【完結】妹の代わりなんて、もううんざりです

美杉日和。(旧美杉。)

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001 聞き分けのいい姉

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 屋敷の前にいつもの見慣れた馬車が横付けされる。
 私は自室の窓からそれを見た瞬間、待ちきれずに部屋を飛び出した。

 今年で18にもなるのにと母にはよく小言を言われるけど、会いたかったのだから仕方ないじゃない。

 そう自分に言い訳をして、エントランスへ向かうと彼が姿を現した。

 リオン・マクドール。侯爵家の次期当主であり、私の婚約者だ。
 黒く短い髪に、薄紫の瞳。背は私よりほんの少し高いくらいで、微笑むとえくぼが浮かぶ。

「リオン、待っていたわ」
「アイラ、ぼくも会いたかったよー」

 そう言いながらリオンは私を片手で抱きしめてくれる。
 彼の胸からは、花の匂いがした。

 私はその匂いが気になり、彼のもう片方の手を見る。
 そこには赤やピンクの花で作られた豪華な花束があった。

「リオン、それは?」

 もしかして、私へのプレゼントかな。
 どこか浮かれた気分で尋ねれば、またいつもの答えが返ってきた。

「あーいや、ほら、君の妹のマリンがまた体調を崩したと聞いてね。これはそのお見舞いだよ」
「そっか……ありがとう」

 私は彼に気付かれないように、そう笑顔を作った。
 仕方ないことよね。
 病人には親切に。これは両親もいつも言っていることだもの。

 むしろ病弱な妹まで気遣ってくれる優しいリオンなのだから。大切にしなきゃ。
 
 そう思うのに、どこか心が痛むのを感じる。
 だけど痛めば痛むほど、自分が醜く思えてしまい、私は首を横に振った。

「今、マリンは?」

 リオンはそう言いながら私の顔をのぞき込む。

「二階の自室で寝ているわ。でもあなたがお見舞いに来てくれたって言えば、きっとよろこぶと思うわ」
「そうか。よろこんでくれるといいけど」

 どこか浮かれたような表情の彼に、我慢していても悲しくなってくる。

「そうね」

 そう返すのが私には精一杯だった。
 そしてそのまま彼を私の部屋の隣にある、妹のマリンの元へ案内する。
 
 定義上妹とはいっても、マリンと私は双子の姉妹。
 どちらかが上で、どちらかが下ということはない。

 部屋をノックすれば、思ったよりは元気そうなマリンの声が返ってきた。

「きゃー、リオンさま。マリンのお見舞いに来て下さったの?」

 ベッドに横たわる妹は満面の笑みで、やや頬を赤くさせながらそう言った。

 私たちが部屋に入ると、マリンの専属侍女たちはそっと部屋から退出していく。

「ああ、君がまた倒れたと聞いて心配になってね。ほら、お見舞いのお花だよ」
「うれしい、すごくうれしいわ」

 満面の笑みで、マリンはリオンを見つめていた。

 私と同じハニーブロンドの髪に、ルビーのような瞳。
 その造りはまったく同じだというのに、いつでも私たちは比較の対象だった。

 どこまでも愛くるしい妹に、聡明な姉。
 聡明と言ってしまえば聞こえはいいが、実際は揶揄されていることも知っている。

「ねぇ、久しぶりだからお話いっぱい聞きたいわ」
「ああ、そうだな……」

 リオンは私の顔を窺うように、こちらを見た。
 こんな時、正直どんな顔をすればいいのか分からない。

 だって久しぶりに彼と会って、たくさんの話をしたいのは私も同じなのだから。

「ねー。いいでしょうお姉さま。あたし、ここから動けないんだもの」
「……そうね」

 嫌だと思っていても、そう答えることしか出来ない。
 彼を一人占めされるのも、こうやってわざと妹ぶられるのも、本当は全部嫌だった。

 だけどそんなことを顔に出してしまえば、みんな私のことを薄情だと責め立てるだろう。

 だからどんなに嫌でも、私にはそれを飲み込むことしか許されてはいなかった。

「あとで君の部屋に行くよ」
「ええ。待ってるわ」

 どこまでも聞き分けのいい姉を演じ、私は自分の部屋に戻る。
 隣の部屋から聞こえてくる二人の笑い声に、私はただ耳をふさぐことしか出来なかった。
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