やぶ医者の女房 〜あたしの正体が妖狐だと知られたら、離縁されてしまうでしょうか〜

ハマハマ

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22「せんせが消し飛んじまっちゃ」

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 痛っ、と思ってお尻をさするとどうやら四本目の尾っぽ、しーちゃんが喰らっちまった攻撃のせいみたいですね。

 良庵せんせはともかくしーちゃんは消滅しちまってもまた生えてくるんで全然心配していなかったんです。ごめんねしーちゃん。


『おう菜々緒。オレが出てる時には喋るな。オレの雰囲気に合わねえ』
『あんただって菜々緒なんだからね! 生意気言うんじゃないの!』

 姉さんの三つ目の尾っぽ、三郎太の言う通りです。三郎太を前面に出した姉さんの姿はこれでもかと言うほど厳つい姿なんですから、じゃじゃーん! とか言うのは相当似合っていませんよ。

 間に合わなかったクセに何をぴーちくぱーちくイチャついてんでしょうねぇ……

 って、あれ? そう言えばしーちゃん越しの声、聞こえてますね。

「……しーちゃん、無事なのかい?」

『きゅ……、きゅ~――』

 段々としーちゃんの視界が見えてきました。
 どうやら三太夫の攻撃で目を回しちまったみたいで視界の共有が切れてただけらしいですね。

 あたしはてっきり良庵せんせもろとも消し飛んだものだと思っちまったよ――


 ……でもしーちゃんには悪いけど、良庵せんせが消し飛んじまっちゃなんにも嬉しく感じないけどね。

 ぺたんとお尻を地面につけたまま、はぁぁぁあ、と深いため息ひとつ。

 不思議と涙も出ませんけど、なんにもやる気が起きませんねぇ。
 またしばらく海の外でも巡ってこようかしらね。


『きゅきゅー! きゅ、きゅー!』

 分かったってば。しーちゃんが生きてたのは嬉しいけどさ、どうせあんたはまた生えてくるんだから。

『きゅーー!!』

 うるさいよしーちゃん。もう三太夫のバカも与太郎ちゃんもどうでも良いじゃないのさ。
 もう全部打っちゃって帰ってきなよ。

『きゅっ! きゅーー!!』

 はいはい、分かったってば。しーちゃんは良くやってくれたよ。ありがとね――


 え? 良くやってくれたのかい? なにを?


『………………う……、うぅ……』

 その声――――良庵せんせ!! 無事だったのかい!?

 がばっ! と立ち上がり、道ゆく人らが気遣わし気に見守ってくれてるのも無視して叫び、再び駆け始めます!

「しーちゃん! 一体何がどうなってるのさ!」

 しーちゃんはあたしの言葉に答えるように、ぐるりと首を回して状況をあたしに見せてから説明してくれました。


 天井に空いた大穴がまず見えて。

 与太郎ちゃんはと言うと、土間と板敷きの間の段差のところで気を失っていて。

 三太夫はと言うと、脳筋姉三郎太とがっぷり手四つで力比べの真っ最中。

 自分で鏡に写り込んだしーちゃんはと言うと、足だけでなくって全身ウサギの姿で鼻をヒクヒクさせてます。

 そして壁際でうーんと唸って気を失っているのは良庵せんせ。板敷きの方の壁に叩きつけられたみたいですが、特段どこにも怪我はなさそうです。


 ――良庵せんせぇ……良かったよぉ……


 さっきはちっとも出なかった涙が、駆けるあたしの頬から真横に流れて飛んでくけど、ざぶざぶ溢れて止まる気配がありません。


 聞けばしーちゃんはね、あたしが思ってた以上にしっかり者だったんですよ。

 三太夫が腹の底から吐き出した光の波動、あたしや姉さんならともかく、ただの尾っぽの一つであるしーちゃんじゃどうしようもないはずだったんです。

 けれど、兎の足に化けていたしーちゃんは、今度はマルっと兎に化けた姿で三太夫とおんなじ様に口から波動を吐き出して、三太夫の放った波動を上へと逸らしてみせたそう。

 衝撃だけは抑えられなくって良庵せんせもろとも壁に叩きつけられ目を回しちまったみたいなんだけど。


 しーちゃーん!! できる子! 偉い! 可愛い! さすがあたしの尾っぽ!

 どっかにいっちまってたやる気が漲るねぇ! よーっし! あたしも急いで駆けつけるよ!
 この世の終わりみたいに重たかった体が、今は羽根が生えたように軽やかだよ! あたしも現金なものだねぇ!


 しーちゃんは元の通りに兎の足に化け直し、倒れたままの良庵せんせの腰へと戻ってあたしに状況を届けてくれています。

『ギャァァ!』
『うるせえ! 臭え息をオレに吐きかけるんじゃねえ!』

 がっぷり手四つの三太夫と菜々緒三郎太でしたけど、力比べで三郎太が負ける事はまず有り得ません。

『もう死ねや!』

 三郎太がその髭面の顔を憤怒の形相に染めるや否や、バキバキっと三太夫の両腕を畳むように叩き折りました。

 ギャァとかなんとか叫ぶ三太夫でしたが、組んだ両掌を全力で振り下ろした三郎太の一撃が脳天に炸裂、土間に叩きつけられ静かになりました。


『おい、しーちゃんよ』
『きゅ?』

 ふぅ、と一息ついた三郎太がしーちゃんへ呼び掛けました。厳つい三郎太も「ちゃん」づけで呼んでくれるのがちょっと可愛いですけど、なんでしょうね?

『お葉に言え。急いで来るな、ゆっくり来いってよ。それでお前はじっとしてろ』
『きゅ? きゅー』

『次は菜々緒。四郎太も出せ』
『えー? なんで? もうコイツ死んだよ?』
『良いから黙って出せ』

 四郎太と言や姉の尾っぽで唯一変化へんげの術を使える尾っぽ。一体なんでしょうね?

 ぶっちゃけ脳筋の姉さんよりも、ただの尾っぽの三郎太の方が賢いですからここは任せて見守りますけど。

 どうやら姉が四本目の尾っぽ四郎太も出したらしく、三郎太がその厳つい姿を、目の前に倒れる三太夫とよく似た妖魔の姿へと化けさせました。


 そして――

『ふん……バカだバカだと思ってたけど、まさか自分達に使うとは救いようのないバカ共だったわけね』

 三太夫が根城にしていたぼろぼろになった商家の入り口、そこから顔を覗かせた一人の姿がしーちゃんの視界に入り込んだんです。
 
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