化学事変

シュレディンガーのうさぎ

文字の大きさ
4 / 30

Be

しおりを挟む
シチューを食べ終え、お腹を落ち着かせている俺に、水銀が話しかけてきた。
「さて、人間。お前が今いるここはシアンタウンだ。お前は、青酸の森を通ってここに来た。それは覚えているな?」
水銀の言葉に俺は頷いた。それを見て水銀も頷くと、再び口を開いた。
「単刀直入に聞くが、お前はここに何をしに来た?ここはお前ら人間にとって危険な場所だ。まさか、肝試しに来たんじゃないだろうな?」
そう怪訝そうに言う彼に、俺はここに至るまでのことを一通り話した。
ニトロのことを言うと水銀と黄リンは考え込んでしまった。
「ニトロがお前に優しくした?考えられないな」
「ニトロは人間が大嫌いなはずだよ!人間に優しくなんかするわけないよ!」
水銀と黄リンが口を合わせて言う。
(彼はとても親切だったけどな……)
確かに途中でどこかには行ってしまったが、悪い化学物質ではなかったはずだ。
「それにしても、君、教師なんだね!化学の教師ってどんな職業か僕知ってるよ。化学について色々なことを教えるんでしょう?」
「そうだよ。よく知ってるね」
そう言うと褒められたことに気を良くした黄リンが誇らしそうな顔をした。
「ふん。……『水銀や黄リンは危険な化学物質です。だから人を殺すときに使いましょう』って教えるのか?」
そう水銀が自嘲気味に笑った。いきなりそんなことを言われて俺は驚く。
「そんな教え方しないよ。『黄リンは空気中では自然発火するので、水中に保存しましょう』、『水銀は常温で液体の金属です。硫化水銀には結晶構造の違いで赤色と黒色の固体が存在します』って教えるんだよ」
そう言って水銀の顔を見てはっとした。
「……君の瞳の色。それって硫化水銀の色と同じだね」
そう言うと、わずかに水銀が感心したように見えた。しかし、それはかなりかすかな表情の変化でかつ短時間のことだった。まばたきをした後には再び彼はつまらなさそうな顔に戻っていた。
「……ふん。まあいい。とにかく、ここでじっとしているんだな。命が惜しいなら、シアンタウンを一人で歩こうなどと考えるなよ」
水銀はそう言って踵を返すと扉の前まで歩いていった。
外に出る前に足を止め、黄リンに話しかける。
「黄リン。俺は鉱山の様子を見に行ってくる」
「分かった。行ってらっしゃい」
そう言ってひらひらと黄リンが手を振る。それに返さず水銀はさっさと出ていってしまった。
静かになった部屋で水銀が出ていった扉を眺めていた俺に黄リンが声をかけた。
「水銀は口も目つきも悪いけど、本当はいいやつだから、嫌わないでね」
そう心配そうに言う黄リンに笑ってみせる。
「うん。分かってるよ」
そう言うと黄リンがほっとした顔をした。
扉まで点々と続く水銀の雫を見ながら俺は微笑んだ。

大分体も本調子に戻ってきて、俺は背伸びをするとちらりと黄リンを見た。
彼は水槽の中で器用に体育座りをして眠り込んでいる。
水銀にも釘を刺された手前、探索に出ようとすると黄リンに止められるかもしれない。そう思い、彼に気づかれないようそっとベッドから降り、白衣を羽織ると音がしないようにゆっくりと扉に向かった。そしてドアノブに手を伸ばす。
「探索に行ってくるの?」
隣から急に声をかけられて、心臓が飛び上がるほど驚いた。びっくりして黄リンの方を見ると彼がニヤニヤと笑ってこちらを見ていた。
「こっそり出掛けようとしてたでしょ?ふふん、僕にはお見通しなんだから!」
そう言って黄リンが胸を張る。
「ばれちゃったか……。せっかくシアンタウンに来たから、あちこち見ておきたいと思ったんだ。駄目かな?」
そう遠慮がちに聞いてみると「いいよ」とあっさり黄リンが承諾した。
「え?いいの?」
驚いて聞き返す俺に彼がにっこりと笑みを作る。
「勿論!人間がシアンタウンに興味を持ってくれるのは嬉しいからね!……でも、水銀が言ってたとおり、ここは君にとって危ないところだから、気をつけてね」
そう言って心配そうな顔をする彼に俺は微笑んでみせた。
「ありがとう、黄リン」
そう言って頭を撫でるように水槽を擦る。彼が心地よさそうに目を細めた。
「うん!行ってらっしゃい!」
俺は彼に手を振り返すと、ゆっくりと部屋の外に出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...