やぶ医者の女房 〜あたしの正体が妖狐だと知られたら、離縁されてしまうでしょうか〜

ハマハマ

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8「大きな毛玉」

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「へぇ、そんな事があったんだ。賢哲さまがねぇ……ってアレ? お坊さんて結婚していいの?」

 道場の板敷に座って稽古を眺める定吉さだきっちゃんがそんな事を言い出しました。

「色々な宗派がありますからねぇ。ダメなとこはダメですけど、最近は比較的緩いところはかなり緩いらしいですね」
「賢哲の父親もこっそり結婚してるしね」

 と稽古を監督しながら良庵せんせ。

「それでそのさ、お葉さんのお姉さん? 美人なのかい?」
「それはもう、すごい美人だったぞ」

 まっ! 良庵せんせったら女房の目の前でよその女を褒めちゃって!

「当然お葉さんの方が美人だけどな」
「はいはい、ご馳走さま」

 なんの気負いもてらもなく、とても自然にそう続ける良庵せんせにあたしが顔を赤らめてしまいます。


常木つねきってここらじゃあんまり聞かない苗字だね」
「ん、まぁそうかもな。でもそんな事は良いじゃないか。今日は定吉に竹刀の振り方を教えてやろう」
「ホントかい!?」

 がばりと立ち上がり、跳び上がって喜ぶ定吉っちゃん。
 微笑む良庵せんせが竹刀を一つ渡し、道場の中ほどの空いたところへと離れていきました。

 あたしにとって実家の話はあまり触れられたくない話題だろう、と察してくれてのこと。良庵せんせは本当にお優しい方ですねぇ。
 じゃあたしはお洗濯に戻りましょうか。


 お洗濯しながら色んなことに考えを巡らせます。

 あのおつむの足らなそうな大男のこと、あたしのが仕事をさせて貰えず消えたこと、急に現れた姉・菜々緒のこと。

 まず間違いなく、全てがどこかで繋がる出来事なんでしょう。いやんなりますねぇ。

 あたしはこのまま大人しく良庵せんせと日々を送れればそれで良いんですけど、こうなってはじっと黙っている訳にも行きませんね。

 濡れた手を振って、ぴっぴとしずくを振り散らし、あたしのお尻の上あたりをひと撫でします。

 そしたらその手の上に大きめの鍋ほどもあるっしろ毛玉。

「さ、お行き」

 大きな毛玉はふわりと風に吹かれる様に飛び、お庭に面した板塀を飛び越えて行きました。

 この間のネズミと違って使い捨てではありません。あたしのふわふわ尾っぽの一つを切り放した、言わば分身のようなモノです。

 姉だろうと何だろうと、あたしと良庵せんせの毎日を邪魔する輩は許しません。ちょいと本気を出しちまいますよあたし。



 そうやって少しの間いらいらしていましたけど、お洗濯を続けていたら何だかいらいらするのが馬鹿らしくなってきました。お洗濯って目に見えて汚れが落ちるから気持ちいいですよねぇ。

 ややこしい事は毛玉に任せて、でーん、と構えてにこにこしてましょうか。

 そうして洗い終えた洗濯物を干していると、ぞろぞろと道場から門下生が出て行く背中がちらりと見えました。


「く、草臥くたびれた~」

 定吉さだきっちゃんがふらりふらりとやって来て、汲んでおいた井戸水を桶から直接がぶがぶ飲み始めました。

「あら定吉さだきっちゃん。もう剣術やっとうはこりごりかい?」

 定吉っちゃんはぶるぶるぶるんと首を振り、残った桶の水を勢いよく頭からザブンと引っかぶりました。

「いや全く! もっと教わりてえ! オイラもっと家の手伝いしてお月謝貯めるよ!」

 あらあら、目を輝かせていますね。
 そうは言ってもおうちの都合もあるでしょうし、困ったことになりませんかねぇ。

「定吉、悪いことは言わん。めておけ」
「良庵先生! そんなつれないこと言わないでおくれよ!」

 双肌もろはだ脱ぎで汗を拭う良庵せんせもやってきて続けます。

「刀をぶら下げて歩く時代でもないし――」
「ないし?」

「なにより才がない」
「才が……? オ、オイラ……剣術やっとうの才が……ない?」

 あらあらまあまあ。そうですか、そういう事ならしょうがありませんねぇ。

「趣味で竹刀を振る程度なら月謝もいらん。いつでも混ざって良いから」

 ………………。

 沈黙とともに定吉っちゃんが思案顔。
 と、突然にぃっと少し悪い顔で微笑みました。

「ならそうする! お月謝なしで良いんだね!?」
「あぁ、構わん」

 やったやった、と喜ぶ定吉っちゃん。さすがに商人の家の子は違いますね。


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