選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第三十二話 去る時期を、他人が語り始めた

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第三十二話 去る時期を、他人が語り始めた

 問いは、予告なく形を変える。

 昨日までは、
 「なぜ留まるのか」だった。

 今日からは、
 「いつ去るのか」に変わった。

 それを最初に口にしたのは、決裁権を持たない人物だった。
 だからこそ、無視できない。

「……いつまで、この体制を続けるおつもりなのでしょうね」

 昼下がりの回廊。
 誰に向けたとも取れる、独り言のような声音。

 だが、その言葉は確実に“投げられた”。

(来たわね)

 去る時期を、私以外が語り始めた。
 それは、境界線に触れる行為だ。

 朝の報告で、セドリックは表情を曇らせていた。

「“一区切り”という言葉が増えています」

「便利な言葉ですね」

「はい。責任を持たずに、終わらせられる」

 一区切り。
 節目。
 次の段階。

 どれも、“本人の意思”を含まない。

 昼前、非公式の打診が入った。

「今後の体制について、見直しの時期かと」

 名目は協議。
 実態は、出口の提示だ。

「エリシア様ほどの方なら、別の形で貢献いただく道も……」

 私は、穏やかに尋ね返した。

「それは、誰の判断でしょう?」

 打診してきた官僚は、わずかに言葉に詰まった。

「王宮として、総合的に……」

「“総合的に”ですね」

 主語がない。
 決定者もいない。

 つまり、空気で決めたい。

 私は、静かに結論を告げた。

「去る時期を決めるのは、私です」

 声を荒げる必要はなかった。
 ただ、事実を置くだけでいい。

 午後、噂は一気に広がった。

「彼女は、自分で去る時を決めるつもりだ」
「こちらの都合では動かないらしい」

 それは、非難ではない。
 だが、歓迎でもない。

 ジェラール殿下が訪れたのは、夕刻だった。

「境界線を引いたな」

「はい」

「反発は?」

「あります。ただ……」

 私は、正直に答えた。

「混乱は起きていません」

 殿下は、深く頷いた。

「それが答えだ」

 去る時期を他人が語り始めるとき、
 多くの場合、衝突が起きる。

 だが今回は違った。

 なぜなら、
 “去らせる理由”が、誰の言葉にもなっていないからだ。

 夜、手帳を開く。

 ――問いの変化:動機 → 時期。
 ――外圧:出口提示。
 ――対応:決定権の回収。

 ペンを止め、少し考える。

 去る自由を持つ者は、
 留まる理由を説明しなくていい。

 だが、
 去る時期を奪われそうになった瞬間、
 それは自由の侵害になる。

 窓の外、夜は静かだ。

 だが静けさの奥で、
 “扱いづらさ”が、はっきりと意識され始めている。

 それでいい。

 私は、去らない。
 だが、縛られもしない。

 次に来るのは――
 去らせるための“理由づくり”。

 成果不足。
 象徴疲れ。
 体制刷新。

 どれも、用意された言葉だ。

 そのどれかが、
 公式に語られたとき。

 私は、初めて――
 “去る準備が整った”と判断する。

 それまでは、ここにいる。

 選択権を、
 誰にも渡さないまま。
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