選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第二十五話 試される沈黙

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第二十五話 試される沈黙

 最初に異変として現れたのは、公式文書だった。

 王宮の掲示板に貼り出された一枚の通達。
 内容自体は、ありふれたものだ。

 ――地方支援策の再検討について、意見を募る。

 ただし、末尾に添えられた一文が、明らかに異質だった。

「なお、本件については、エリシア殿の見解を踏まえた上で最終判断を行うものとする」

 私は、その文を三度読み返した。

(……踏まえる?)

 求められていないはずの意見が、前提条件として書かれている。

 動かないことで成立していた立場が、いつの間にか「参照必須」に格上げされていた。

 セドリックは、通達を確認すると、珍しく眉をひそめた。

「これは……誘導ですね」

「ええ」

「意見を言わなければ、“責任回避”。言えば、“決定への関与”になる」

 どちらを選んでも、立場が変わる。

 沈黙を貫けば、「都合のいい時だけ使われる存在」。
 言葉を出せば、「決定に影響を与えた人物」。

(つまり……試されている)

 昼過ぎ、複数の使者が訪れた。

 誰もが同じ言い回しを使う。

「非公式で構いませんので」
「参考程度で」
「判断材料として」

 私は、全員に同じ答えを返した。

「今回は、意見を差し控えます」

 失望も、苛立ちも、表には出ない。
 代わりに浮かぶのは、困惑に近い表情だった。

 彼らは気付いている。

 これは拒否ではない。
 だが、期待通りの反応でもない。

 夕方、ジェラール殿下が訪れた。

 いつもより、少しだけ距離を詰めて立つ。

「今回は、意図的だね」

「はい」

「理由は?」

「基準を“動かせる”と思われたくなかったからです」

 殿下は、短く息を吐いた。

「賢明だ。だが……」

「ええ」

 私は、先に続けた。

「これで終わりではありません」

 夜、非公式の会合が開かれたという報告が入る。

 私の名前は、そこでも使われた。

「彼女が沈黙している以上、まだ決断すべきではない」

 沈黙が、再び判断の材料にされる。

 それでも、私は動かなかった。

 動けば、試験は成功する。
 動かなければ、次の手が打たれる。

 寝室に戻り、窓を開ける。

 夜風が、静かにカーテンを揺らした。

(次は……直接、揺さぶりに来る)

 噂でも、文書でもない。
 人を使った圧でもない。

 “結果”をぶつけてくる。

 沈黙を続けた結果、何かが悪化したと示し、
 私に選択を迫る。

 それが、この試験の最終段階だ。

 私は灯りを落とし、目を閉じた。

 動かないことは、逃げではない。
 選択肢を、自分の手に残すための姿勢だ。

 試されているのは、覚悟。

 ――沈黙を、最後まで貫けるかどうか。

 それを測る者たちは、まだ気付いていない。

 私が動くときは、
 “試験に合格した者”のためではない。

 秩序そのものが、歪んだときだけだ。

 だから今は、沈黙する。

 すべてが、次の一手を出し切るまで。
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