42 / 71
42「ヨルの二択」
しおりを挟む「もちろん把握しているが、なおさら望ましいと考えている」
あたしが人との混血だって聞いたヨルは淡々とそう言って、整った無表情な顔を僅かに歪め、どうやら微笑んでみせたらしいです。
「そんなで良いのかい? 白狐と黒狐の番から産まれるとかいう強い妖狐は産まれないかも知れないよ?」
「それは副次的なものだと考えている。オレは先ず、この黒狐の里を守らねばならん」
面倒な奴だねぇ。ならあたしの事は諦めよう、ってなことになりゃ良いのにさ。
黒狐と白狐の混血である姉さんよりも、人と白狐の混血であるあたしの方を望んでたのはそういう思惑もあったってことかい。
はた迷惑な話だよまったく。
「ヨーコにとっても悪い話ではあるまい」
「はっ! どういう了見でそうなるんだい!? 悪い話でしかないよ!」
「ん? 言っていなかったか? 一子……ただの一子さえ成しさえすればヨーコを自由にすると誓う。そうすれば……リョーアンとかいう男の下に戻る事を許そう。それならばそう悪くはあるまい」
………………
姉さんとのやり取り、やっぱり聞かれてたって訳かぃ。
けど、一瞬だけ――またせんせの所に戻れる――、なんてそんな、甘いことを考えちまった。
そんな……よその男と子を成しといて、しれっと『ただいま』なんて言える訳ないじゃないか……
無言のあたしへ向け、さらにヨルが言いやがった。
「数日だけ待つ。どちらが良いかヨーコが選べば良い」
「どちら……? どれとどれの事を言ってんだい」
「子を成してからリョーアンとかいう男の下へ戻るか――、それともその戻る所を消されてから子を成すか。その二つから選べば良い」
こいつ無茶苦茶なこと言うじゃないか……。怒鳴り散らしてやりたいけど……、こいつ本気だね。
ヨルはあたしを脅すようにその身を覆う戟の力を強め、そしてニヤッと笑いやがったんだ。
「ちょいと考えさせておくれ……」
考えるまでもないんだけど、足が震えちまってそう返すのが精一杯だったよ。
◆ ◆ ◆
夕方ようやく起き出してきた賢哲さんが、目の下のクマの酷い良庵せんせに声を掛けたんだ。
「なんかあったんか? 難しい顔してよ」
「いや、なんでもない。与太郎がまた握り飯を届けてくれてる、食べよう」
昼間せんせは熊五郎棟梁に新たに描いた呪符を渡し、前のものより効きが悪いだろうが勘弁してくれ、そう付け加えて帰しました。
それからずっとそんな、難しい顔してるんだ。
与太郎ちゃんが握ったらしい大きくて不恰好なお握りをひとつだけ食べたせんせは再び文机に向かったけど、どうにも筆が進みません。
あの賢哲さんでさえ声を掛けにくそうにその背を見つめてる。わっちとしてはさ、あんまり難しく考えないで欲しいなぁ。
じっと止まった筆先から、紙にぽたりと墨が滴りました。それに気付いたせんせは硯に筆を置き、自嘲するようなため息ひとつ。
「…………お葉さん……」
せんせが何考えてるか分かっちゃう。
紙に落ちた墨を見て、木札から垂れて落ちた墨――お葉ちゃんと出逢った時のこと思い出したんだね。
分かるよ。わっちだってお葉ちゃんの事ばかり考えてるもん。
お葉ちゃんはどうしてるかな。
痛いことされてないかな。
怖い思いしてないかな。
ずっと寝てるみっちゃんは起きたかな。
菜々緒ちゃん早く帰ってこないかな。
たった一晩で良庵せんせが痩せこけて見えるんだもん。
ほんの少しの仮眠をとって夜半、心ここに在らずの良庵せんせとニコニコ笑顔の賢哲さんはなっちゃん一人を残して夜回りへ出発しました。
「いやに上機嫌じゃないか」
「おう。早けりゃ明日にゃ菜々緒ちゃんが帰ってくるかんな」
三、四日って言ってなかったっけ? 明日だったら丸二日だよ? 良庵せんせも同じこと思ったみたいで疑問顔。
「菜々緒ちゃんはあんまり数字が得意じゃねんだ。大抵言った日より早く帰ってくる。可愛いだろ?」
う、うーん、可愛いっちゃ可愛いかなぁ?
良庵せんせがそれを可愛いと思ったかどうかは分からないけど、疲れた顔を少し綻ばせました。
お葉ちゃんの事がなにか分かるかもだからね、わっちも期待しちゃうもん。
けれど、賢哲さんかが手に持つ弓張り提灯が照らす先、闇夜に目をやったせんせが真面目な声で言いました。
「話は後だ。今夜はもう現れたらしいぞ」
昨夜――と言っても明け方のことだけど――それと同じように数頭の妖魔がちらほら順に現れたけど、その度おすすめの呪符その一を一緒に握りこんだ良庵せんせの木刀が煌めいて、横たわる妖魔へその二を貼っつけて回る賢哲さん。
昨日と違って上手に役割分担できてて滑らかに処理していきました。
そして丑三つ時、描いておいた呪符の蓄えが怪しくなった頃、一人の若い女に出会ったんだよ。
「こんな夜更けにお嬢さんの一人歩きたぁ感心しねえなぁ」
商家の軒先に佇む女へ向けて、手にした提灯を少し持ち上げた賢哲さんがそう言って近付きました。
「賢哲、止せ」
「何言ってんだ。これだって夜回りの内だ」
こんな時間、真っ暗な町に一人歩きなんて明らかに不審な女。
賢哲さんはともかく良庵せんせは残り少ない呪符を手にして木刀を握り直しましたが……
「ねえ。どうして――でくれないの?」
「え? なんだって?」
「どうして……どうして大人しく――」
「……お、おい。オメエ何言って……」
「賢哲! それ以上近づくな! 離れろ!」
「――どうして死んでくれないのよ!?」
賢哲さんの襟首を掴んだ良庵せんせが力一杯引っ張って、自分の後ろに放り投げて叫びました。
「灯りを消すなよ!」
せんせは木刀を構え、ぶつぶつと何かを口にし続ける女へ警戒を強めて摺り足で近付きます。
「――あはは。あんたが悪いんだよ!? あのくそ女狐をきちんと仕舞っておかないから!」
……この女…………シチだ!
わっちはこれでも怒ってるんだぞ! 許さないんだから!
兎の足から全身へと姿を変えてせんせの胸を蹴って跳び、シチに向かって戟を籠めた狐の爪を叩き込んでやりました。
どうだバカ、わっちだってやる時ゃやるんだぞ!
「ぎゃぁっ!? ――き、貴様あの女の尾っぽか!」
凄んだって怖くないよーだ! 左目ざっくり抉ってやったもんね。へへーんだ!
……ちょっぴり調子に乗ったわっちだったけど、後ろがそれどころじゃなかったんだ。
賢哲さんがいつの間にか落とした提灯がめらめら燃え上がって照らす中――
「……ぐ、よ、良人……」
「賢哲! しっかりしろ!」
――賢哲さんの胸の真ん中、あの針が突き立ってたんだ……
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生?したら男女逆転世界
美鈴
ファンタジー
階段から落ちたら見知らぬ場所にいた僕。名前は覚えてるけど名字は分からない。年齢は多分15歳だと思うけど…。えっ…男性警護官!?って、何?男性が少ないって!?男性が襲われる危険がある!?そんな事言われても…。えっ…君が助けてくれるの?じゃあお願いします!って感じで始まっていく物語…。
※カクヨム様にも掲載しております
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる