ただ今ヒツジ電話番

夏目はるの

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まなぶということ

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小さい頃の記憶は、ほとんどが同じ景色だ。

家の中で、夜でもカーテンを開けて窓ギリギリまで寄って三角座りをしていた。一人の夜が怖くて、月の明かりを頼りにシクシクと泣いていた。小さい頃の記憶はその場面ばかりで、今でも、よく夢に見る。



「ばあちゃん、おはよう。」
「天音くん、おはよう。今日は早いのね。」
「うん。今日登校日だから。」
「あら、そうだっだそうだった。」

テーブルに座るとばあちゃんが目玉焼きとお味噌汁を持ってきてくれる。もう朝食を食べ終わっているはずのばあちゃんも一緒にテーブルに座ってくれて、僕にはそんな些細なことがとても嬉しくて幸せだった。

「今日の紅茶、また違う匂い。」
「あら、よくわかったわねえ。先週また新しく買ってみたの。あとで入れるわね。」
「うん、ありがとう。」

ばあちゃんは紅茶が好きで、よく珍しい紅茶を買っては僕にも飲ませてくれる。正直僕には難しすぎる風味のものもあるけれど、「これは美味しくないね。」なんて感想を言い合うのもとても大切な時間だったりする。母の影響で香りが強いものはずっと苦手だったけれど、紅茶の香りは不思議と嫌じゃなかった。


「じゃあ、言ってきます。」
「はい、いってらっしゃい。千隼くんにもよろしく伝えておいて。」
「はーい。」

ばあちゃんに手を振って自転車に鍵を差し込む。僕が通っているのは通信制の高校だが、月に1回だけ登校日というものがあった。半日だけ、教室で集まって授業を受けるのだ。狭い空間にずっと座っていることも人の視線を感じることも最初はとても苦痛だったけれど、今ではもう普通に授業が受けられるようになった。こうやって自転車で街を走ることも昔の僕が想像もしていなかったことで、風がこんなに気持ち良いと言うことを知れてよかった。

今日の登校日は午後だから先に千隼のアパートに寄ることにした。チャイムを鳴らせば眠そうな返事が返ってきて、ガチャン、と鍵が開く。

「おー天音、はよ。」
「おはよ。これ、ばあちゃんから。」
「うわ肉じゃが!嬉し!!」

ばあちゃんから預かったタッパーを渡せば、先ほどまで全く開いてなかった目をかっぴらいて嬉しそうに笑う。そんな千早を見て思わず笑ってしまえばノールックでデコピンをされた、なんでだよ。

「そっか今日登校日か。午後から?」
「うん。千隼は授業は?」
「今日は2限から。もう少しで出るよ。」

大学3年生になった千隼は、いわゆる就活を始めていてなにやら忙しそうだ。新調したというリクルートスーツはクローゼットの一番手前にかけてあって、重々しい空気を放っている、気がする。

「授業終わったらまた寄ってもいい?」
「いいよ。もしかしたら帰るの遅くなるかもしれないから、夜ご飯、一人でもちゃんと食うんだぞ。」
「へいへい。」

ほんと、お母さんみたいだ。なんて思わず頬が緩んでしまう。バタバタと準備をして、千隼は慌ただしく部屋を出ていった。時計を確認して、まだ少し時間がある。ベットに寝転んで少しだけ目を瞑った。昨日の夜もあまり眠れなかったせいかスルッと意識が沈んだ。次に目を覚ました時にはもう学校に向かわなければいけない時間で、寝癖もそのままに慌てて自転車に飛び乗った。
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