当店では真実の愛は取り扱っておりません

鍛高譚

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14話

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使者の受難

 クレオの指示を受けた秘書は、ブラック家の執事をいったん応接室に通したあと、一言だけ告げる。

「少々お待ちいただけますか。クレオ様は商談中でして、手が離せませんので」
「……そうですか。できるだけ早めにお願いしたいのですが」

 執事はやや焦った調子で言うが、秘書は恐縮しつつも淡々と対応する。
 そこから長い長い待ち時間が始まった。十分、二十分……そして三十分が過ぎても、クレオは姿を見せない。
 応接室に通されたまま放置されるというのは、名門貴族に仕える執事としては屈辱的な状況だ。だが、何度催促しても「まだお待ちください」と返されるだけ。

「(この平民の商会め……貴族であるブラック家をこの程度に扱うとは)」

 執事は心の内で憤懣を抱えつつも、表向きは粛々と待つしかない。
 そうして一時間ほど経った頃、ようやくクレオが姿を現す。淡々とした表情でソファに腰掛け、秘書に合図する。

「大変お待たせしました。さて、本日はどのようなご用件でしょう?」

 その言いざまは、どこまでもビジネスライクだ。執事は態度を正すが、やや鼻息荒く要件を切り出す。

「ええ、このたびは、我がブラック家のカフェ様がお手紙を差し上げたかと存じますが……いまだご返信をいただいておりません。何かご不明点がおありでしたら、私を通じて承りますので……」

「手紙。ああ、はい。届いていましたね」
「そ、それにつきまして、少しでも前向きにご検討いただければと……」

 執事が促すように言うが、クレオは微塵の興味もなさそうに切り捨てる。

「手紙には『もう一度、婚約についてお話ししたい』と書かれていたと思いますが……残念ながら、お受けする気はありません。第一、以前きっぱりお断りしたはずですが?」

「も、もちろん承知しております。しかし、カフェ様は本気で――」

 執事が必死に言葉を繋ごうとした瞬間、扉が開いて新たな人物が入ってきた。
 華やかな黒髪に、上品なドレス。ブレンディ家の令嬢、ココア・ブレンディだ。執事は思わず目を剥く。
 ――ブラック家とブレンディ家は、かつて縁談を結んでいた仲。だが、いまは破談に終わっている。もしや彼女がここにいるということは……。

「まあまあ、そんなに焦らなくても。――クレオさん、こちらが先日の『手紙の』差出人に仕える執事さん、ですの?」

 ココアは流れるような所作で応接室のソファに腰掛け、クレオの隣にちょこんと座る。まるで一方的に“婚約者”を奪われたはずの彼女が、楽しそうに微笑んでいるという奇妙な図だ。
 執事は冷や汗をかきながら問いかける。

「こ、ココア様……なぜこの場に。お聞きのとおり、ブラック家とパステル商会の話し合いでございますが……」

「ええ、私には関係がない……と思っていましたけど、クレオさんのお仕事の邪魔をするようなら、見過ごすわけにはいきませんわ。だって、私たち今ではお友達ですもの」

 さらりと放たれるその言葉。
 執事は言葉に詰まる。ココアがクレオと“友達”になっているなど、ブラック家の側からすれば想定外だ。ブレンディ家の令嬢は、婚約破棄された被害者なのだから、むしろクレオを恨んでいると思っていた……それなのに、なぜこんなにも楽しげに共闘しているのか。
 まさに想定外の連携だ。

「……とにかく、こちらの申し出を再度ご検討いただけませんか? カフェ様はあなたに真摯な想いを――」
 執事は必死で言葉を繰り返すが、クレオはさも煩わしそうにため息をつく。
 するとココアが口を開く。

「“真摯な想い”って具体的に何かしら? もし財政難を補填するための資本提供をしてほしいだけなら、交渉の窓口と手続きを踏むのが筋でしょう? 突然『真実の愛』とか言って押しかけられるのは、お互いに無礼ですわよね」

 執事の顔がみるみる赤くなる。下手をすれば「名門ブラック家が商人の金目当て」という事実が公になるのは拙い。だが、ココアはその核心をズバリ突いてくる。
 クレオも言葉を重ねる。

「婚約っていうのは、お互いの合意があって成立するものです。そちらが一方的に望むだけではどうにもなりません。――それに、私どもは“真実の愛”なんて商品は扱っておりませんので」

「が……!」
 執事は言葉を失う。“真実の愛”などという曖昧な文句で丸め込もうとしても、クレオは商人としてきっちり突き返してくる。しかも、彼女が背後に持つパステル商会の圧倒的な資本力を考えれば、ブラック家が強引に出るのは自殺行為に等しい。
 とはいえ、ここで折れて帰るわけにもいかない。何らかの成果を持ち帰らなければ、当主であるブラック公爵から叱責を受けるだろう。

「お、お願いです。せめて、一度だけでもカフェ様とお会いくださらないでしょうか。今度は正式に、父親であるブラック公爵も同席する場を――」

「申し訳ありませんが、お断りいたします」
 クレオは凛とした声音で応える。
 その冷たい拒絶の言葉に、応接室の空気が凍る。
 ココアは隣で優雅に扇子を開きながら、やんわりと追い打ちをかける。

「すでに“返品”された身としては、あまり口を挟むつもりはなかったのだけど……私、こう思うの。あなた方、ブラック家にはもっと大事なことがあるはずよ? まずは財政再建の道筋を自力で見つけることじゃなくて?」

 執事は悔しげに唇を噛む。
 破談を受けたココアが言う「返品された」という一言には、ブラック家の非道が凝縮されているようだ。
 そしてクレオが最後通告を突きつける。

「お時間を取らせてしまって申し訳ありませんが、当商会はブラック家との婚姻・融資を含め、一切の話し合いを打ち切る方向です。もうこれ以上、面会はご遠慮願います」

 そう言い放つクレオの瞳には、一片の迷いもない。
 執事はうろたえながら椅子から立ち上がり、うなだれたまま一礼する。

「……わ、分かりました。ですが、このままではブラック公爵家の名誉が……。いずれ、当主自らがお越しになるかもしれません。その際には、どうかご再考を……」

 捨て台詞のような言葉を残し、執事は応接室を後にする。
 クレオはその背を見送り、ココアと顔を見合わせた。
 そして、二人同時にクスリと笑う。

「ざまぁ、って感じかしら?」
「ええ、そうですね。私がここまで強気になれるのも、ココア様のおかげですよ」

 二人は静かに頷き合い、次の打ち合わせ資料へと意識を戻す。
 ――ここにブラック家が付け入る隙など微塵もない。まさに、万策尽きた状態だ。
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