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第二十四話 動かぬ者の名が、先に使われる
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第二十四話 動かぬ者の名が、先に使われる
翌日から、空気がわずかに変わった。
騒がしくなるわけでも、誰かが前に出てくるわけでもない。ただ、言葉の端々に、微妙な変化が混じり始めた。
「それは……エリシア様のお考えに近いのでは?」
「いや、あの方なら、あの状況では動かれないはずだ」
私の知らない場所で、私の名前が使われている。
しかも、意見を主張するためではなく、判断を抑制する材料として。
(……予想より、早い)
朝の報告を受けながら、私は静かに紅茶を置いた。
「露骨ですね」
「ええ」
セドリックも苦笑している。
「“あの方ならどうするか”という言い回しが、すでに便利な言葉として定着し始めています」
「便利、ですか」
「はい。責任を取らずに、議論を止められる」
私は、軽く肩をすくめた。
「それは、危険でもありますね」
「ええ。ですが同時に――」
セドリックは、少し声を落とした。
「あなたを敵に回したくない、という意思表示でもあります」
昼前、王宮内の小会議が延期されたという知らせが届いた。
理由は公式には「調整不足」だが、実際には意見がまとまらなかったらしい。
ある派閥は強硬策を主張し、別の派閥は慎重論を唱えた。そこで、どちらかが言ったのだという。
「彼女なら、今は決断しない」
その一言で、会議は止まった。
決断しない、という判断を、誰かの名を借りて正当化したのだ。
(……使われ始めた)
それは、好意でも敵意でもない。
“便利な基準”としての利用。
午後、庭に出ると、使用人の一人が遠慮がちに声をかけてきた。
「最近、お忙しそうですね」
「そう見えますか?」
「はい。お客様は増えていないのに、空気が……」
彼は言葉を選びながら続けた。
「張りつめているように感じます」
私は、花の剪定を止め、少し考えた。
「それは、私が原因ではありませんよ」
「え?」
「決められない人が増えただけです」
彼は首を傾げたが、それ以上は踏み込まなかった。
夕刻、ジェラール殿下が訪れた。
表情は穏やかだが、目は冴えている。
「最近、君の名前がよく出る」
「存じています」
「困っていないか?」
「いいえ。ただ――」
私は、はっきりと言った。
「基準として使われる段階に入りました」
殿下は、少しだけ目を細めた。
「それは、逃げ場が減るということでもある」
「ええ」
「それでも?」
「はい」
私は、迷わず頷いた。
「動かない覚悟は、最初からしています」
殿下は、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「君は、自分がどれほど厄介な存在か、分かっているのか?」
「最近は、少し」
「ならいい」
彼は立ち上がり、去り際に言った。
「誰かが“基準”を壊そうとする日が来る。そのとき、君は無関係ではいられない」
「承知しています」
夜、書斎で記録をまとめる。
――評価、利用段階へ移行。
――名が先に使われ、判断が後回しにされる。
――敵意ではなく、回避の対象。
私はペンを止め、最後に一行を加えた。
――次に来るのは、“基準を越える者”。
動かない者は、安全ではない。
だが、動かせない者は、必ず試される。
灯りを落とし、窓の外を見る。
夜は静かだった。
だからこそ、分かる。
次は、静かな衝突になる。
言葉ではなく、立場そのものを揺さぶる――
そんな動きが、もう水面下で始まっている。
翌日から、空気がわずかに変わった。
騒がしくなるわけでも、誰かが前に出てくるわけでもない。ただ、言葉の端々に、微妙な変化が混じり始めた。
「それは……エリシア様のお考えに近いのでは?」
「いや、あの方なら、あの状況では動かれないはずだ」
私の知らない場所で、私の名前が使われている。
しかも、意見を主張するためではなく、判断を抑制する材料として。
(……予想より、早い)
朝の報告を受けながら、私は静かに紅茶を置いた。
「露骨ですね」
「ええ」
セドリックも苦笑している。
「“あの方ならどうするか”という言い回しが、すでに便利な言葉として定着し始めています」
「便利、ですか」
「はい。責任を取らずに、議論を止められる」
私は、軽く肩をすくめた。
「それは、危険でもありますね」
「ええ。ですが同時に――」
セドリックは、少し声を落とした。
「あなたを敵に回したくない、という意思表示でもあります」
昼前、王宮内の小会議が延期されたという知らせが届いた。
理由は公式には「調整不足」だが、実際には意見がまとまらなかったらしい。
ある派閥は強硬策を主張し、別の派閥は慎重論を唱えた。そこで、どちらかが言ったのだという。
「彼女なら、今は決断しない」
その一言で、会議は止まった。
決断しない、という判断を、誰かの名を借りて正当化したのだ。
(……使われ始めた)
それは、好意でも敵意でもない。
“便利な基準”としての利用。
午後、庭に出ると、使用人の一人が遠慮がちに声をかけてきた。
「最近、お忙しそうですね」
「そう見えますか?」
「はい。お客様は増えていないのに、空気が……」
彼は言葉を選びながら続けた。
「張りつめているように感じます」
私は、花の剪定を止め、少し考えた。
「それは、私が原因ではありませんよ」
「え?」
「決められない人が増えただけです」
彼は首を傾げたが、それ以上は踏み込まなかった。
夕刻、ジェラール殿下が訪れた。
表情は穏やかだが、目は冴えている。
「最近、君の名前がよく出る」
「存じています」
「困っていないか?」
「いいえ。ただ――」
私は、はっきりと言った。
「基準として使われる段階に入りました」
殿下は、少しだけ目を細めた。
「それは、逃げ場が減るということでもある」
「ええ」
「それでも?」
「はい」
私は、迷わず頷いた。
「動かない覚悟は、最初からしています」
殿下は、しばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「君は、自分がどれほど厄介な存在か、分かっているのか?」
「最近は、少し」
「ならいい」
彼は立ち上がり、去り際に言った。
「誰かが“基準”を壊そうとする日が来る。そのとき、君は無関係ではいられない」
「承知しています」
夜、書斎で記録をまとめる。
――評価、利用段階へ移行。
――名が先に使われ、判断が後回しにされる。
――敵意ではなく、回避の対象。
私はペンを止め、最後に一行を加えた。
――次に来るのは、“基準を越える者”。
動かない者は、安全ではない。
だが、動かせない者は、必ず試される。
灯りを落とし、窓の外を見る。
夜は静かだった。
だからこそ、分かる。
次は、静かな衝突になる。
言葉ではなく、立場そのものを揺さぶる――
そんな動きが、もう水面下で始まっている。
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