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第三十九話 決めない者に、矢印が向く
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第三十九話 決めない者に、矢印が向く
線を引き直すと、
必ず、矢印が生まれる。
それは責任の所在を示すものではない。
“期待の向き”だ。
朝、回廊の空気が、わずかに張っていた。
急ぎ足が増え、立ち止まる会話が減る。
(……動き始めた)
非決定の条件を明確にした翌日。
各部署は、静かに再配置を始めている。
セドリックは、報告をまとめながら言った。
「判断が、上に戻っています」
「良い兆候ですね」
「ただ……」
「ただ?」
「“最後に確認する人”として、
エリシア様の名前が添えられる案件が、増えています」
私は、わずかに息を吐いた。
「矢印が、こちらに向いていますね」
決めない。
だが、見ている。
その状態は、
人にとって、最も都合がいい。
昼前、ある案件が持ち込まれた。
緊急性がある。
前例がない。
上層部の判断が割れている。
「……最終確認だけ、お願いできませんか」
その言葉は、軽い。
だが、含意は重い。
私は、書類を閉じ、静かに言った。
「“確認”とは、何を指しますか?」
担当者は、言葉を探す。
「……問題がないかを」
「誰の判断で、問題なしとするのですか?」
「それは……」
答えは、出ない。
私は、視線を上げた。
「確認という言葉で、
判断を私に移そうとしていませんか?」
責める口調ではない。
事実の確認だ。
「……そのつもりは」
「では、確認項目を文書にしてください。
決裁者名も」
担当者は、深く頭を下げた。
午後、同じ構図が二度、繰り返された。
“最後に一言”
“念のため”
“形式上”
どれも、判断を渡すための言葉だ。
ジェラール殿下は、廊下で私に並び、低く言った。
「囲い込みの、形が変わったな」
「ええ」
「決めさせない代わりに、
見張らせる」
「それも、囲い込みです」
殿下は、苦笑した。
「どうする?」
「同じです」
私は、即答した。
「矢印を、戻します」
夕刻、私は一つの文書を回覧させた。
――確認依頼の定義について。
――確認とは、
①事実誤認の有無
②手続き漏れの有無
③決裁者の明記
に限る。
――判断を伴う事項は、
必ず決裁者が責任を負うこと。
短い文書だ。
だが、線は明確だった。
噂は、すぐに変わった。
「彼女に持っていっても、決めてくれない」
「むしろ、準備不足だと戻される」
それでいい。
夜、手帳を開く。
――矢印の発生:確認名目の判断移送。
――対応:定義の明文化。
――結果:矢印、分散。
ペンを置き、少し考える。
決めない者は、
しばしば“最後の安全装置”にされる。
だが、安全装置が、
常用されてはいけない。
私は、
決めない自由を示した。
だが、引き受けない自由も、同時に示す。
窓の外、夜は静かだ。
視線は、まだ集まっている。
だが、矢印は――
少しずつ、元の持ち主へ戻り始めている。
それでいい。
私は、的にならない。
矢印が向く先を、
静かに、正しい位置へ戻し続けるだけだ。
線を引き直すと、
必ず、矢印が生まれる。
それは責任の所在を示すものではない。
“期待の向き”だ。
朝、回廊の空気が、わずかに張っていた。
急ぎ足が増え、立ち止まる会話が減る。
(……動き始めた)
非決定の条件を明確にした翌日。
各部署は、静かに再配置を始めている。
セドリックは、報告をまとめながら言った。
「判断が、上に戻っています」
「良い兆候ですね」
「ただ……」
「ただ?」
「“最後に確認する人”として、
エリシア様の名前が添えられる案件が、増えています」
私は、わずかに息を吐いた。
「矢印が、こちらに向いていますね」
決めない。
だが、見ている。
その状態は、
人にとって、最も都合がいい。
昼前、ある案件が持ち込まれた。
緊急性がある。
前例がない。
上層部の判断が割れている。
「……最終確認だけ、お願いできませんか」
その言葉は、軽い。
だが、含意は重い。
私は、書類を閉じ、静かに言った。
「“確認”とは、何を指しますか?」
担当者は、言葉を探す。
「……問題がないかを」
「誰の判断で、問題なしとするのですか?」
「それは……」
答えは、出ない。
私は、視線を上げた。
「確認という言葉で、
判断を私に移そうとしていませんか?」
責める口調ではない。
事実の確認だ。
「……そのつもりは」
「では、確認項目を文書にしてください。
決裁者名も」
担当者は、深く頭を下げた。
午後、同じ構図が二度、繰り返された。
“最後に一言”
“念のため”
“形式上”
どれも、判断を渡すための言葉だ。
ジェラール殿下は、廊下で私に並び、低く言った。
「囲い込みの、形が変わったな」
「ええ」
「決めさせない代わりに、
見張らせる」
「それも、囲い込みです」
殿下は、苦笑した。
「どうする?」
「同じです」
私は、即答した。
「矢印を、戻します」
夕刻、私は一つの文書を回覧させた。
――確認依頼の定義について。
――確認とは、
①事実誤認の有無
②手続き漏れの有無
③決裁者の明記
に限る。
――判断を伴う事項は、
必ず決裁者が責任を負うこと。
短い文書だ。
だが、線は明確だった。
噂は、すぐに変わった。
「彼女に持っていっても、決めてくれない」
「むしろ、準備不足だと戻される」
それでいい。
夜、手帳を開く。
――矢印の発生:確認名目の判断移送。
――対応:定義の明文化。
――結果:矢印、分散。
ペンを置き、少し考える。
決めない者は、
しばしば“最後の安全装置”にされる。
だが、安全装置が、
常用されてはいけない。
私は、
決めない自由を示した。
だが、引き受けない自由も、同時に示す。
窓の外、夜は静かだ。
視線は、まだ集まっている。
だが、矢印は――
少しずつ、元の持ち主へ戻り始めている。
それでいい。
私は、的にならない。
矢印が向く先を、
静かに、正しい位置へ戻し続けるだけだ。
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