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Ti
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「ここが鉱山への入り口だ」
水銀がそう言って岩肌にあるくぼみに手をかけ横にスライドさせた。重低音がして扉が開き、中への道が現れる。
「へえ、こんなところがあったのね」とトルエンが感心したように言う。
「まあな。表の入り口付近の岩盤が崩れて塞がれたときのことを考えて、もう一つの入り口を用意しておいたんだ」
水銀に促され、中に足を踏み入れる。その瞬間に、ここに来てから何回も嗅いだ青酸ガスの匂いが鼻腔を掠めた。思わず足を止めた俺の背中にすぐ後ろにいたトルエンがぶつかる。
「ちょっと!いきなり止まらないでよね!」
そう言って怒る彼女に謝る俺を怪訝そうに水銀が見る。
「どうした?いきなり立ち止まって」
「鉱山内に青酸ガスが溜まってるから、ガスマスクをつけようと思って」
そう言ってポケットからガスマスクを取り出す俺に水銀が驚いた顔をしたあと、顔をしかめた。
「なに?……まさか青酸のやつ、わざと青酸ガスを?」
「そうとも限らないわよ。アンタが気づかなかっただけで鉱山内はずっとガスが溜まってたのかもしれないし」
トルエンの言葉に水銀が考え込む。
「……なるほど。確かにそうかもしれないな」
そう呟いてから俺の方を振り返った。
「人間、俺のせいで水銀の蒸気もたまっているかもしれないから、ガスマスクをしっかりつけておいたほうがいい」
水銀の言葉に俺は頷いた。ガスマスクを装着した俺の顔を覗き込んでトルエンが顔をしかめる。
「うわ……なんだかホスゲンの手下みたいな見た目になったわね」
トルエンの言葉に水銀も覗き込み、頷いた。
「そうだな。……それも物置から見つけてきたのか?」
水銀に尋ねられ首を振る。
「ううん。カドミウムが昨日渡してくれたんだ」
そう言うと水銀が「そうか……」と言って考え込んだ。
「まあカドミウムのお陰で助かった。……治安維持部隊に見つかる前に早く青酸の所に行くぞ」
水銀の言葉に俺とトルエンが頷いた。
鉱山の中は岩肌に備えつけられた松明のおかげでほのかに明るかった。それは助かるのだが、なんせ足元が悪い。慣れたようにすいすいと奥へと進む水銀を俺は必死に追いかけた。
「あのさ、水銀……」
息を整えてから思い切ったようにそう声をかけると、水銀が不思議そうにふりかえった。
「なんだ?」
「昨日は結局、コイルさんには会わなかったの?」
そう尋ねると彼が少し不機嫌な顔になって前を向いた。
「……ああ」
少しばかり嫌な雰囲気が流れるのを我慢しながら俺は話を続ける。
「昨日、君が出ていってからカドミウムに物理地方と化学地方の関係についての話を聞いたんだ。それで思ったんだけど、一度コイルさんと会ってみたらいいんじゃないかな?話に聞いた限り、コイルさんはそんなに悪い人じゃないと思うよ」
そう言うと水銀が振り返りキッと俺を睨みつけた。今まで俺に向けられたことのないその鋭い目つきに思わずびくりとする。
「お前、物理地方の奴の肩を持つのか?」
水銀に低い声でそう言われ、慌てて首を振る。
「別にそういうわけじゃないよ。でも、コイルさんは彼なりにこの国を良くしようと考えているはずだよ。その気持ちは水銀も同じでしょ?わざわざシアンタウンまで来てくれているんだし、話くらい聞いてみてもいいんじゃないのかな?」
そう言うと水銀が馬鹿にしたように鼻で笑った。トルエンが心配そうな顔をして険悪な雰囲気の俺と水銀の顔を見比べる。
「自分たちのために俺らに兵器を作るよう命令している物理地方の奴らの一員だぞ?どうせろくなことを言わないに決まっている」
そう吐き捨てるように言う水銀に俺は少しの怒りを感じながらも努めて穏やかに続けた。
「そんなに蔑ろにしなくても……。物理地方の人が皆、シアンタウンで兵器を作ることに賛成しているとは限らないじゃないか。もしかしたらコイルさんは、シアンタウンの化学物質たちにこれ以上化学兵器を作らせたくないと思ってるかもしれないでしょ?シアンタウンに足を運んでいるのは、ここの人々をどうにかして助けたいと思っているからかもしれないんだよ?」
コイルに会ったことがないので想像の域になってしまうが、カドミウムの話から推測した限り、彼が悪い人物だとは到底思えなかった。
そう言うと、水銀が嘲笑うような表情を浮かべた。
「俺たちのことを本気で救いたいと思っているなら、もっと早く行動を起こしても良かったはずだ。……あいつらは理科の国のためという建前のもと、自分たちの生活のために今まで俺たちのことを犠牲にし続けてきたんだ」
「……」
トルエンの方を見れば、彼女も神妙な顔をして黙り込んでいる。表情から察するに、彼女も水銀と同じ考えのようだった。
どうやらシアンタウンの人々は、『物理地方の人たちに無理やり化学兵器を作らされている』という被害者としての意識がかなり強いらしい。中々その意識から抜けられず、いくらこちらのことを考えている人でも加害者である物理地方の人であればそこで交流を断ち切ってしまうようだ。
(中々根深い問題なんだろうなあ……)
俺は小さくため息をついた。確かに何度声を上げても改善される様子がなければ、シアンタウンの住民たちがボルトを含め物理地方の人たちに絶望するのは仕方がないことなのかもしれない。
(でも、このままじゃ何も変わらない)
そうは思ったが、俺は一旦ここでこの話をやめることにした。今まで長く続いてきた問題だ。短時間話しただけで水銀の気持ちが変わるとも思えない。水銀だってここまで悩みに悩んだ結果出した答えなのだろう。ここに来て一日二日ほどしかいない俺が偉そうに口出しをするのは野暮というものだ。
俺はそれ以上何も言わず、少し歩くスピードが速くなった水銀の後を懸命についていった。
水銀がそう言って岩肌にあるくぼみに手をかけ横にスライドさせた。重低音がして扉が開き、中への道が現れる。
「へえ、こんなところがあったのね」とトルエンが感心したように言う。
「まあな。表の入り口付近の岩盤が崩れて塞がれたときのことを考えて、もう一つの入り口を用意しておいたんだ」
水銀に促され、中に足を踏み入れる。その瞬間に、ここに来てから何回も嗅いだ青酸ガスの匂いが鼻腔を掠めた。思わず足を止めた俺の背中にすぐ後ろにいたトルエンがぶつかる。
「ちょっと!いきなり止まらないでよね!」
そう言って怒る彼女に謝る俺を怪訝そうに水銀が見る。
「どうした?いきなり立ち止まって」
「鉱山内に青酸ガスが溜まってるから、ガスマスクをつけようと思って」
そう言ってポケットからガスマスクを取り出す俺に水銀が驚いた顔をしたあと、顔をしかめた。
「なに?……まさか青酸のやつ、わざと青酸ガスを?」
「そうとも限らないわよ。アンタが気づかなかっただけで鉱山内はずっとガスが溜まってたのかもしれないし」
トルエンの言葉に水銀が考え込む。
「……なるほど。確かにそうかもしれないな」
そう呟いてから俺の方を振り返った。
「人間、俺のせいで水銀の蒸気もたまっているかもしれないから、ガスマスクをしっかりつけておいたほうがいい」
水銀の言葉に俺は頷いた。ガスマスクを装着した俺の顔を覗き込んでトルエンが顔をしかめる。
「うわ……なんだかホスゲンの手下みたいな見た目になったわね」
トルエンの言葉に水銀も覗き込み、頷いた。
「そうだな。……それも物置から見つけてきたのか?」
水銀に尋ねられ首を振る。
「ううん。カドミウムが昨日渡してくれたんだ」
そう言うと水銀が「そうか……」と言って考え込んだ。
「まあカドミウムのお陰で助かった。……治安維持部隊に見つかる前に早く青酸の所に行くぞ」
水銀の言葉に俺とトルエンが頷いた。
鉱山の中は岩肌に備えつけられた松明のおかげでほのかに明るかった。それは助かるのだが、なんせ足元が悪い。慣れたようにすいすいと奥へと進む水銀を俺は必死に追いかけた。
「あのさ、水銀……」
息を整えてから思い切ったようにそう声をかけると、水銀が不思議そうにふりかえった。
「なんだ?」
「昨日は結局、コイルさんには会わなかったの?」
そう尋ねると彼が少し不機嫌な顔になって前を向いた。
「……ああ」
少しばかり嫌な雰囲気が流れるのを我慢しながら俺は話を続ける。
「昨日、君が出ていってからカドミウムに物理地方と化学地方の関係についての話を聞いたんだ。それで思ったんだけど、一度コイルさんと会ってみたらいいんじゃないかな?話に聞いた限り、コイルさんはそんなに悪い人じゃないと思うよ」
そう言うと水銀が振り返りキッと俺を睨みつけた。今まで俺に向けられたことのないその鋭い目つきに思わずびくりとする。
「お前、物理地方の奴の肩を持つのか?」
水銀に低い声でそう言われ、慌てて首を振る。
「別にそういうわけじゃないよ。でも、コイルさんは彼なりにこの国を良くしようと考えているはずだよ。その気持ちは水銀も同じでしょ?わざわざシアンタウンまで来てくれているんだし、話くらい聞いてみてもいいんじゃないのかな?」
そう言うと水銀が馬鹿にしたように鼻で笑った。トルエンが心配そうな顔をして険悪な雰囲気の俺と水銀の顔を見比べる。
「自分たちのために俺らに兵器を作るよう命令している物理地方の奴らの一員だぞ?どうせろくなことを言わないに決まっている」
そう吐き捨てるように言う水銀に俺は少しの怒りを感じながらも努めて穏やかに続けた。
「そんなに蔑ろにしなくても……。物理地方の人が皆、シアンタウンで兵器を作ることに賛成しているとは限らないじゃないか。もしかしたらコイルさんは、シアンタウンの化学物質たちにこれ以上化学兵器を作らせたくないと思ってるかもしれないでしょ?シアンタウンに足を運んでいるのは、ここの人々をどうにかして助けたいと思っているからかもしれないんだよ?」
コイルに会ったことがないので想像の域になってしまうが、カドミウムの話から推測した限り、彼が悪い人物だとは到底思えなかった。
そう言うと、水銀が嘲笑うような表情を浮かべた。
「俺たちのことを本気で救いたいと思っているなら、もっと早く行動を起こしても良かったはずだ。……あいつらは理科の国のためという建前のもと、自分たちの生活のために今まで俺たちのことを犠牲にし続けてきたんだ」
「……」
トルエンの方を見れば、彼女も神妙な顔をして黙り込んでいる。表情から察するに、彼女も水銀と同じ考えのようだった。
どうやらシアンタウンの人々は、『物理地方の人たちに無理やり化学兵器を作らされている』という被害者としての意識がかなり強いらしい。中々その意識から抜けられず、いくらこちらのことを考えている人でも加害者である物理地方の人であればそこで交流を断ち切ってしまうようだ。
(中々根深い問題なんだろうなあ……)
俺は小さくため息をついた。確かに何度声を上げても改善される様子がなければ、シアンタウンの住民たちがボルトを含め物理地方の人たちに絶望するのは仕方がないことなのかもしれない。
(でも、このままじゃ何も変わらない)
そうは思ったが、俺は一旦ここでこの話をやめることにした。今まで長く続いてきた問題だ。短時間話しただけで水銀の気持ちが変わるとも思えない。水銀だってここまで悩みに悩んだ結果出した答えなのだろう。ここに来て一日二日ほどしかいない俺が偉そうに口出しをするのは野暮というものだ。
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