19 / 39
第十九話 静かな拒絶は、連なっていく
しおりを挟む
第十九話 静かな拒絶は、連なっていく
朝、庭に出ると、空気が張りつめていた。
昨日までとは違う。風の向きも、鳥の鳴き方も変わっていないのに、どこか「見られている」感覚があった。私は足を止め、ゆっくりと周囲を見渡した。
(……始まったわね)
拒絶は、必ず波紋を生む。
それが静かな拒絶であればあるほど、水面は一見穏やかなまま、深いところで流れが変わる。
朝食の途中、管理人が立て続けに報告を持ってきた。
「エリシア様。商務府からの使者が、午後に訪問を求めています」
「商務府……今度は何かしら」
「“地域振興の協力要請”だそうです」
私は、苦笑した。
慈善、外交、そして次は経済。
順番通りだ。
「お受けします。ただし、条件は同じです」
管理人は、理解したように頷いた。
午後、商務府の使者は二人で現れた。年若い補佐と、年配の責任者。二人とも、最初から結論を急がない態度を取っている。
「王子妃殿下。この地は、物流の要衝になり得ます」
責任者は、地図を広げながら語った。
「もし、殿下のお名前で後押しをいただければ、街道整備や市場の誘致が――」
「それは、領主の仕事です」
私は、やはり即座に線を引いた。
「私は、名前を貸しません」
補佐が、慌てて言葉を挟む。
「ですが、村の発展にも繋がりますし――」
「発展を望むかどうかを決めるのは、村です」
私は、地図を見ずに言った。
「外から与えられた計画は、しばしば負担になります」
責任者は、じっと私を見つめていたが、やがて静かに地図を畳んだ。
「……分かりました。今回は、見送ります」
彼らが去った後、庭に出ると、村の長老が待っていた。
「エリシア様。王都の方々が、何度も来ておりますな」
「ご不安にさせてしまいましたか」
「いえ」
長老は、ゆっくりと首を振った。
「ですが、ひとつだけ……。この村を守るために、何かしなければならぬ時が来たら、その時は……」
「その時は、私も考えます」
私は、真剣に答えた。
「けれど今は、何もしないことが最善です」
長老は、深く頷いた。
夕方、セドリックからの報告は、少し違っていた。
「王都で、妙な噂が立ち始めています」
「どんな?」
「“王子妃は、意図的に王家から距離を取っている”と」
私は、微笑んだ。
「事実ですもの」
「……もう一つ。“彼女は、何かを隠しているのではないか”とも」
それには、肩をすくめるしかなかった。
「人は、理解できない距離を、不安と呼びます」
夜、机に向かい、私は手帳を開いた。
――商務府、接触。 ――経済利用、拒否。 ――噂、発生。
ページの余白に、もう一行書き足す。
――拒絶は、連なる。
誰かが一度断れば、次は形を変えて来る。
お願い、提案、噂、圧力。
それでも、私は同じ姿勢を貫く。
動かない。
名を貸さない。
前に出ない。
それが、最も強い拒絶だ。
灯りを落とす前、私はふと、ジェラール殿下の顔を思い浮かべた。
彼は、この状況をどこまで読んでいるだろうか。
――いいえ。
読んでいるからこそ、私を前に出さない。
それを思うと、胸の奥が静かに温かくなった。
白という距離は、孤独ではない。
むしろ、互いに背中を預けられる余白だ。
そう確信しながら、私は今日も、変わらぬ眠りについた。
波紋は広がっているが、中心は、まだ静かだった。
朝、庭に出ると、空気が張りつめていた。
昨日までとは違う。風の向きも、鳥の鳴き方も変わっていないのに、どこか「見られている」感覚があった。私は足を止め、ゆっくりと周囲を見渡した。
(……始まったわね)
拒絶は、必ず波紋を生む。
それが静かな拒絶であればあるほど、水面は一見穏やかなまま、深いところで流れが変わる。
朝食の途中、管理人が立て続けに報告を持ってきた。
「エリシア様。商務府からの使者が、午後に訪問を求めています」
「商務府……今度は何かしら」
「“地域振興の協力要請”だそうです」
私は、苦笑した。
慈善、外交、そして次は経済。
順番通りだ。
「お受けします。ただし、条件は同じです」
管理人は、理解したように頷いた。
午後、商務府の使者は二人で現れた。年若い補佐と、年配の責任者。二人とも、最初から結論を急がない態度を取っている。
「王子妃殿下。この地は、物流の要衝になり得ます」
責任者は、地図を広げながら語った。
「もし、殿下のお名前で後押しをいただければ、街道整備や市場の誘致が――」
「それは、領主の仕事です」
私は、やはり即座に線を引いた。
「私は、名前を貸しません」
補佐が、慌てて言葉を挟む。
「ですが、村の発展にも繋がりますし――」
「発展を望むかどうかを決めるのは、村です」
私は、地図を見ずに言った。
「外から与えられた計画は、しばしば負担になります」
責任者は、じっと私を見つめていたが、やがて静かに地図を畳んだ。
「……分かりました。今回は、見送ります」
彼らが去った後、庭に出ると、村の長老が待っていた。
「エリシア様。王都の方々が、何度も来ておりますな」
「ご不安にさせてしまいましたか」
「いえ」
長老は、ゆっくりと首を振った。
「ですが、ひとつだけ……。この村を守るために、何かしなければならぬ時が来たら、その時は……」
「その時は、私も考えます」
私は、真剣に答えた。
「けれど今は、何もしないことが最善です」
長老は、深く頷いた。
夕方、セドリックからの報告は、少し違っていた。
「王都で、妙な噂が立ち始めています」
「どんな?」
「“王子妃は、意図的に王家から距離を取っている”と」
私は、微笑んだ。
「事実ですもの」
「……もう一つ。“彼女は、何かを隠しているのではないか”とも」
それには、肩をすくめるしかなかった。
「人は、理解できない距離を、不安と呼びます」
夜、机に向かい、私は手帳を開いた。
――商務府、接触。 ――経済利用、拒否。 ――噂、発生。
ページの余白に、もう一行書き足す。
――拒絶は、連なる。
誰かが一度断れば、次は形を変えて来る。
お願い、提案、噂、圧力。
それでも、私は同じ姿勢を貫く。
動かない。
名を貸さない。
前に出ない。
それが、最も強い拒絶だ。
灯りを落とす前、私はふと、ジェラール殿下の顔を思い浮かべた。
彼は、この状況をどこまで読んでいるだろうか。
――いいえ。
読んでいるからこそ、私を前に出さない。
それを思うと、胸の奥が静かに温かくなった。
白という距離は、孤独ではない。
むしろ、互いに背中を預けられる余白だ。
そう確信しながら、私は今日も、変わらぬ眠りについた。
波紋は広がっているが、中心は、まだ静かだった。
2
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
~春の国~片足の不自由な王妃様
クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。
春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。
街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。
それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。
しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。
花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
心の傷は癒えるもの?ええ。簡単に。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢セラヴィは婚約者のトレッドから婚約を解消してほしいと言われた。
理由は他の女性を好きになってしまったから。
10年も婚約してきたのに、セラヴィよりもその女性を選ぶという。
意志の固いトレッドを見て、婚約解消を認めた。
ちょうど長期休暇に入ったことで学園でトレッドと顔を合わせずに済み、休暇明けまでに失恋の傷を癒しておくべきだと考えた友人ミンディーナが領地に誘ってくれた。
セラヴィと同じく婚約を解消した経験があるミンディーナの兄ライガーに話を聞いてもらっているうちに段々と心の傷は癒えていったというお話です。
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!
つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。
冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。
全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。
巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。
どうぞお好きに
音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。
王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる