選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第三十一話 留まる理由を、問われた日

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第三十一話 留まる理由を、問われた日

 囲い込みが形を持った瞬間、人は次に“動機”を問いたくなる。

 なぜ、そこまでして留まるのか。
 なぜ、自由を削がれる可能性を受け入れるのか。

 それを尋ねる側は、往々にして無自覚だ。
 問いが刃であることに。

 朝、王宮内の回廊で、すれ違いざまに聞こえた声があった。

「……そこまで条件を付けてまで、残る意味はあるのか?」

 誰に向けた言葉でもない。
 だが、確実に私を指している。

(来たわね)

 囲い込みを受け入れた以上、次は“覚悟の質”を測られる。

 セドリックは、報告書を閉じながら言った。

「露骨ではありませんが……疑念が出ています」

「内容は?」

「“本当に国のためなのか”
 “それとも、立場を手放したくないだけなのか”」

 私は、静かに頷いた。

「順当ですね」

「……お怒りには?」

「いいえ」

 怒る必要はない。
 疑念は、自然な反応だ。

 問題は、それにどう応えるか。

 昼前、非公式の場に呼ばれた。

 名目は“意見交換”。
 実態は、探り合いだ。

「エリシア様」

 年配の官僚が、慎重な口調で切り出す。

「失礼ながら、お聞かせ願えますか」

「何を、でしょう」

「あなたは……なぜ、ここに留まるのですか?」

 回りくどいが、核心を突いている。

 私は、すぐには答えなかった。

 沈黙が落ちる。

 急かす者はいない。
 だが、全員が耳を澄ませている。

「理由は、一つではありません」

 私は、ようやく口を開いた。

「ですが――“必要とされたいから”ではありません」

 官僚は、わずかに目を見開いた。

「必要とされることは、結果です。目的にすると、判断を誤ります」

 私は、淡々と続ける。

「留まる理由は、“選べる位置にいたいから”です」

「選べる、位置……?」

「ええ」

 私は、視線を上げた。

「動けと言われたとき、動くかどうかを選べる。
 留まれと言われたとき、留まる意味を選べる」

 それは、権力ではない。
 自由だ。

 場は、しばし沈黙に包まれた。

 誰も反論しない。
 だが、完全に理解したわけでもない。

 午後、ジェラール殿下が訪れた。

「ずいぶん、正直だったな」

「ええ。取り繕う意味がありませんでした」

「敵を増やすかもしれない」

「覚悟の上です」

 殿下は、静かに息を吐いた。

「それでも留まる?」

「はい」

 私は、迷いなく答えた。

「去る自由があるからこそ、留まれます」

 夕刻、噂は形を変えた。

「彼女は、しがみついているわけではない」
「むしろ、いつでも去れる顔をしている」

 評価が、わずかに反転する。

 恐れていたのは、
 “縛られても離れない存在”ではない。

 “縛られても、縛られていない者”だ。

 夜、手帳を開く。

 ――動機、問われる。
 ――回答:必要性ではなく、選択性。
――反応:理解未満、だが警戒増大。

 ペンを止め、静かに考える。

 留まる理由を説明した瞬間、
 次に来るのは――

 「では、いつ去るのか」という問いだ。

 それを口にする者が現れたとき、
 私は初めて、明確な線を引くことになる。

 灯りを落とし、窓の外を見る。

 夜は静かだ。
 だが、静けさの質が変わっている。

 試されているのは、忠誠ではない。
 覚悟でもない。

 ――自由を持ったまま、留まり続けるという、
 最も扱いづらい選択を、続けられるかどうか。

 私は、まだ留まる。

 去る理由が、
 “私ではない誰かの都合”で語られるまでは。
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