的に騒いだだけだろう? 困ったものだよ。――それより、ずっと気になっていたことがある。お嬢様は“この国の経済を左右するほどの商才”を持っている、という噂だが……本当か?」
核心を突いてくる。サラは苦笑しつつ首を振った。
「とんでもない。ただの噂ですよ。わたしは少し商人の真似事をしているだけで……」
「そうか。だが、公爵令息の父であるヴェルドル公爵は、お嬢様を高く買っているようだ。謹慎中のガイも、そうとう焦っているらしい。」
サラの背筋が少しだけ伸びる。王太子からすれば、公爵家の内情すら把握しているわけだ。ガイが謹慎中というのはやはり事実なのだろう。
「それで、殿下はわたしに何かご用があるのでしょうか。まさか、わたしに協力を要請するとか?」
サラがやや挑戦的に尋ねると、王太子は口元に微笑を浮かべた。
「はは、察しがいいね。――正直に言えば、わたしは“王国の財政”を強化したいと思っているのだ。王家も万能ではない。戦争や災害が起これば金庫は一気に空になる。その点、お嬢様が協力してくれれば、王家の資金繰りが楽になるかもしれないと思わなくもない。」
やはりそう来たか、とサラは内心でうなずく。王家としても、財政難は常に悩みの種だ。そこでサラのような“投資家”を取り込めば、ある程度のキャッシュフローが得られると踏んでいるのだろう。
「でも、王家と組むということは、わたしにとって大きな責任を伴いますね。自由に動けなくなるリスクもあるかと。」
「ああ、もちろんだ。わたしも今ここで即答を求めるつもりはない。……ただ、お嬢様の才能が本物なら、今後“王太子妃”という地位を与えてでも手に入れたい、と考えないでもないよ。」
サラは目を見開く。まさか王太子自身が“結婚”に言及するとは。しかし、その口調はまるで政治取引のようにあっさりしていた。
「……仮にわたしが王太子妃になったとして、何を望まれるのです? 王家の財政再建ですか?」
「そういうことだね。王国全体の財政を一新し、周辺諸国との貿易や為替をコントロールする。もしそれが実現できれば、わたしは“名君”として名を残せるかもしれない。――そしてお嬢様は“名妃”だ。悪い話ではないと思うがね?」
王太子は冗談めかして言うが、その瞳の奥には本気の欲望がちらついていた。自らの権力を磐石にするために、“経済力”という新たな武器が欲しいのだろう。
(やっぱり来た。公爵令息の件が破談になった今、わたしを囲い込むなら王太子が手を伸ばすのは自然な流れ……でも、こんな形で“結婚”を持ち出されても、わたしは誰かの道具になるつもりはないわ。)
サラは小さく息をつき、あくまで穏やかな口調で切り返す。
「殿下のご提案はありがたいですが、わたしにはまだ荷が重いです。……それに、投資家としての自由を失うわけにはいきませんし、王太子妃という大役は、わたしには務まりそうにありません。」
「そうか。まあ、すぐに答えを聞かせろとは言わない。わたしもいずれ戴冠するまでにはまだ時間がある。――お嬢様、ゆっくり考えてくれたまえ。」
そう言い残して、王太子は“後悔しないようにな”とでも言うかのような笑みをサラに向け、また他の貴族のもとへと歩いて行った。
その背中を見送りながら、サラは軽い眩暈を覚える。
(王族との婚姻は、公爵家どころの話じゃない大事件だわ。下手な応対をすれば、わたしも伯爵家も一瞬で飲み込まれる……)
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