やぶ医者の女房 〜あたしの正体が妖狐だと知られたら、離縁されてしまうでしょうか〜

ハマハマ

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21「間に合わなかったバカ」

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 爆ぜた光が落ち着いたそこには、与太郎ちゃん並の大きな体のでっぷりした男の姿。

「三郎太……久しぶりだねぇ」

は翔んでくが、お葉、オマエは普通に走ってきな」
「ちょ、ちょいとお待ちよ三郎太――!」

 慌ててその――あご髭とモミアゲがくっついちまって境目のわからなくなった大男――三郎太へ声を掛けますが、三郎太の胸の辺りからニュっと顔だけ出した姉がそれを妨げました。

「お葉ちゃん、今度なにかで返してね。行くよ三郎太! まだちょっと気持ち悪いからあんまり揺らさずにね!」
「だからちょいと待っ――」

 バンっと地を蹴り跳び上がった菜々緒三郎太が少しだけ宙に留まって、ぐるりと首を回して行き先を見遣り、そして蝮の三太夫の店の方へと翔び去りました。


 ……あたしはぽかんと口を開けて少しのあいだ眺めていましたけど、ぷるぷる首を振って正気を取り戻して駆け出しました。

「ほんっっとに姉さんは! 脳筋なんですから!」
「きゅーっ!」
「なっちゃんは留守番! 大人しく待ってて!」


 駆け出しはしたものの着物の裾が上手く捌けなくって走りにくいったらありゃしない。
 ああもうまだるっこしい!
 お行儀良くなんて言ってられません。両手でそれぞれ裾を掴んで膝を出し、お上品とは程遠い姿で再び駆け始めました。

 そして駆けながら良庵せんせの様子も確認しなくっちゃあいけません。


『与太郎! その木刀をほおってくれ!』
『わ、分かっただ!』


 明らかに様子のおかしい蝮の三太夫へ、土間へ降りた良庵せんせが背に与太郎を庇って木刀を構えたところでした。

『りょ、良庵先生! な、なん、なんなんだコレ!』
『僕にも分からん! 分かるのは普通じゃないって事だけだ!』

 苦しそうに頭を抱える三太夫を見詰める二人。

『で、でもどうするだ!?』
『……そうだな。とりあえずは……叩き伏せてみるか』

 そう言った良庵せんせは跳躍し、頭上に掲げた木刀を一気に振り下ろして三太夫の頭頂部へ叩き込みました。

 着地する良庵せんせが間髪入れずに跳び退り、与太郎ちゃんの所へと舞い戻ります。

『やっただか!?』
『……手応えはある。けど、効いてる素振りはないみたいだな』

 頭を抱えていた両手を開き、板敷きから片足を下ろした三太夫があの細目を開いて二人へと視線を遣りました。

『……蛇、って訳でもないんだな』
『そ、それおらも思っただ……』

 二人が言うように、三太夫の顔や首、着物の弾けたその体、至るところから黒々とした毛が生えて、体は肥大し前に飛び出すように伸びた顔、人とひぐまを足したような不可思議な姿となっていました。

 やはりあの針――

『グ、グギャ……こ、こんナ……は、ズじゃ……』

 依然と苦しそうな三太夫がのそりと一歩、さらにまた一歩と二人の方へ足を進めます。

『与太郎! 可能ならば外へ! 逃げろ!』

 声とも叫びともどちらとも判らぬ唸りを上げた三太夫が、丸太のような腕を振り上げ二人へと迫ります!

 ――良庵せんせ! 危ない!

 振り下ろしきる寸前の三太夫の腕を、良庵せんせは木刀で弾いてさらに前へと踏み込みます。
 そしてすれ違いざまに胴へと木刀を叩き込み、そのまま三太夫の背後で振り向き構え直しました。

『そんな愚鈍な拳では当たらぬぞ! こっちだ三太夫!』

 さすがの良庵せんせですけれど、せんせが打ち振るった木刀では全く堪えていない様子……

 やはり幻術や何かではなく、アレはと変える術の籠められた針。

『グギャァァ!』
『――ばか! こっちだ三太夫!』
『りょ、良庵先生!』

 良庵せんせの挑発に応えず、三太夫はそのまま壁際に後退る与太郎ちゃんへとにじり寄り、再び腕を振り上げました。

『横へ跳べ与太郎!』
『ひっ――、ひぃぃ!』

 三太夫の振り下ろした腕はそのままバガァンと壁を叩き破り、通りへ向けて大きな穴を拵えました。
 遠巻きに不安げな顔で様子を見守る人々が見えますね。

 でも大丈夫、とりあえず与太郎ちゃんもせんせの声に反応してちゃんと土間を転がって難を逃れています。

『ギャオァァ!』

 叩き壊した壁の板切れを引っ掴んだ三太夫が振り向きざま、良庵せんせ目掛けてそれを投げつけました。

 危なげなくそれを木刀でカッと弾く良庵せんせ。さすがです。

 けれどこれは――姉さんを待ってる場合じゃありません。やはりあたしがしーちゃんと入れ替わるしか……

『わっ、わわわ! ま、またおら!?』
『こっちだと言っているだろう!』

 店の外を目指して土間を這っていた与太郎ちゃんを追って再び三太夫が近付くのを、横から割って入ろうと良庵せんせが踏み込みました。

 三太夫は与太郎ちゃんへ向けて腕を振り上げていましたが、ぐるりとあり得ないほど首を捻って良庵せんせへと顔を向けました。

『――ぬっ!?』

 ぱかり、と口を開いた三太夫の喉奥から迫り上がった光が爆ぜるように飛び出し――

 ……りょ……良庵せんせ――!

 ――吐き出された光の直撃を受けた良庵せんせが……


 …………良庵せんせが……

 ぷつん――

 と、しーちゃんとの視界の共有が切れちまいました。


 地べたにぺたんとお尻をつけちまったあたし。


 人の身で妖魔の放った波動をまともに受けちまっちゃひとたまりもありません。

 もう、急いで走ってく必要もありません。
 それでも良庵せんせに酷いことした三太夫だけは消し炭にしなくっちゃ、そう思いはするんですけど、どうにも足に力が入らなくって……。

 なんにもやる気が出やしません……。


 と、ぼんやり道端で座ってたら。

 ドォンドォン、と二つ三つの破裂音。そして――

『じゃじゃーん! 菜々緒、とうじょうっ!』

 ――空気を読まないバカ姉の声が聞こえてきました。

 そうですね、大口叩いて間に合わなかった脳筋バカも八つ裂きにしなきゃ気が済みませんねぇ。


 そう思ってなんとか立ち上がろうと踏ん張ると、お尻にビリッと痛みが走りました。

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