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朝一、トコトコと階段を降りると、一人の騎士が扉の前に立っていた。
この部屋には夜は警備の方まで立っていたのね。
二重扉になってるから、全然気づかなかったわ。
「おはようございます」
ひょっこりと扉から顔を出し、私は外の騎士を見た。
んんん……。
「ウエスト卿?!」
「……あ、はい。ティア様……」
目の下にややくっきりとしたウエスト卿が、私の顔を見て乾いた笑みを浮かべていた。
どうしてウエスト卿がここにいるの?
この方はカイルの護衛騎士なのに。
しかも見るからに徹夜していたみたいだし。
「どうしてウエスト卿がこんなとこの警備をなさっているんですか」
「えー。それは成り行きです。成り行き。はい……」
「だって、目が死んでますけど?」
「ぼくはただ、報告をしただけなんですょーティア様」
「はあ」
「そしたらカイル様がそんなに仲がいいのなら、交代夜勤でも大丈夫だなって。いやね、夜勤でもいいんですよ、夜勤でも。ただココはちょっと……」
そう言いながら、少しうんざりしたようにウエスト卿は周りを見渡した。
あー。確か、こっち側の寄宿舎は女子生徒の区画なんだっけ。
そんなところに、一応でも貴族のウエスト卿かぁ。
華奢な体に柔らかく、優しそうな笑顔。
しかも騎士という職業。
普段からモテそうな人だものね。
きっと女子生徒たちは、興味津々になりそう。
「んと、可愛いコはいました?」
「どーしてそうなるんですか!」
「だってウエスト卿はモテそうですし」
「確かにモテますよ? モテますけど、そーいう問題じゃないんです」
モテるってとこは否定しないのね。
でもそうじゃないって、どういうことかしら。
モテ過ぎて困るとかなら、ある意味贅沢な気もするけど。
「まるで野獣の中に放り込まれた気分ですよ」
「あー」
モテすぎるのも~か。まぁ、貴族や平民からしても、ウエスト卿は優良物件ですもの。
顔はいい。安定している。あとは向こうの実家に入らなくていい。
それはモテるわよね。
「カイル様に私から話して、配置を変えてもらえるように頼みますね。さすがに可哀相ですから」
「いえいえ。いいんです。ここでまた、ティア様の口添えとかもう本気で死んでしまうので」
「前から思っているのですが、そんなにカイル様は怖いですか?」
「ん-。内緒ですけど、ティア様以外には結構容赦ないですからね」
「そんな風には見えないのに」
「見えないだけです」
そうなんだ。なんか、本当にそんな風には見えないんだけどなぁ。
この学園でも怒っているとこなんて一度も見たことないし。
「そうなんですね。んー、それなら私がどこかで働いているのがバレたら怒られてしまうかしら」
「え、は!? 今、なんて言いました?」
「怒られてしまうかしら?」
「その前です!」
「ん-? 私がどこかで働いているのがバレてしまったら?」
「ティア様、働くんですか?」
「ええ。ダメかしら」
「ダメでしょう、普通に考えて」
ウエスト卿も反対するのね。ん-。困ったな。お金は必要なのに。
「え、なんで働こうだなんて考えたんですか?」
「えっと、ここのお支払いとかお金もかかるし……あとは社会勉強?」
「なんでそこ、疑問符なんですか」
「ん-。なんとなく」
だって、お金とかお金とかお金だなんて、さすがに言えないし。
それに社会勉強っていうのも、嘘ではないし。
貴族令嬢ってだけで、一般的なことを知らないっていうのはダメだって学んだんだもの。
「あ、そうだわ。ウエスト卿、どこかでこっそり働けるトコ知りません? その代わりではないですが、ちゃんとカイル様を説得してみますから」
「だーかーら、死亡フラグを自分から量産する人がどこにいるんですか!」
「でもほら、バレなければいいわけだし」
「そうですね。バレたら、どれだけ大変か分かってます?」
「えー。バレるかしら」
「バレる確率のが恐ろしく高いと思いますよ」
「ウエスト卿、私を信頼してなさすぎですよ」
「信頼うんぬんよりも、ぼくはぼくの命が大切なんです。命大事に。コレゼッタイです」
「むぅ」
絶対にいい案だと思ったのに、こんなにかたくなに拒否されてしまっては仕方ないわね。
やっぱり、自分で探すしかないかな。
確か、学園内にもそんな掲示板みたいなのがあるって聞いたことがあるし。
それを見に行くのが一番ね。
「無理強いは出来ないから、とりあえず私の今の話は内緒にして下さいね」
「秘密の共有だけで死にそうなのは気のせいなんだろうか」
この世の終わりのように暗い顔をしながら、ウエスト卿は頭を抱えた。
ん-。ちょっといくらなんでも大げさだと思うんだけどなぁ。
でも折を見て、ちゃんと話さなきゃダメかもしれないわね。
なんで働きたいか、とか。
「きっと気のせいです。ティアはお散歩に出かけました。これ、ですよ?」
「……ティア様はオサンポニデカケマシタ」
「だから片言だから怪しいんですってば」
うなだれるウエスト卿を横目に私は歩き出した。
まだいろんな生徒が出てくる前に、出来るだけ人には知られないように仕事探しをしなくては。
ほんの少しウキウキする心と、先の見えない不安を抱えつつ掲示板を目指した。
この部屋には夜は警備の方まで立っていたのね。
二重扉になってるから、全然気づかなかったわ。
「おはようございます」
ひょっこりと扉から顔を出し、私は外の騎士を見た。
んんん……。
「ウエスト卿?!」
「……あ、はい。ティア様……」
目の下にややくっきりとしたウエスト卿が、私の顔を見て乾いた笑みを浮かべていた。
どうしてウエスト卿がここにいるの?
この方はカイルの護衛騎士なのに。
しかも見るからに徹夜していたみたいだし。
「どうしてウエスト卿がこんなとこの警備をなさっているんですか」
「えー。それは成り行きです。成り行き。はい……」
「だって、目が死んでますけど?」
「ぼくはただ、報告をしただけなんですょーティア様」
「はあ」
「そしたらカイル様がそんなに仲がいいのなら、交代夜勤でも大丈夫だなって。いやね、夜勤でもいいんですよ、夜勤でも。ただココはちょっと……」
そう言いながら、少しうんざりしたようにウエスト卿は周りを見渡した。
あー。確か、こっち側の寄宿舎は女子生徒の区画なんだっけ。
そんなところに、一応でも貴族のウエスト卿かぁ。
華奢な体に柔らかく、優しそうな笑顔。
しかも騎士という職業。
普段からモテそうな人だものね。
きっと女子生徒たちは、興味津々になりそう。
「んと、可愛いコはいました?」
「どーしてそうなるんですか!」
「だってウエスト卿はモテそうですし」
「確かにモテますよ? モテますけど、そーいう問題じゃないんです」
モテるってとこは否定しないのね。
でもそうじゃないって、どういうことかしら。
モテ過ぎて困るとかなら、ある意味贅沢な気もするけど。
「まるで野獣の中に放り込まれた気分ですよ」
「あー」
モテすぎるのも~か。まぁ、貴族や平民からしても、ウエスト卿は優良物件ですもの。
顔はいい。安定している。あとは向こうの実家に入らなくていい。
それはモテるわよね。
「カイル様に私から話して、配置を変えてもらえるように頼みますね。さすがに可哀相ですから」
「いえいえ。いいんです。ここでまた、ティア様の口添えとかもう本気で死んでしまうので」
「前から思っているのですが、そんなにカイル様は怖いですか?」
「ん-。内緒ですけど、ティア様以外には結構容赦ないですからね」
「そんな風には見えないのに」
「見えないだけです」
そうなんだ。なんか、本当にそんな風には見えないんだけどなぁ。
この学園でも怒っているとこなんて一度も見たことないし。
「そうなんですね。んー、それなら私がどこかで働いているのがバレたら怒られてしまうかしら」
「え、は!? 今、なんて言いました?」
「怒られてしまうかしら?」
「その前です!」
「ん-? 私がどこかで働いているのがバレてしまったら?」
「ティア様、働くんですか?」
「ええ。ダメかしら」
「ダメでしょう、普通に考えて」
ウエスト卿も反対するのね。ん-。困ったな。お金は必要なのに。
「え、なんで働こうだなんて考えたんですか?」
「えっと、ここのお支払いとかお金もかかるし……あとは社会勉強?」
「なんでそこ、疑問符なんですか」
「ん-。なんとなく」
だって、お金とかお金とかお金だなんて、さすがに言えないし。
それに社会勉強っていうのも、嘘ではないし。
貴族令嬢ってだけで、一般的なことを知らないっていうのはダメだって学んだんだもの。
「あ、そうだわ。ウエスト卿、どこかでこっそり働けるトコ知りません? その代わりではないですが、ちゃんとカイル様を説得してみますから」
「だーかーら、死亡フラグを自分から量産する人がどこにいるんですか!」
「でもほら、バレなければいいわけだし」
「そうですね。バレたら、どれだけ大変か分かってます?」
「えー。バレるかしら」
「バレる確率のが恐ろしく高いと思いますよ」
「ウエスト卿、私を信頼してなさすぎですよ」
「信頼うんぬんよりも、ぼくはぼくの命が大切なんです。命大事に。コレゼッタイです」
「むぅ」
絶対にいい案だと思ったのに、こんなにかたくなに拒否されてしまっては仕方ないわね。
やっぱり、自分で探すしかないかな。
確か、学園内にもそんな掲示板みたいなのがあるって聞いたことがあるし。
それを見に行くのが一番ね。
「無理強いは出来ないから、とりあえず私の今の話は内緒にして下さいね」
「秘密の共有だけで死にそうなのは気のせいなんだろうか」
この世の終わりのように暗い顔をしながら、ウエスト卿は頭を抱えた。
ん-。ちょっといくらなんでも大げさだと思うんだけどなぁ。
でも折を見て、ちゃんと話さなきゃダメかもしれないわね。
なんで働きたいか、とか。
「きっと気のせいです。ティアはお散歩に出かけました。これ、ですよ?」
「……ティア様はオサンポニデカケマシタ」
「だから片言だから怪しいんですってば」
うなだれるウエスト卿を横目に私は歩き出した。
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