選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第三十四話 完成しかけた理由の、綻び

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第三十四話 完成しかけた理由の、綻び

 理由は、完成する直前がいちばん脆い。

 形は整っている。
 言葉も揃っている。
 だが、芯がない。

 朝、回覧された文案は、その典型だった。

 ――象徴的役割の再整理に伴い、当該職の負担軽減を図る。
 ――本人の心身への配慮を最優先とする。
 ――次世代体制への円滑な移行を目的とする。

 読み終え、私は紙を伏せた。

(……“目的”が三つある)

 整理、配慮、移行。
 どれも正しいが、同時には成立しない。

 セドリックは、静かに言った。

「完成に近いですが……」

「はい。綻びも、はっきりしています」

「どこに?」

「主体が、消えています」

 誰が決め、誰が責任を負うのか。
 それが一切書かれていない。

 昼前、非公式の説明があった。

「ご本人のためです」
「国としても、無理をさせるべきではない」

 私は、穏やかに尋ね返した。

「その“無理”とは、具体的に何でしょう?」

 一瞬、空気が止まる。

「……象徴であること自体が」

「象徴であることが、無理だと?」

 言葉は、そこで詰まった。

 誰も、“問題”を言えない。
 疲労も、支障も、事故もない。

 あるのは、扱いづらさだけだ。

 午後、ジェラール殿下が私を呼んだ。

「文案は、見た」

「はい」

「このまま進めば、公式になる」

「承知しています」

 殿下は、少し考えてから言った。

「一つ、穴がある」

「ええ」

 私は、頷いた。

「“本人の意思”が、どこにもありません」

 殿下は、静かに息を吐いた。

「そこを突くか?」

「いいえ」

 私は、即答した。

「向こうが、自分で出すのを待ちます」

 理由は、未完成のまま出すと崩れる。
 だが、完成させようとすると――
 必ず、私の意思を確認せざるを得ない。

 夕刻、噂が先走った。

「もう、決まったらしい」
「彼女は、休むそうだ」

 私は、何も訂正しなかった。

 誤解は、急ぐ者の足をもつれさせる。

 夜、手帳を開く。

 ――理由、完成直前。
 ――欠落:主体、責任、本人意思。
 ――対応:沈黙継続。

 ペンを置き、少し考える。

 完成しかけた理由は、
 “確認”という一言で、止まる。

 「ご本人の意向は?」

 その問いを、
 誰が、いつ、どこで出すか。

 それだけで、流れは変わる。

 窓の外、夜は静かだ。

 だが私は分かっている。

 明日か、明後日――
 必ず、聞かれる。

 「エリシア様は、どうされたいのですか?」

 その瞬間が、分岐点だ。

 答えは、もう決めている。

 留まるか、去るか、ではない。

 ――“理由を完成させるのは、私ではない”
 ただ、それだけだ。

 だから今夜も、沈黙する。

 完成しかけた理由が、
 自分の重みで崩れる、その瞬間まで。
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