選ばれ続ける場所で、私は決めない』

鍛高譚

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第四十話 選択権が、日常に溶けた場所

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第四十話 選択権が、日常に溶けた場所

 選択権は、声高に主張すると摩耗する。

 だが、
 日常に溶けると、強くなる。

 朝、王宮はいつも通り動いていた。
 急ぎ足の官僚、書類の束、開閉される扉。

 特別な緊張はない。
 だが、違いは確かにあった。

 セドリックは、定例の報告を終えたあと、ぽつりと言った。

「……確認依頼、減りました」

「良いですね」

「判断も、戻っています」

 私は、頷いた。

 矢印は、もう私に向いていない。
 それぞれの持ち場に、戻った。

 昼前、若手官僚が一人、書類を持って来た。

「これは……決裁、お願いします」

 迷いのない言い方だ。

 私は、書類を受け取り、目を通す。

「責任者は?」

「私です」

「期限は?」

「本日中です」

「判断材料は?」

「ここにまとめました」

 私は、書類を返した。

「よく準備されています。
 その判断で、進めてください」

 官僚は、一瞬驚き、
 それから、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

 感謝の向きが、正しい。

 午後、ジェラール殿下が執務室に立ち寄った。

「落ち着いたな」

「ええ」

「もう、“象徴”には戻らないか」

「戻りません」

 私は、はっきり言った。

「期待されない、という条件は守られています」

 殿下は、小さく笑った。

「それが、一番難しいはずだが」

「難しいから、続ける価値があります」

 夕刻、回廊で聞こえた会話。

「彼女は、特別な判断はしない」
「でも、不思議と安心する」

 それでいい。

 安心は、依存ではない。
 選択肢が残っている、という感覚だ。

 夜、手帳を開く。

 ――選択権の状態:主張 → 定着。
 ――周囲の変化:依存減少、主体回復。
 ――自分の立ち位置:参照点(非規範)。

 ペンを置き、静かに考える。

 私は、留まった。
 だが、縛られてはいない。

 私は、決めなかった。
 だが、逃げてもいない。

 私が示したのは、
 正しさでも、答えでもない。

 ――選べる余白だ。

 その余白がある限り、
 誰もが、自分の判断に戻れる。

 窓の外、夜は穏やかだ。

 静けさは、もう重くない。
 重さが、分散されたからだ。

 明日も、私はここにいる。

 目立たず、
 期待されず、
 だが、選択肢を消さない場所に。

 それが、
 私が選んだ――
 “留まり方”。

 そしてこの場所は、
 私のものではない。

 誰のものでもない。

 だからこそ、
 今日も、
 明日も、
 ここで、選べる。
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