選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第十九話 静かな拒絶は、連なっていく

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第十九話 静かな拒絶は、連なっていく

 朝、庭に出ると、空気が張りつめていた。

 昨日までとは違う。風の向きも、鳥の鳴き方も変わっていないのに、どこか「見られている」感覚があった。私は足を止め、ゆっくりと周囲を見渡した。

(……始まったわね)

 拒絶は、必ず波紋を生む。

 それが静かな拒絶であればあるほど、水面は一見穏やかなまま、深いところで流れが変わる。

 朝食の途中、管理人が立て続けに報告を持ってきた。

「エリシア様。商務府からの使者が、午後に訪問を求めています」

「商務府……今度は何かしら」

「“地域振興の協力要請”だそうです」

 私は、苦笑した。

 慈善、外交、そして次は経済。

 順番通りだ。

「お受けします。ただし、条件は同じです」

 管理人は、理解したように頷いた。

 午後、商務府の使者は二人で現れた。年若い補佐と、年配の責任者。二人とも、最初から結論を急がない態度を取っている。

「王子妃殿下。この地は、物流の要衝になり得ます」

 責任者は、地図を広げながら語った。

「もし、殿下のお名前で後押しをいただければ、街道整備や市場の誘致が――」

「それは、領主の仕事です」

 私は、やはり即座に線を引いた。

「私は、名前を貸しません」

 補佐が、慌てて言葉を挟む。

「ですが、村の発展にも繋がりますし――」

「発展を望むかどうかを決めるのは、村です」

 私は、地図を見ずに言った。

「外から与えられた計画は、しばしば負担になります」

 責任者は、じっと私を見つめていたが、やがて静かに地図を畳んだ。

「……分かりました。今回は、見送ります」

 彼らが去った後、庭に出ると、村の長老が待っていた。

「エリシア様。王都の方々が、何度も来ておりますな」

「ご不安にさせてしまいましたか」

「いえ」

 長老は、ゆっくりと首を振った。

「ですが、ひとつだけ……。この村を守るために、何かしなければならぬ時が来たら、その時は……」

「その時は、私も考えます」

 私は、真剣に答えた。

「けれど今は、何もしないことが最善です」

 長老は、深く頷いた。

 夕方、セドリックからの報告は、少し違っていた。

「王都で、妙な噂が立ち始めています」

「どんな?」

「“王子妃は、意図的に王家から距離を取っている”と」

 私は、微笑んだ。

「事実ですもの」

「……もう一つ。“彼女は、何かを隠しているのではないか”とも」

 それには、肩をすくめるしかなかった。

「人は、理解できない距離を、不安と呼びます」

 夜、机に向かい、私は手帳を開いた。

 ――商務府、接触。  ――経済利用、拒否。  ――噂、発生。

 ページの余白に、もう一行書き足す。

 ――拒絶は、連なる。

 誰かが一度断れば、次は形を変えて来る。

 お願い、提案、噂、圧力。

 それでも、私は同じ姿勢を貫く。

 動かない。

 名を貸さない。

 前に出ない。

 それが、最も強い拒絶だ。

 灯りを落とす前、私はふと、ジェラール殿下の顔を思い浮かべた。

 彼は、この状況をどこまで読んでいるだろうか。

 ――いいえ。

 読んでいるからこそ、私を前に出さない。

 それを思うと、胸の奥が静かに温かくなった。

 白という距離は、孤独ではない。

 むしろ、互いに背中を預けられる余白だ。

 そう確信しながら、私は今日も、変わらぬ眠りについた。

 波紋は広がっているが、中心は、まだ静かだった。
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