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第三章:婚約発表の宴と“聖女”リリアナの横顔
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王子と聖女の不穏な気配
婚約披露の挨拶が終わり、一旦式次第は幕を下ろす形となる。あとは自由に歓談や食事を楽しみつつ、新たな婚約者と聖女の登場を祝うというのがこの宴の趣旨だ。
ソフィアとアレクシスは、一通りの貴族から祝福の言葉を受け、時に軽い会話を交わした。とりわけ女性たちからは、「あのヴァルフォード公爵を落とすなんてすごいわ」などと興味津々に尋ねられることもある。もちろん、“冷酷公爵”の真実はソフィアが一番よく知っているが、いまは笑ってごまかすしかない。
そんな中、グランヴェル伯爵や知己の貴族たちも声をかけてくれ、ソフィアの緊張はだいぶ和らいできた。アレクシスも必要以上に口を挟むことなく、しかしソフィアが困ったときには即座に助け船を出してくれる。まさに絶妙なエスコートだった。
――ところが。
宴が中盤に差しかかったころ、ふとソフィアは会場の片隅でエドワード王子とリリアナが口論のようなものをしている様子を目撃する。二人とも声をひそめてはいるが、表情は険しい。
(どうしたのかしら……?)
王子がリリアナを宥めるように手を伸ばしているが、リリアナはそれを振り払っている。外聞が悪いと気づいたのか、王子は慌てて周囲を見回し、そのままリリアナの手を引いて廊下のほうへ消えていった。
ソフィアとしては無関係だし、首を突っ込むつもりもない。だが、妙に胸騒ぎを覚えるのも事実だった。
(リリアナ様……まさか、王子と不仲になっている? そんな話は耳にしなかったけれど)
あれほど堂々とした女性が、なぜあんな風に王子と揉めているのか。会場の目を憚らず、あそこまで感情的になっているリリアナを見ると、彼女にとってよほど都合の悪い何かがあったのだろうか――。
「ソフィア嬢、どうかしましたか?」
アレクシスの声で、ソフィアははっと我に返る。どうやら視線を一点に向けたまま固まっていたらしい。
「いいえ、少し気になることが……。王子とリリアナ様が口論しているように見えたのです」
「……そうですか。まあ、あの二人なら何があってもおかしくないでしょう。お気になさらず。貴女が気遣う必要はありません」
アレクシスは落ち着いた口調で言い、ソフィアを安心させるように微笑む。確かにその通りだ――ソフィアが関与することではない。
(そう、もうわたしはあの人たちに振り回されない。わたしの人生は、これからは公爵様と……)
しかし、その瞬間、宴の奥のほうで何やら人だかりができ、悲鳴のような声が上がった。ざわめきが広がり、貴族たちが動揺している様子。
「どうした?」「誰か倒れたのか?」
そんな声が飛び交う中、ソフィアたちも急いでそちらへ向かうと――なんと、一人の女性が息苦しそうに胸を押さえ、床に膝をついていた。
周囲は大騒ぎになっているが、彼女の侍女らしき人も慌てており、どう対処すればいいか分からない様子だ。
「どいてください! 薬師や神官はいるか!? 早く手当を……!」
たまたま近くにいた侍医が駆け寄るが、どうやら応急処置がうまくいっていないようだ。呼吸困難を起こしているのか、女性の顔は苦痛に歪んでいる。
(大丈夫かしら……。このままでは危ないかも……)
そう思ったソフィアの隣をすり抜けるようにして、リリアナが現れた。いつの間にか口論を終えて戻ってきたのか、周囲をかき分けながら女性に近づく。
「下がってください! わたくしが“聖女の奇跡”を使います!」
その言葉に、周囲の人々は「おお……!」とどよめく。リリアナは女性の頭をそっと支え、慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、神聖なる祈りの言葉を口にしながら手をかざす。
しばらくすると、女性の苦しそうな呼吸が次第に落ち着いていき、顔色が少しずつ良くなっていくのが分かった。まるで本当に奇跡が起きたかのようだ。
その光景に、周囲からは感嘆や歓声が上がる。「さすが聖女様だ!」「本当に救いの力をお持ちなのか!」と口々に囁く人々。
リリアナはそっと女性を侍女に預けると、会場の視線を一身に受けながら、まるで舞台役者のように優雅にお辞儀をした。
(すごい……本当に癒やしの力が使えるの?)
ソフィアは驚きつつも、妙に胸騒ぎがする。――リリアナが神聖な力を持つ“聖女”なのは確かだろうが、彼女がさっきの口論で見せた険しい表情との落差が大きすぎる。まるで、何か意図的に演じているかのように思えてならない。
しかし、周囲の貴族たちはリリアナへの賛辞を惜しまない。彼女の力で一人の命が救われたのだ。エドワード王子も安堵の表情を浮かべている。
(王子とリリアナ様……。あの二人の間に何か問題があるとしても、こうして“聖女”が力を示せば、人々は彼女を讃えるわ。王子の評価も上がるでしょうし……)
漠然と、ソフィアはそんなことを考える。――だが、この一件でリリアナの株が上がる一方、“新たな聖女”を崇拝する空気はますます強まるだろう。国王もその力を利用して、王家の安泰を図るに違いない。
そのうち、リリアナにとって“邪魔な存在”と見なされる者は、容赦なく排除されるかもしれない――そんな嫌な予感が頭をかすめる。
ともあれ、今回の宴のメインは無事に成し遂げられた。ソフィアとアレクシスは、周囲の冷やかし混じりの祝福を受け流しつつ、深夜近くまで続く祝宴をなんとか乗り切ることができたのだった。
婚約披露の挨拶が終わり、一旦式次第は幕を下ろす形となる。あとは自由に歓談や食事を楽しみつつ、新たな婚約者と聖女の登場を祝うというのがこの宴の趣旨だ。
ソフィアとアレクシスは、一通りの貴族から祝福の言葉を受け、時に軽い会話を交わした。とりわけ女性たちからは、「あのヴァルフォード公爵を落とすなんてすごいわ」などと興味津々に尋ねられることもある。もちろん、“冷酷公爵”の真実はソフィアが一番よく知っているが、いまは笑ってごまかすしかない。
そんな中、グランヴェル伯爵や知己の貴族たちも声をかけてくれ、ソフィアの緊張はだいぶ和らいできた。アレクシスも必要以上に口を挟むことなく、しかしソフィアが困ったときには即座に助け船を出してくれる。まさに絶妙なエスコートだった。
――ところが。
宴が中盤に差しかかったころ、ふとソフィアは会場の片隅でエドワード王子とリリアナが口論のようなものをしている様子を目撃する。二人とも声をひそめてはいるが、表情は険しい。
(どうしたのかしら……?)
王子がリリアナを宥めるように手を伸ばしているが、リリアナはそれを振り払っている。外聞が悪いと気づいたのか、王子は慌てて周囲を見回し、そのままリリアナの手を引いて廊下のほうへ消えていった。
ソフィアとしては無関係だし、首を突っ込むつもりもない。だが、妙に胸騒ぎを覚えるのも事実だった。
(リリアナ様……まさか、王子と不仲になっている? そんな話は耳にしなかったけれど)
あれほど堂々とした女性が、なぜあんな風に王子と揉めているのか。会場の目を憚らず、あそこまで感情的になっているリリアナを見ると、彼女にとってよほど都合の悪い何かがあったのだろうか――。
「ソフィア嬢、どうかしましたか?」
アレクシスの声で、ソフィアははっと我に返る。どうやら視線を一点に向けたまま固まっていたらしい。
「いいえ、少し気になることが……。王子とリリアナ様が口論しているように見えたのです」
「……そうですか。まあ、あの二人なら何があってもおかしくないでしょう。お気になさらず。貴女が気遣う必要はありません」
アレクシスは落ち着いた口調で言い、ソフィアを安心させるように微笑む。確かにその通りだ――ソフィアが関与することではない。
(そう、もうわたしはあの人たちに振り回されない。わたしの人生は、これからは公爵様と……)
しかし、その瞬間、宴の奥のほうで何やら人だかりができ、悲鳴のような声が上がった。ざわめきが広がり、貴族たちが動揺している様子。
「どうした?」「誰か倒れたのか?」
そんな声が飛び交う中、ソフィアたちも急いでそちらへ向かうと――なんと、一人の女性が息苦しそうに胸を押さえ、床に膝をついていた。
周囲は大騒ぎになっているが、彼女の侍女らしき人も慌てており、どう対処すればいいか分からない様子だ。
「どいてください! 薬師や神官はいるか!? 早く手当を……!」
たまたま近くにいた侍医が駆け寄るが、どうやら応急処置がうまくいっていないようだ。呼吸困難を起こしているのか、女性の顔は苦痛に歪んでいる。
(大丈夫かしら……。このままでは危ないかも……)
そう思ったソフィアの隣をすり抜けるようにして、リリアナが現れた。いつの間にか口論を終えて戻ってきたのか、周囲をかき分けながら女性に近づく。
「下がってください! わたくしが“聖女の奇跡”を使います!」
その言葉に、周囲の人々は「おお……!」とどよめく。リリアナは女性の頭をそっと支え、慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、神聖なる祈りの言葉を口にしながら手をかざす。
しばらくすると、女性の苦しそうな呼吸が次第に落ち着いていき、顔色が少しずつ良くなっていくのが分かった。まるで本当に奇跡が起きたかのようだ。
その光景に、周囲からは感嘆や歓声が上がる。「さすが聖女様だ!」「本当に救いの力をお持ちなのか!」と口々に囁く人々。
リリアナはそっと女性を侍女に預けると、会場の視線を一身に受けながら、まるで舞台役者のように優雅にお辞儀をした。
(すごい……本当に癒やしの力が使えるの?)
ソフィアは驚きつつも、妙に胸騒ぎがする。――リリアナが神聖な力を持つ“聖女”なのは確かだろうが、彼女がさっきの口論で見せた険しい表情との落差が大きすぎる。まるで、何か意図的に演じているかのように思えてならない。
しかし、周囲の貴族たちはリリアナへの賛辞を惜しまない。彼女の力で一人の命が救われたのだ。エドワード王子も安堵の表情を浮かべている。
(王子とリリアナ様……。あの二人の間に何か問題があるとしても、こうして“聖女”が力を示せば、人々は彼女を讃えるわ。王子の評価も上がるでしょうし……)
漠然と、ソフィアはそんなことを考える。――だが、この一件でリリアナの株が上がる一方、“新たな聖女”を崇拝する空気はますます強まるだろう。国王もその力を利用して、王家の安泰を図るに違いない。
そのうち、リリアナにとって“邪魔な存在”と見なされる者は、容赦なく排除されるかもしれない――そんな嫌な予感が頭をかすめる。
ともあれ、今回の宴のメインは無事に成し遂げられた。ソフィアとアレクシスは、周囲の冷やかし混じりの祝福を受け流しつつ、深夜近くまで続く祝宴をなんとか乗り切ることができたのだった。
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