8 / 103
7「デートと決闘と」
しおりを挟むなんだかんだ言ってリザはお姫様ですからね、当然箱入り娘な訳なんですけど、それに輪を掛けて拍車を掛けた事件があったのよ。
それはリザが十四歳、今のアレクより二つ歳上だった十年前のこと。
二頭のはぐれ魔竜にアイトーロルが襲われたんです。
当然トロル騎士団の総力を上げてそれに当たったのですけど、今よりも騎士団の規模も小さく戦える者全てが当たっても魔竜一頭に対するのが精一杯。
だからもう一頭に当たったのが、王太子だったリザの父、それに王太子妃であるリザの母。
二人は当時のアイトーロルで一、ニの戦士。
トロル騎士団の総力でなんとか一頭、リザの両親に数人の冒険者の助力を得てなんとか一頭。
それぞれが辛くも魔竜を打ち倒したのです。
多数の怪我人を出しはしましたが、死者はただの二人だけ。
それが王太子と王太子妃だったのです。
国民から太陽のように愛された二人でしたから、アイトーロルは涙に沈みました。
それはもう、国中が塞ぎ込むほどに。
しかしその葬儀の日。
十四のリザは国民に向かってこう言い放ちました。
「これからはわたくしが、アイトーロルの、みんなの、太陽になりますわ」
誰よりも深い哀しみの中にあったリザは、健気にも涙を堪えてそう宣言しましたの。
そしてその言葉を実現するため、リザは涙も食いしばる歯も見せぬよう、にこやかに和やかに笑みをたやさず、厳しく自らを律して生きてきました。
そうしていつの事か、そんなリザを取り巻く国民たちの涙は徐々に渇いて活力を取り戻したの。
そんなリザですから、国中の者からの愛を受けて育ち、トロルの男どもはお互いを牽制し合ってこれまでリザに言い寄る者は居ませんでした。
ですからデートなんて生まれて初めてなんですよ。
「で、ではお爺様。わたくし、ちょっとデートに行って参りますわね」
今日のリザの装いは、黒のオフショルダーニットに白いフレアスカート、それに蔦を編み込んで作った小さめのカゴポーチ。
『こんな可愛い服なんて、わたくしにはどうせ似合わないわ……』
以前この服を試着したリザは、オフショルから覗く肩回りの筋肉を見ながらそんな事を言ってはいましたが、予てからここぞという時の為に考えていた勝負服です。
「おぉ、おぉ。行っておいで。遅くなっても構わんからな」
アイトーロル王であるリザの祖父がベッドの上で半身を起こしてそう言いました。
今すぐにどうこうと言う事はないのですけど、ニコラ以上の高齢ですからね。
若い頃にはニコラ以上の筋肉を誇ったものなんですけどね、この数年は政務なんかもベッド上で執る日々なんですよ。
王の言葉にふんわり微笑んだリザ。
「お夕飯には間に合うように帰りますわ。お爺様とご一緒したいですから」
オホンと咳一つを挟んだニコラが口を開きました。
「ご安心くだされ王よ。この儂が姫のお供を致しま――」
「馬鹿言ってんでねぇこのクソ爺い! どこの世界にデートについてく爺いがおるんじゃ!」
「……な、何をこのクソ婆ぁ――」
「当たり前じゃろうが! 王も姫もそんな事望んどりゃせんわ!」
この口の悪い元気な婆あ……もとい、お婆さんトロルの名はジル・チアゼン。
王やリザの身の回りの世話を取り仕切ってくれています。
トロルの中では割りと珍しく、背が低めでふっくらと太ったトロルなんですよ。
低いと言ってもジンさんよりちょっと低いくらいでレミちゃんよりもずいぶんと高いですけどね。
「――なぬっ!?」
「ちったあ頭使え! このボケ爺い!」
ニコラとジルは大抵こんな感じです。
ニコラ・ジルとジル・チアゼン。
姓と名ではありますが、同じ「ジル」が付いている事で若い頃に一悶着あったんですけど、それもまたお話しする機会があるかも知れませんね。
こんなやり取りも大体いつも通りですから、二人を見守る王もリザも苦笑するだけで特に驚くこともありません。
「もう良いもう良い。二人の仲が良いのは分かったよ。さ、リザ」
「ええ、行って参りますわ」
小高い丘の上にあるアイトーロルの形は東西に伸びた楕円状。
外側をぐるりと高い石塀で囲い、国の中央から東側にお家やお店、広場なんかのある町があって、最も西にトロルナイツの詰所である砦が幾つか並び、その真ん中西寄りに王城があるの。
アイトーロルは大きな国ではありませんから、もちろん王城もこじんまりと慎ましく、少し大きめの砦の様な規模なんです。
リザが王城から東――、広場側へと出ると緊張した面持ちのカルベが一人。
「おはようリザ。今日は僕のためにありがとう」
「……カルベ? おかしな物でも召し上がったの?」
リザのリアクションももっともです。
普段のカルベは自分の事を「自分」と呼び、リザの事は当然「姫」と呼びます。
それに、いつもボサボサと整える事もない茶色い髪も撫でつけられて、小粋なボタンダウンのシャツにストレートの黒いパンツ。
とってもお洒落ではありますけど、トロルにしては少なめの筋肉とは言えパツンパツンですよ。
「そりゃないっすよ姫。これでも自分なりにおめかししたんすから」
くすっ、と微笑んだリザが駆け寄って、そっとカルベの肘のあたりに手を添えて言いました。
「ごめんなさいね。カルベ、とってもカッコいいですわよ」
「――っ!」
優しくリザに触れられたカルベは大慌て。
焦ってなんだかワチャワチャしてる内に、スッと肘を張ってリザに差し出す形に。
あら、これって――。
それを見たリザ、緑の頬をほんのり染めて、とても自然に自分の腕をカルベの腕に絡めたの。
そして二人はお互いに初々しくはにかんで、腕を組んだまま東の町へと歩み始めました。
おぼこい二人ですから、どうせ大したデートにならないと思っていましたが、これはちょっと良い感じなんじゃありません?
アレク危うし!
アレクにとっては大変な事件でしょうけど、私はアレクとカルベのどちらの味方もしませんからね。
と思ったのも束の間、二人が歩み去った方から大きな声が聞こえてきました。
「リ、リザ姫! 僕というものがありながら! その男は何者なのですか!?」
……あぁ、やっぱりそうなっちゃうのですね。
早くても明日の帰還だと思っていたのですけどねぇ。
アレクの後から追いついてきたジンさんとレミちゃんが、額に手をやって空を仰ぎ見ていますね。
その気持ち、分かります。
「ち、違うのアレク――、こ、これは以前からのお約束で――!」
「何者か知らないけれど……、僕の姫に手を出すとは! 許せない!」
「え? 姫さまに勇者さま? 何を仰ってるんすか?」
可哀そうなのはカルベですね。
憧れの姫とデートの筈が、あの子は何一つ悪くないんですけど、世界を救った美少年勇者から姫を奪った間男のように弾劾される羽目に陥っていますわ。
リザとアレクの顔へ交互に視線をやり続ける、状況の掴めないカルベ。
アレクは左手首の腕輪へ右手を添えて魔力を流し、精霊武装を解き放って細身の剣を抜いて構えました。
「貴方も抜きなさい! こらしめてやる!」
「……え、いや、今日はデートなんで帯剣してないっす」
「デ、で、ででででデートだってぇ!? ジン! ジンの剣を彼へ! 決闘するしかな――」
「――ぐはぁっ」
アレクは後ろに控えたジンさんへそう声を掛け、そしてゴツンと頭に拳骨を落とされました。
「何が、ぐはぁ、だ。渡す訳ねぇだろうが」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる