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本編
2.姉の愛
しおりを挟む「ああっ、姉上っ、リジーっ、……くはっ!」
切なげに震えて、弟が私の手の中に白濁を吐き出す。
痙攣が収まるのを待ってから、私は汚さないよう気を付けて手を外す。
もう、慣れたものだ。
「……姉上、……触っても、いいですか?」
恐る恐る聞くウィリアムに、私は手を拭いながら微笑む。
こんなことをしておきながら、私の服は最初から最後まで整ったままだ。
「それは駄目よ。だって、私達は姉弟なのよ? だから、これ以上は駄目」
「はい……」
立ったまま、お互い服を着たままの行為。
寂しそうに瞳を伏せた弟が、静かに自らの着衣を整えた。
こんなときでさえ、この弟は美しい。
いや、こんなときだからこそ、か。
いまだ冷めやらぬ快感に、上気した眼元がどきりとする程艶っぽい。
子供から大人への過渡期だけに存在する危うさに、事後の気怠さを纏わせた姿を見られた日には、寮の同室者に襲われるのではないだろうか。
そう弟は、去年から寄宿学校に通っていた。
今はちょうど休暇で家に帰ってきている。
「……では姉上、せめて抱きしめても……?」
縋る様な眼差しに、背筋がゾクゾクする。
まだ、大丈夫。
この美しい弟の心は、まだ私のもの。
私の振る舞いひとつで、この弟を如何様にもできる。
「ふふ。仕方がないわね」
微笑んで腕を広げた私を、弟が嬉しそうに破顔して抱きしめてくる。
背が伸びた弟の頭の位置が、私よりも少し高い。
柔らかい金の髪に指を潜り込ませるようにして撫でると、ウィリアムが吐息と共に抱きしめる腕に力を込めた。
「……姉上」
「ウィルはいつまでたっても甘えん坊ね。もう14になるというのに」
「……歳は関係ありません」
「学校のご友人方が知ったら、さぞかしビックリするんじゃないかしら」
優秀な弟は、学校では秀才で通っている。
文武に秀でた弟を慕うものは多いらしい。
「姉上、約束してください」
「ふふ、何を?」
「ずっと、私だけの姉上でいてくださると……」
「それは無理よ」
体を離して苦笑する私に、ウィリアムが絶望したような顔になった。
いつもの澄んだ瞳が昏く翳っている。
深く傷ついたその様子に、心の底から喜悦が込み上げる。
もっと。もっと、だ。
更にもっと傷つけばいい。
「だって、その内あなたは、誰か良い女をみつけるわ」
寂しげに微笑んでみせる。
第一、事実だ。
こうやってウィリアムを縛り付けておけるのも、彼に恋人が出来るまでのこと。
だから今のうちに、彼に取り返しのつかない傷を負わせなければ。
でもこの数年、弟を傷つけようとして、全てが失敗に終わっている。
どんなに屈辱的なことをしても、弟は喜ぶばかりなのだ。
彼だけを裸にして、その体を弄り回したこともある。
戒めをして、更には目隠しをして彼を弄んだことも。
しかし、いつも彼は恍惚とした表情で嬉しそうに笑うばかりで、傷つく素振りは微塵も見せない。
弟を穢しているはずなのに、汚れるのは自分ばかりで。
彼の青い瞳は、澄んだままだ。
「それはありえません!」
「どうして? それに、あなたはこの家の嫡男よ? いつかは必ず誰か良い女性と結婚するのだから」
微笑む私に、ウィリアムがひゅっと息を飲んだ。
彼の瞳がますます翳る。
こんなことは、珍しい。
「……では、姉上は……。姉上もそのつもりで……?」
「そうね。……とは言っても、私のこの器量じゃ、いいところ修道院行きかしら」
「……そんなことはありません」
「それとも、家庭教師かしら?」
「……姉上は、……私が姉上以外の女性と一緒になっても平気なのですか?」
絞り出すように聞いてくる。
何を、馬鹿なことを。
「平気なわけないわ。寂しいに決まってるじゃない」
寂しい、そんな綺麗なものではない。
悔しい、恨めしい、呪い殺してしまいたい。
私の欲しいもの全てを手にしているくせに、更には幸せになるとか。
絶対、許さない。
そういった感情に蓋をして。ふわりと微笑む。
「でも、いつかはそうなるのでしょうね」
そっと弟の頬に手を添える。
相変わらず、白く滑らかなウィリアムの頬。
最近は多少肉が落ちてシャープになってきたけれども、それでもまだまだふっくりと柔らかい。
私の手に手を添えて、ウィリアムが愛おしそうに撫でた。
しかし、私を見据える瞳は翳ったままだ。
ずっと一緒には居られないと言われたことが、そんなにも気に入らなかったのか。
でも、そんなのは一時のこと。
思う女が出来れば、それが全てになるくせに。
そうなる前に、まだ私が弟の全てである内に、彼を壊したかったけど。
この美しい弟は、中々壊れてくれない。
やはり、無理なのか。
学校という外の社会を知ってしまった今は、余計に難しい。
復讐なんて無益なことはそろそろ諦めて、自分の身の振り方を考えた方が有益なのだろう。
悔しい。
「愛してます、姉上……」
「私もよ、ウィル。あなたは私の大切な弟よ」
この休暇が終わってから、ウィリアムから一通も便りがこなくなった。
これまで毎週欠かさず届いていたのに。
ついに、この時が来たのだ。
私はもう、彼の全てではない。
失敗したのだ。私は。
そもそも私ごときがあの強くて美しい弟を壊すなど、どだい無理な話だったのだ。
ただ。
弟は、父を毛嫌いしている。
姉の私を心から愛している弟は、私を粗略に扱う父が許せなかったのだ。
ことある毎に弟に反発され、蔑みの視線を向けられて、父は酷く傷ついた顔をする。
父のそんな顔を見る度に、私は嬉しくてしょうがない。
そんな私の気持ちを弟もわかっているのだろう、ますます父には冷たく当たるようになった。
きっと、彼等の父子関係は、修復不可能だ。
弟が父を愛することはない。絶対に。
そして一緒に暮らしてみてわかったことだが、あの売女も父を愛してはいない。
だからこそ余計に、父は弟を溺愛したのだろう。
結局、父も孤独なのだ。
ざまをみろ。
その点、私の復讐の半分は成功したといえる。
次の休暇、弟は帰ってこなかった。
やはり、私は失敗したのだ。
お茶会で上る話題に、弟の恋の話が。
同い年の子爵令嬢だそうだ。
脱輪した馬車に乗っていた彼女を助けたのが切っ掛けらしい。
それからちょくちょく、二人で町に居るところを見掛けると。
まるで何かの物語のようだ。
姉の私と、あんな淫らで汚れたことをしておきながら、なんとも健全な。
所詮、姉は姉。
弟にしてみたら、女ではない。
多少の疚しい記憶。子供の頃のこと。
今回帰ってこなかったのも、忘れてしまいたい過去の出来事の象徴である姉に会いたくなかったからか。
つまり、簡単に切り捨てられることなのだ。弟にとって、私は。
結局弟が帰ってきたのは、彼がもうすぐ16歳になるという頃の休暇だった。
2年振りに会う弟は、随分大人びていた。
子供の面影を残した少年の弟は、もうどこにもいない。弟は、もうすっかり男だ。
そして案の定、私とは目を合わせようともしない。
つまりは、そういうことだ。
弟にとって、もう姉の愛は必要ないのだ。
わかっていたことだが、それでもやはり現実として目の当たりにすると、腹の底が煮えくり返る。
あんなに面倒をみてやったのに。
愛してやったのに。
そう、私も気付いていた。
憎んではいても、やはり弟。
まったく愛さずにいるなど、ない。
それにいくら演技とはいえ、慈愛溢れる姉を演じるのは生半可なことじゃない。
それは、多少の愛があればこそできたこと。
でも、そろそろ潮時なのだろう。
私ももう、19歳だ。
ギリギリまだ結婚適齢期の私に、父が縁談を持ってきた。
相手は36歳の男寡。
幸い、かどうかはわからないが、前妻との間に子は出来なかったらしい。
10年以上の結婚生活で子供が出来なかったということだから、もしかしたら子供が出来ない体質なのかもしれない。まあ、前妻が、かもしれないが。
貴族ではないが、かなり裕福な貿易商だ。
不器量な私でもいいというのは、この貴族の血が欲しいのだろう。
それならそれでいい。
愛されなくても、追い出される心配はないからだ。
愛、など、とうの昔に諦めている。
その日、何気なく足を向けたバラ園で、偶然私は弟達に会った。
そう、弟達。
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彫刻のように美しい弟と、うっとり蕩けるような顔でピンクに頬を染めた可愛らしい娘。
むせ返るようなバラの芳香。
すうっと、体温が下がるのが分かった。
わかっていたが、わかっていなかった。
弟の中に私という存在は、もう、ない。
あの澄んだ湖のような瞳で、縋るように見つめられることはないのだ。
彼等に気付かれないよう、私は静かに踵を返した。
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