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本編
1.美しい弟
しおりを挟むそれはどこまでも綺麗な青。
さざ波ひとつない、静かに澄み切った湖の青。
私は受け継ぐことが出来なかった瞳の色だ。
父の隣に佇む群青の瞳を持つ少年を見つめて、私は綺麗ににっこりと微笑んだ。
彼は私が渇望してやまないもの全てを手にしている。
その日、父から紹介された美しい弟を、私は心から憎んだ。
「ウィルは本当、頭がいいのね。こんな出来た弟が居て、私は鼻が高いわ」
「いえ、……姉様の教え方がうまいからです」
微笑む私に、弟のウィリアムがはにかんだように笑う。
滑らかな白いミルクのような肌にほんのり朱がさした様は、愛らしい少女のようだ。
そう、私とは全く違う。
やせぎすの、青白いそばかすだらけの私がはにかんでも、可愛くもなんともない。
無様なだけだ。
「ふふふ。そんなことを言って、何がねらいかしら?」
胸の内のどろどろした感情を綺麗に隠して、微笑む。
いたずらっぽく、親愛を込めて。
「そ、そんな! 本当に、姉様が丁寧に教えてくださるから!」
「嬉しいことを言ってくれるわね。じゃあ、綴りを覚えたご褒美に、あなたの好きなプディングをあげるわ」
「姉様! ありがとうございます!」
私の心の内などウィリアムは気付かない。
弟は純粋に優しい姉を慕っているのだ。
色香で父を誘惑した下賤な女の子。
その売女のせいで、母は心を病んだ。
愛を伴わない家同士の結婚。美しくもないのに矜持ばかり高い母に、父が興味を示すはずもなく。
形ばかりの夫婦のはずなのに、それでも母は父を愛してしまった。
自分を、そして母にそっくりな娘をも顧みない冷たい夫を。
碌に邸に寄り付きもしない父は妾の家に入り浸り、結果愛妾は男の子を生んだ。
ますます父は邸に帰ってこなくなった。
プライドが高すぎて自分が夫を愛していることを頑なに認めようとしない母は、徐々に壊れていった。
それを見つけたのは、私だ。
首つりが、かくも無残な結末になるということを、私は母の死で知った。
糞尿の臭いが漂う部屋の中、机の上には一輪のバラが置いてあった。
その紅いバラだけは、場違いな程美しくて。
バラは、かつて一度だけ父が母に贈ったことのある花だという。
それを見た途端、私は無性に腹が立った。
決して自分を愛そうとしない、屑のような男の為に死んだのか、と。
実の娘を遠ざけ、自ら殻に閉じこもり、心まで病んだのは、父の為だったのか。
このバラを見ても、きっと父は何も思わないだろう。
案の定、私が手渡したそのバラを父はつまらないものを見るような目で見た後、使用人に捨てさせた。
その時、私は心に誓った。
いつか必ず、この男を悔恨の念に這い蹲らせると。
この男の一番大事なものを奪い、壊す。
その機会はあっさりやってきた。
母の死から一年もしない内に、父が売女と再婚したのだ。
そこで紹介された、輝く宝石のような弟。
一目で大事にされ愛されていることがわかる、曇りのない笑顔。
母親譲りの美しい金髪と父そっくりの美貌と瞳を持つ少年が、父の何より大事な宝物だ。
憎しみと歓喜で、私は狂喜した。
この美しい弟を、穢し、壊す。
幸い弟は、すぐに私に懐いた。
意外にも彼の母親は、弟をそれ程愛していないらしい。
やはり、売女は売女だ。彼女が愛するのは、自分だけ。
母親の愛に飢えていた幼い弟は、あっという間に姉の見せかけの愛に堕ちた。
私は常に側に居て、甲斐甲斐しく世話を焼いた。夜の闇が怖いという弟と添い寝までした。
まるで母親のように。
ウィリアムと居ると、自分がいかに価値のない存在なのかを思い知らされる。
彼は美しく、利発で聡明だ。
そして清らかで、穢れを知らない。
何より、あの父に愛されている。
嫉妬、羨望、劣等感、なによりひりひりするようなこの渇きなど、彼は決して知らないだろう。
一点の曇りもない、弟の澄み切った青い瞳を見る度に、この清らかな瞳が汚泥にくすむさまを想像せずにはいられない。
彼の真っ白な心に、墨を垂らすのは私だ。
その日の為だけに、私は優しく慈愛に溢れる姉を演じ続けた。
弟にとって、私がかけがえのないものになるように。なくてはならないものになるように。
彼の心の奥深くまで入り込む為に、私は何でもした。
そして、弟の心からの信頼と親愛の眼差しを得た今、私はこっそりとほくそ笑む。
そう、ここから。
徐々に、徐々に。気付かない程ゆっくりと歪みを潜ませる。
もちろん弟の純粋な心を利用して。
ひずみに気付いた時は手遅れになるように。
しかしそれは、意図してやったことではなかった。
今を盛りと咲き誇るバラ園で、血のように紅いバラを見つめる私に、ウィリアムがそれを手折ったのだ。私の為に。
きっと、私がそのバラを気に入ったと思ったのだろう。
笑顔で差し出すそのバラを持つ手が、棘で傷ついていることに私は気が付いた。
白く細い指に、ぷっくりと赤い血が盛り上がっているのを見て、衝動的に私はその指を口に含んだ。
別に他意はない。刺繍で指を刺した時にいつもそうしているから。
途端に口の中に広がる鉄錆に似た血の味に、何故か少し甘い芳香。
指先を舌で舐め上げてから顔を上げると、上気した顔のウィリアムがいた。
「……痛む?」
「い、いえ、それ程でも……」
「ウィル、気をつけなくては駄目よ。バラの棘が原因で亡くなる方もいるのだから」
「はい、姉様……」
その夜、いつものように私の部屋にやってきたウィリアムは、中々寝つけない様子だった。
もうすぐ11歳になる弟は、未だに姉の私と一緒に寝ているのだ。
さすがに10歳を過ぎたあたりから父が一緒に寝ることを禁じたため、最近弟はこっそり私の部屋にやってくるようになった。
まあ、一緒に寝ていることは周知の事実なのだけれど。
ウィリアムに甘い父は、知っていて知らない振りをしている。
寝苦しそうに何度も寝返りを打つウィリアムの体が異様に熱い。
もしや、昼間バラの棘で傷ついた傷口から何か良くないものが入ったのかと思った私が、使用人を呼ぼうと体を起こそうとしたところで、ウィリアムがそれを止めるように私に抱きついてきた。
「……ウィル、熱があるわ」
「……」
「昼間の傷が原因かも。お医者様に診ていただかなくては」
再び体を起こそうとした私に、ウィリアムが無言で体を密着させてきた。
「ウィル?」
「……大丈夫です」
「でも……」
「熱じゃ、ありません」
「でも、体が熱いわ」
「……」
「やっぱりお医者様を……」
「ち、違います! 本当に熱じゃないんです!」
慌てたように否定するウィリアムの体は、ますます熱い。
しかし、唐突に私はあることに気が付いた。
太腿に、何か当たっている。
その何かを擦るように脚を動かすと、ウィリアムの口から熱い吐息が漏れる。
その何かが何なのかわかるくらいには、私は耳年増だった。
貴族の娘だって、そういう本を読みもすれば、使用人たちの会話を盗み聞くことだってあるのだ。
私は唖然とした。
あのウィリアムが。
純粋で美しく、穢れを知らないウィリアムが、何故か今欲情している。
何に欲情したのかは定かではないが、姉である私の脚に、自身の欲望を擦りつけている。
途端、私の中で仄暗い喜びが湧き上がった。
一旦体を離し、そっとウィリアムの昂ぶりに手を沿える。
それに手が触れた瞬間、ウィリアムがビクリと体を震わせた。
「……ウィル。……辛いのね?」
「ね、姉様っ!」
「大丈夫。姉様に任せて」
寝衣の上から優しく掴んで擦り上げる。
熱い吐息を漏らすウィリアムが、ギュッと私の腕を握った。
「はぁっ、ねっ、姉様っ!」
あのお綺麗なウィリアムが、淫らに喘ぐ。
私の手が、ウィリアムを喘がせているということが、嬉しくてしょうがない。
そう、お前も汚れてしまえばいい。
私と同じところまで、堕ちておいで。
手の中の熱が、いっそう硬く膨らんだところで、ビクビクと痙攣しながら精を放った。
布越しに、ねっとりと絡みつくウィリアムの精。
放心状態で荒い息を吐くウィリアムを見下して、私はつうっと笑った。
それ以降、私達姉弟の爛れた関係が始まった。
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