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Li
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「ん……」
まぶたを開くと、温かいはちみつ色の光に照らされた、ログハウスのような木の天井が見えた。
(……自分は一体どこにいるんだろう)
疑問に思い体を起こすと、体の上に温かい毛布がかかっているのが目に入った。どうやら、どこかの家の中にあるベッドの上に横たわっていたようだ。
(ここは……)
あたりを見回すと、近くにあった木の壁に自分が着ていた白衣がかかっているのが見えた。そこから横に視線をずらせば、大きく引き伸ばされた周期表が貼ってあった。
その下に水がたっぷり入った水槽があった。その中に誰かが入っている。金色の髪がゆらゆらと水の中で揺れていた。
(誰だろう?ニトロ?)
そう思って見つめているとその誰かが顔を上げた。目があってどきりとした俺を見て、彼が顔を輝かせた。
「人間!起きたんだ、良かった!」
聞き覚えのある幼い声に俺ははっとする。そして、自分が今理科の国の化学地方にいること、青酸雨に降られたもののなんとか一命をとりとめたことを思い出した。
「君は、さっき俺を助けてくれた……」
「僕の声が聞こえてたの?とにかく無事で良かった!」
水の中でぼこぼこと泡を出しながら彼が嬉しそうに言った。
「水銀!起きて!人間の目が覚めたよ!」
そう水槽を叩きながら言うと、部屋の角にあった青い布の塊がさっと起き上がった。まさかそれがさっきの人だと思わなくて、俺は思わずぎょっとする。
彼はベッドの近くまで近づいてくると、据わった瞳で俺のことを見つめてきた。
青いローブを身にまとい、首元にmのマークが入ったブローチをした彼は、まるでおとぎ話に出てくる魔導師のようだった。肩口までぞろぞろと伸びた灰色の髪からはぽたぽたと銀色の雫が滴り落ちていた。
「あ、あの。さっきは助けてくれてありがとう」
そう言ってお辞儀をする。水銀は俺のことを特に感情のない目で見つめていた。
「……礼はいい。少しは体調がよくなったか?」
そう尋ねられ、先程までのめまいや吐き気がなくなっていることに気づいた。まだ頭痛はするが、一時期に比べればだいぶマシになったものだ。
「少し頭痛はするけど……。でも大丈夫、もう平気だよ」
そう言って微笑むと水銀が頷いた。そして踵を返す。
「今、硫酸がお前のために食事を用意している。少し待っていろ」
「硫酸の作る料理は美味しいんだよ!」と水の中の彼が笑った。
「硫酸……」
ニトロが言っていたとおり、シアンタウンは本当に住民が皆、劇物や毒物らしい。
「あ、そうだ、自己紹介しないと!僕は黄リンで、そっちにいるのが水銀だよ!よろしくね!」
そう言って黄リンがにっこり笑った。
「黄リンか。だから、水中にいるんだね」
そう言うと黄リンが目を丸くした。
「そうだよ!よくわかったね!僕、外に出ると発火しちゃうから……」
そう言って黄リンが水中から人差し指をわずかに出した。その瞬間にその指にぼっと火がつく。
「うわわっ!……こんな感じにね」
慌てて水の中に手を戻して笑う。中々ユーモアのある化学物質のようだ。
俺が笑うと黄リンも嬉しそうな顔をした。
不意に扉がトントンと叩かれた。腕を組み、壁に寄りかかっていた水銀が体を起こす。
「あ、あの。食事を持ってきました……」
水銀が扉を開くと、その向こうから女性が顔を出した。そこに立っていたのはお手伝いさんのようにエプロンを着た茶髪の女性だった。彼女の持つお盆には暖かそうなシチューがのっていた。それを見て、自分のお腹がぐうとなるのがわかった。
彼女がおどおどとこちらにやってくる。
「ど、どうぞ……」
そして、俺の方にそのお盆を差し出した。
「ん?」
不意に、シチューの匂いに混じって変な匂いがして、俺は顔をしかめた。
(この、腐った卵みたいな匂い……。もしかして)
そう思いシチューを持ってきた女性の顔を見る。女性はその視線を受けて、びくりとした。
「あ、あの……」
俺がなにか言う前に、女性はガタガタと震えだし、水銀にシチューののったお盆を押しつけると逃げるように走って部屋を出ていってしまった。
ぽかんとしている俺の横で水銀がため息をつく。
「あいつ、臭かったか?」
「えっと、まあ……」と当たり障りのないように答えておく。
「彼女は……硫化水素?」
そう尋ねると水銀が頷いた。
「ああ。あいつ自体も自分の匂いを気にしてるんだ。あまり臭いとか言わないでやってくれ」
「分かった」
水銀が俺の方にお盆を差し出す。お礼を言ってそれを受け取り、膝の上においた。
「腹が空いてるだろう。好きなだけ食べるといい」
そう水銀がぶっきらぼうに言う。
「うん、ありがとう……」
そう言って自分の膝の上でいい匂いを放つシチューを見る。
今にもかきこみたいくらい具沢山で美味しそうなシチューだ。しかし。
(硫酸が作って、硫化水素が持ってきたシチューか……)
しかも、きわめつけに水銀が持っていたお盆だ。彼の毛先から滴り落ちる水銀と思われる液体を見て、俺は思わず食べるのを躊躇した。
「……嫌だったら食べなくてもいいぞ」
難しい顔をして考え込んだ俺に水銀が少し不機嫌な顔をして言う。
「う、ううん。いただくよ」
お腹は先程から鳴りっぱなしだ。どうやっても空腹には勝てそうにない。俺はスプーンを手に取ると、ほわほわと白い湯気を上げるシチューを一口すくい、口に運んだ。
「美味しい……!」
硫酸の作ったシチューは今まで食べたどのシチューよりも美味しかった。スプーンを動かしどんどんシチューを口に運ぶ俺を水銀と黄リンが興味深げに眺める。
「具材は生物地方から取り寄せたものだ。口に合ったのならよかった」
「水銀ったら、人間の食べる料理が分からなくて、最初適当にそこら辺にあった草を食べさせようとしてたんだからね!」
黄リンの言葉に「悪かったな」と水銀がかすかに眉をひそめながら言う。
仲良さげに会話する水銀と黄リンを見て、俺は思わず微笑んだ。
まぶたを開くと、温かいはちみつ色の光に照らされた、ログハウスのような木の天井が見えた。
(……自分は一体どこにいるんだろう)
疑問に思い体を起こすと、体の上に温かい毛布がかかっているのが目に入った。どうやら、どこかの家の中にあるベッドの上に横たわっていたようだ。
(ここは……)
あたりを見回すと、近くにあった木の壁に自分が着ていた白衣がかかっているのが見えた。そこから横に視線をずらせば、大きく引き伸ばされた周期表が貼ってあった。
その下に水がたっぷり入った水槽があった。その中に誰かが入っている。金色の髪がゆらゆらと水の中で揺れていた。
(誰だろう?ニトロ?)
そう思って見つめているとその誰かが顔を上げた。目があってどきりとした俺を見て、彼が顔を輝かせた。
「人間!起きたんだ、良かった!」
聞き覚えのある幼い声に俺ははっとする。そして、自分が今理科の国の化学地方にいること、青酸雨に降られたもののなんとか一命をとりとめたことを思い出した。
「君は、さっき俺を助けてくれた……」
「僕の声が聞こえてたの?とにかく無事で良かった!」
水の中でぼこぼこと泡を出しながら彼が嬉しそうに言った。
「水銀!起きて!人間の目が覚めたよ!」
そう水槽を叩きながら言うと、部屋の角にあった青い布の塊がさっと起き上がった。まさかそれがさっきの人だと思わなくて、俺は思わずぎょっとする。
彼はベッドの近くまで近づいてくると、据わった瞳で俺のことを見つめてきた。
青いローブを身にまとい、首元にmのマークが入ったブローチをした彼は、まるでおとぎ話に出てくる魔導師のようだった。肩口までぞろぞろと伸びた灰色の髪からはぽたぽたと銀色の雫が滴り落ちていた。
「あ、あの。さっきは助けてくれてありがとう」
そう言ってお辞儀をする。水銀は俺のことを特に感情のない目で見つめていた。
「……礼はいい。少しは体調がよくなったか?」
そう尋ねられ、先程までのめまいや吐き気がなくなっていることに気づいた。まだ頭痛はするが、一時期に比べればだいぶマシになったものだ。
「少し頭痛はするけど……。でも大丈夫、もう平気だよ」
そう言って微笑むと水銀が頷いた。そして踵を返す。
「今、硫酸がお前のために食事を用意している。少し待っていろ」
「硫酸の作る料理は美味しいんだよ!」と水の中の彼が笑った。
「硫酸……」
ニトロが言っていたとおり、シアンタウンは本当に住民が皆、劇物や毒物らしい。
「あ、そうだ、自己紹介しないと!僕は黄リンで、そっちにいるのが水銀だよ!よろしくね!」
そう言って黄リンがにっこり笑った。
「黄リンか。だから、水中にいるんだね」
そう言うと黄リンが目を丸くした。
「そうだよ!よくわかったね!僕、外に出ると発火しちゃうから……」
そう言って黄リンが水中から人差し指をわずかに出した。その瞬間にその指にぼっと火がつく。
「うわわっ!……こんな感じにね」
慌てて水の中に手を戻して笑う。中々ユーモアのある化学物質のようだ。
俺が笑うと黄リンも嬉しそうな顔をした。
不意に扉がトントンと叩かれた。腕を組み、壁に寄りかかっていた水銀が体を起こす。
「あ、あの。食事を持ってきました……」
水銀が扉を開くと、その向こうから女性が顔を出した。そこに立っていたのはお手伝いさんのようにエプロンを着た茶髪の女性だった。彼女の持つお盆には暖かそうなシチューがのっていた。それを見て、自分のお腹がぐうとなるのがわかった。
彼女がおどおどとこちらにやってくる。
「ど、どうぞ……」
そして、俺の方にそのお盆を差し出した。
「ん?」
不意に、シチューの匂いに混じって変な匂いがして、俺は顔をしかめた。
(この、腐った卵みたいな匂い……。もしかして)
そう思いシチューを持ってきた女性の顔を見る。女性はその視線を受けて、びくりとした。
「あ、あの……」
俺がなにか言う前に、女性はガタガタと震えだし、水銀にシチューののったお盆を押しつけると逃げるように走って部屋を出ていってしまった。
ぽかんとしている俺の横で水銀がため息をつく。
「あいつ、臭かったか?」
「えっと、まあ……」と当たり障りのないように答えておく。
「彼女は……硫化水素?」
そう尋ねると水銀が頷いた。
「ああ。あいつ自体も自分の匂いを気にしてるんだ。あまり臭いとか言わないでやってくれ」
「分かった」
水銀が俺の方にお盆を差し出す。お礼を言ってそれを受け取り、膝の上においた。
「腹が空いてるだろう。好きなだけ食べるといい」
そう水銀がぶっきらぼうに言う。
「うん、ありがとう……」
そう言って自分の膝の上でいい匂いを放つシチューを見る。
今にもかきこみたいくらい具沢山で美味しそうなシチューだ。しかし。
(硫酸が作って、硫化水素が持ってきたシチューか……)
しかも、きわめつけに水銀が持っていたお盆だ。彼の毛先から滴り落ちる水銀と思われる液体を見て、俺は思わず食べるのを躊躇した。
「……嫌だったら食べなくてもいいぞ」
難しい顔をして考え込んだ俺に水銀が少し不機嫌な顔をして言う。
「う、ううん。いただくよ」
お腹は先程から鳴りっぱなしだ。どうやっても空腹には勝てそうにない。俺はスプーンを手に取ると、ほわほわと白い湯気を上げるシチューを一口すくい、口に運んだ。
「美味しい……!」
硫酸の作ったシチューは今まで食べたどのシチューよりも美味しかった。スプーンを動かしどんどんシチューを口に運ぶ俺を水銀と黄リンが興味深げに眺める。
「具材は生物地方から取り寄せたものだ。口に合ったのならよかった」
「水銀ったら、人間の食べる料理が分からなくて、最初適当にそこら辺にあった草を食べさせようとしてたんだからね!」
黄リンの言葉に「悪かったな」と水銀がかすかに眉をひそめながら言う。
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