婚約破棄されたので昼まで寝ますわ~白い結婚で溺愛なんて聞いてません

鍛高譚

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第2章:優雅な自由生活と新たな婚約者

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 そして翌朝――といってもわたくしが起きたのはやはり昼前でしたが、あらかじめ「午前中にヴァレンティン公爵が来る」と分かっていたので、いつもより少し早めに身体を起こしました。使用人が準備してくれたドレスに袖を通し、髪を念入りに梳かしてもらい、鏡で確認。いつもよりかしこまった装いにしたのは、やはり婚約関連の話ということで、多少は礼儀を示すべきだと考えたからです。

 応接室に通されたヴァレンティン公爵は、相変わらずの冷静さで簡潔に用件を切り出します。今日の主題は「婚約発表の場と日程、そして式典に関わる手配」について。彼いわく、国王陛下に正式報告する段取りも踏む必要があるため、王宮の式典係や貴族院の議員など、複数の関係者をまとめ上げる必要があるそうです。

「オレは今日、これから王宮へ足を運ぶつもりだ。その後、迅速に手続きを進めるが、君のほうで何か要望があれば遠慮なく言ってほしい。会場の雰囲気や料理のコースなど、細かいことでもいい」

「ええと……特にはありません。盛大にやっていただかなくても構いませんし、形式上の式典なら最低限でいいですわ」

 わたくしとしては、華美な式典はあまり気が乗りません。立ちっぱなしで疲れてしまうし、何より王太子の婚約が解消されたばかりのわたくしにとって、大勢の視線にさらされるのは避けたいのです。できるだけ地味に、できるだけ短時間で済ませていただければ、それで十分です。

 しかし、ヴァレンティン公爵はわたくしの言葉を受け、少し首を振りました。

「いや、ある程度は盛大にやる必要がある。王太子が君を捨てた形になっている以上、オレとの婚約は“王家よりも相応しい相手を君が得た”という印象を与えなくてはならないからな。そうでないと王太子の面目を潰す効果が薄れる」

「は、はあ……」

 なるほど、彼としては王太子を最大限に“貶める”ことが狙いのひとつですから、婚約式を地味にすると意味が薄いのでしょう。わたくしが自由を尊重してほしいのと同じくらい、彼もこの一件で得たい“政治的な実利”があるということ。まったく、なかなか両立は難しいですね。

「ただ、君があまり派手な場が好きではないことは理解している。できるだけ段取りはスムーズに進めるし、負担は最小限に抑えるつもりだ。料理の試食やドレスの選択なども、オレのほうで手配できるスタッフがいるから、彼らを通じて簡単に済ませられるだろう」

「……わかりました。なるべく協力いたします」

 わたくしが折れるように言葉を返すと、ヴァレンティン公爵は「助かる」と短く答えました。実際、彼のほうからこうも“万全のサポートをする”と明言してくれれば、むしろわたくしとしてはありがたいです。派手な婚約式の準備に長い時間や手間を割きたくはありませんし。

 その後は、スケジュールの調整や公の場での所作について、細かい確認が行われました。基本的には、公爵家同士で話がまとまれば、あとは王宮に報告して承認を得るだけ。王太子が無駄に口を挟んでくる可能性もありますが、今のところ国王陛下がヴァレンティン公爵を高く買っているので、特に妨害はないと予想されます。

「では、もう少し詰めるべきことはあるが、今日はこのぐらいにしておこう。オレはこの後すぐに王宮へ行き、具体的な日程調整をしてくる。何かあれば手紙でも遣いの者でも構わないから、遠慮なく連絡をくれ」

「はい。お忙しいところありがとうございます」

 わたくしが頭を下げると、ヴァレンティン公爵は小さくうなずき、立ち上がります。そのまま扉へ向かうのかと思いきや、寸前で振り返り、こちらに視線を向けました。

「リュシエンヌ。……オレにとっても、君との婚約は大きな意味を持つ。君の生活をできるだけ尊重するつもりだから、くれぐれもストレスを溜め込まずにいてくれ」

「え……はい、ありがとうございます」

 少し意外な言葉でした。どういう意図があるのか測りかねますが、冷徹なだけだと思っていた彼が、わたくしに気遣うような台詞をかけてくるとは。もちろん、「大事な駒だから無理をさせたくない」という打算があるのかもしれませんが、その言葉の端々には、少しだけ人間味を感じさせるものがありました。

 ヴァレンティン公爵が去ったあと、わたくしは軽い疲労感を覚えながらソファに腰を落ち着けました。普段はただお菓子と読書を楽しんでいるだけの生活を送っているわたくしにとって、こうした“貴族らしい打ち合わせ”は意外と神経を使うのです。

 けれど、これもあと少しの辛抱――婚約発表が済んでしまえば、あとは“公爵の婚約者”としてそこそこ安定した地位を得ることができます。それがわたくしにとって自由を守る手段になるのなら、頑張る価値もあるというもの。そう自分を納得させながら、わたくしは侍女を呼んでお茶と焼き菓子を用意してもらいました。

「やれやれ、わたくしの自由生活にも多少の手間はつきものですわね」

 わたくしはカップに口をつけ、一口甘い紅茶を含みます。シュガーを少し多めに入れて、疲れた頭を癒すように――。しばし甘さに溺れていると、さっきまでピリリとしていた神経が少しずつほぐれていくのが分かります。

 すると、不意にこんな考えが頭をよぎりました。――もし、王太子フィリップと正式に結婚する未来が続いていたら、わたくしはこんな自由を味わえたのだろうか、と。答えは明白です。きっと、寝坊などする暇もなく、王宮の行事に日夜振り回され、王妃教育に追われ、ほんの少しのお茶の時間でさえ多くの使用人の監視の目があったことでしょう。美味しいスコーンを食べようにも、「公務の予定がありますから、手短に」と急かされていたかもしれません。

「そう考えると、今の状況は悪くないですわね。多少の慌ただしさなんて、あの窮屈さと比べれば大したことありませんもの」

 自分にそう言い聞かせながら、わたくしはスコーンをかじります。口の中に広がる甘さが心地よくて、自然と笑みがこぼれました。

 ――こうして、王太子との破局によって手に入れた“自由”を味わいながら、わたくしは新たな婚約へと着実に歩を進めていくことになります。その相手は、冷徹と名高いヴァレンティン・ド・ルーアン公爵。形式上の“白い婚約”――けれど、これから先の出来事が、わたくしの運命を大きく変えていくとは、そのときのわたくしはまだ気づいていませんでした。
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