9 / 71
9「そんなんで夫婦」
しおりを挟む「それで良庵先生、週に二日の稽古だけで儲かってるのかい?」
定吉っちゃんにも上がって貰ってお茶しています。
お茶請けにはどうかと思いましたが、作っておいた小振りのお稲荷さんも添えました。
「いやちっとも儲かってないな」
「ならお医者の方は?」
「いっそう儲かってないな」
うちの大黒柱さまが、いたって苦もなく言ってのけました。
そんな事じゃあ困るんですが、良庵せんせとあたしの二人が食う分にはなんとかかんとかギリギリ困るか困らないか、ぐらいの稼ぎですね。
「はぁ……。お葉さんはそんなんで良いのかい?」
「べつに良かありませんけど、夫婦二人が食えればまぁ良いかと」
「良庵先生、良いお嫁さん貰ったね。お稲荷さんも美味しいし」
「だろう? 僕もそう思う」
そんな話から始まって、話題は二人の馴れ初めに。
良庵せんせと出逢う前、あたしも色々あってちょいと何十年か海を渡って大陸の方を経巡ってたんですよ。
西へ西へと紅毛碧眼の人が多くいる辺りまで行って長いこと過ごしてたんですが、不意に里心が付いてこの島国に戻ってきたのがちょうど半年前。
久しぶりで帰ってきたら色んなことが変わっちまってて驚いたけど、こんな田舎町だとあんまり関係なくってほっと安心したもんです。
前に野巫三才図絵を書いたりしてた町から一山越えたこの辺りをウロウロしていると、怪しい木札を掲げる家が目に付いて、ありゃ一体何のつもりだい? と近付いてったんですよ。
「僕が書いた木札をさ、お葉さんが支えてくれたんだよ」
「初めてお逢いしたのはそんなでしたねぇ」
「どういうこと?」
あたしが近付いてった木札にはあの時、今と違って『やぶ医者』の四文字だけが書いてあったんですよ。
笑っちまいますよね。
野巫医者かい? それともほんとに藪医者かしら?
なんて思って側へ寄れば足元にぽつねんと細長い木箱が一つ。
それを拾い上げようと伸ばしたあたしの手の甲へぽたりと墨が一滴垂れ、木箱を拾い上げて見てみれば、この『やぶ医者』の字、黒々とちっとも乾いてなくってね。
「書いてすぐにぶら下げちまっちゃいけませんねぇ」
今更かしらと思いつつも、それ以上に墨が垂れないよう平らにしようとぶら下がった木札のお尻を引っ掴んで持ち上げると――
「お嬢さん! 危ない!」
――お庭から現れた良庵せんせが止めてくれたんですけど間に合いませんでした。
拾った細長い木箱――良庵せんせお手製のあの筆入れだったんですが――、墨壺の蓋が開いてやがったんですよねぇ。
袖先と膝の辺りに墨が飛んでとんだ染みったれ、ってね。
あたしは木札のお尻を持ち上げたまま、良庵せんせは両手に半紙を持ったまま。
少しの間二人とも黙って視線を泳がせてねぇ。
「あはは。思い出したら笑っちまいますねぇ」
「僕は全然笑えないですよ」
「そりゃそうだろうね……。で、なんでそこから夫婦になるのさ。出会いは最悪じゃん」
「それがさ定吉っちゃん、墨だけで済まなかったんですよ」
あたしは思い出すと噴き出しちまいそうに楽しくなりますけど、良庵せんせはそうもいかないらしくて浮かない顔。
あの時の良庵せんせ、はっと気を取り直して言いました。
「誠に申し訳ない! とりあえずこれで手を!」
なんて言ってあたしの手に付いた墨を半紙で拭ってくれたのは良いんですが、何を思ったかその半紙であたしの着物に飛んだ墨まで拭ったんですよ。
すでにしっかり吸ってしまって今更綺麗になんてなりゃしませんけれど、案の定で墨が伸びただけ。拭えば拭うほど酷くなる一方でねぇ。
「重ね重ね誠に申し訳ない!」
って良庵せんせがあたしの手を引いて井戸端へ連れてってくれたのは良いんですが、水を汲んだ桶を持って蹴躓くもんだからあたしは頭っからびしょ濡れでね。あははは。
慌てた良庵せんせは自分の上衣を脱いであたしに放り投げ、襦袢と袴になって言ったんですよ。
「風呂を沸かします! しばしお待ちを!」
この時のあたし、不思議なことに一つも怒っていませんでした。
それどころかもうこの時に、なんでかこの人のことが愛おしくなってたんですよねぇ。
その後お湯に浸かって体が温もってきたころ、窓越しに良庵せんせの声が届いたんです。
「本当にすみませんでした。お詫びになにか僕にできることはありませんか?」
「そうですねぇ……でしたらあたしを、ここに置いて貰えませんか?」
「え? 二人はそんなんで夫婦になったの!?」
それだけでもないんですけど、まぁそうですね。
「ええ、そんなんで」
「そんなんで夫婦だ」
すみませんけどこの話題、もうちょっと続きますよ。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる