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第一章
1.目覚め
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目覚ましの爆音が早朝の部屋に響き渡った。
意識は瞬時に覚醒したが呼吸が上手くできない。それどころか思った通りに体が動かず、もがきながら布団を跳ね除け織笠悠は飛び起きた。
「――ああああああああああああああああああああ がはぁ! ゲホッげほ!」
髪は汗で顔に張り付き、中性的な整った顔は血の気を失い強張っている。
肩を上下させ、なんとか呼吸を再開した。無理矢理にでも酸素を取り込んでいく。飛び起きたせいなのか、視界が霞むような眩暈と頭痛に襲われベッドに勢いよく倒れてしまった。
あまりにも酷い寝覚め。
「……俺……生き、てるよな……?」
まだ枕元でベルを鳴らし続けている目覚まし時計を叩き止める。それでも痛む頭の中ではまだベルがけたたましく騒いでいた。
目を閉じ、全速力で走った後のように暴れる心臓を落ち着かせる。乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと深呼吸。数度冷たい空気を肺に入れると、ようやく異常なほど乱れていた体は落ち着きを取り戻していった。
頭の中の喧しかったノイズも無くなり、眩暈と頭痛も次第に消えていった。
「――なんて、悪夢……だ」
生々しいまでの死の感覚は、未だに覚えていた。
強く結んでいた瞼を開くと、一面には見慣れた天井。
カーテンの隙間から差す日光に思わず目が霞む。外はとても爽やかな朝を迎えているらしい。
「死んで目が覚めるなんて……気持ちのいい朝が台無しだろ」
体は重たく、まるで寝た気がしなかった。
蹴り飛ばした布団を手繰り寄せ、再び枕に深く沈み込む。凍えるほどでは無いものの肌寒い。体温の残っている布団による誘惑と睡魔に誘われ、意識は再び眠りにつく態勢に。
「――兄さん? 大丈夫ですか? この世の終わりのような絶叫が聞こえましたけど」
至福の二度寝タイムに突入しかけた時だった。戸をノックする音が彼を現実へと引き戻す。部屋のすぐ外から聞こえてくる声は彼のよく知るものだ。
「入りますね、嫌だとおっしゃっても入りますが」
彼が返事をするよりも早く、無情にもドアノブは捻られた。
断りもなくズカズカと部屋へと侵入してくる、セミロングの茶髪の少女。水玉のパジャマの上にピンク色な無地のエプロンを着けている。
少女はベッドへ一直線に向かってくると、勢いよくベッド脇のカーテンを全開にした。
彼女の表情は、膨れ上がった布団がもぞもぞと動いていることを確認すると一瞬安堵したかのように緩んだ。が、すぐさま呆れ顔へと豹変する。
「はぁ……せっかく自宅療養が終わって登校できるというのに始業式からサボるおつもりですか?」
少女は惰眠を貪る愚か者を制するかのように細い腕を組んで仁王立ちの姿勢を取る。
「―……―亜紀、頼むからもう少しだけ寝かせてくれ。夢の中で殺されたから疲れてんだ」
「はい?」
重たい瞼を上げ、薄目で布団の垣間から少女の表情を盗み見る。彼の妹である織笠亜紀は、吊り上がった切れ長の目を鋭くさせていた。眉間に皺を作りながら、兄を憐れんだ目で見ている。
「はぁ……何をバカなこと言っているんですか。顔を洗ってスッキリしてからリビングまで下りてきてください。朝食はもうできていますから」
亜紀は大きなため息を一つ零すと部屋から出て行った。戸がゆっくりと閉まっていく。
妹に小言を言われた手前、二度寝をこのまま決め込むのも流石にバツが悪い。
彼の部屋は一戸建ての二階、東向き、六畳の何の変哲もない一室だ。室内には物があまりなく、あっても机と漫画が数冊しかない本棚とベッドくらい。高校生のくせに老人のような部屋、と亜紀に変な目で見られる生活感の欠落した空間だった。
壁に掛けられている無地のカレンダー、四月五日には黒いペンで『始業式。目覚まし時計忘れずに』と言うメモが書かれていた。綺麗な整った字だがまだどこか女の子っぽさが残る丸文字には見覚えがある。
なんだかんだと言いながら、こうして兄を起こしに来てくれる可愛い妹に悠は思わず笑みをこぼした。
観念し、悠は布団から這い出る。
清明。春の始まりには相応しい天気だ。
欠伸を堪えつつ、眠たさに目を閉じそうになるが寝巻にしていたジャージの上着を脱いだ。そのまま部屋のクローゼットに掛けられている制服とワイシャツを手に取る。アイロンの糊が程良いブレザーとズボンは彼の通っている奏風高校の制服だ。
「制服を着るのは――四ヶ月ぶり、か?」
ふと、右胸に視線を落とした。
そこには悪夢で見た、死に至るような傷などもちろん存在していない。
意識は瞬時に覚醒したが呼吸が上手くできない。それどころか思った通りに体が動かず、もがきながら布団を跳ね除け織笠悠は飛び起きた。
「――ああああああああああああああああああああ がはぁ! ゲホッげほ!」
髪は汗で顔に張り付き、中性的な整った顔は血の気を失い強張っている。
肩を上下させ、なんとか呼吸を再開した。無理矢理にでも酸素を取り込んでいく。飛び起きたせいなのか、視界が霞むような眩暈と頭痛に襲われベッドに勢いよく倒れてしまった。
あまりにも酷い寝覚め。
「……俺……生き、てるよな……?」
まだ枕元でベルを鳴らし続けている目覚まし時計を叩き止める。それでも痛む頭の中ではまだベルがけたたましく騒いでいた。
目を閉じ、全速力で走った後のように暴れる心臓を落ち着かせる。乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと深呼吸。数度冷たい空気を肺に入れると、ようやく異常なほど乱れていた体は落ち着きを取り戻していった。
頭の中の喧しかったノイズも無くなり、眩暈と頭痛も次第に消えていった。
「――なんて、悪夢……だ」
生々しいまでの死の感覚は、未だに覚えていた。
強く結んでいた瞼を開くと、一面には見慣れた天井。
カーテンの隙間から差す日光に思わず目が霞む。外はとても爽やかな朝を迎えているらしい。
「死んで目が覚めるなんて……気持ちのいい朝が台無しだろ」
体は重たく、まるで寝た気がしなかった。
蹴り飛ばした布団を手繰り寄せ、再び枕に深く沈み込む。凍えるほどでは無いものの肌寒い。体温の残っている布団による誘惑と睡魔に誘われ、意識は再び眠りにつく態勢に。
「――兄さん? 大丈夫ですか? この世の終わりのような絶叫が聞こえましたけど」
至福の二度寝タイムに突入しかけた時だった。戸をノックする音が彼を現実へと引き戻す。部屋のすぐ外から聞こえてくる声は彼のよく知るものだ。
「入りますね、嫌だとおっしゃっても入りますが」
彼が返事をするよりも早く、無情にもドアノブは捻られた。
断りもなくズカズカと部屋へと侵入してくる、セミロングの茶髪の少女。水玉のパジャマの上にピンク色な無地のエプロンを着けている。
少女はベッドへ一直線に向かってくると、勢いよくベッド脇のカーテンを全開にした。
彼女の表情は、膨れ上がった布団がもぞもぞと動いていることを確認すると一瞬安堵したかのように緩んだ。が、すぐさま呆れ顔へと豹変する。
「はぁ……せっかく自宅療養が終わって登校できるというのに始業式からサボるおつもりですか?」
少女は惰眠を貪る愚か者を制するかのように細い腕を組んで仁王立ちの姿勢を取る。
「―……―亜紀、頼むからもう少しだけ寝かせてくれ。夢の中で殺されたから疲れてんだ」
「はい?」
重たい瞼を上げ、薄目で布団の垣間から少女の表情を盗み見る。彼の妹である織笠亜紀は、吊り上がった切れ長の目を鋭くさせていた。眉間に皺を作りながら、兄を憐れんだ目で見ている。
「はぁ……何をバカなこと言っているんですか。顔を洗ってスッキリしてからリビングまで下りてきてください。朝食はもうできていますから」
亜紀は大きなため息を一つ零すと部屋から出て行った。戸がゆっくりと閉まっていく。
妹に小言を言われた手前、二度寝をこのまま決め込むのも流石にバツが悪い。
彼の部屋は一戸建ての二階、東向き、六畳の何の変哲もない一室だ。室内には物があまりなく、あっても机と漫画が数冊しかない本棚とベッドくらい。高校生のくせに老人のような部屋、と亜紀に変な目で見られる生活感の欠落した空間だった。
壁に掛けられている無地のカレンダー、四月五日には黒いペンで『始業式。目覚まし時計忘れずに』と言うメモが書かれていた。綺麗な整った字だがまだどこか女の子っぽさが残る丸文字には見覚えがある。
なんだかんだと言いながら、こうして兄を起こしに来てくれる可愛い妹に悠は思わず笑みをこぼした。
観念し、悠は布団から這い出る。
清明。春の始まりには相応しい天気だ。
欠伸を堪えつつ、眠たさに目を閉じそうになるが寝巻にしていたジャージの上着を脱いだ。そのまま部屋のクローゼットに掛けられている制服とワイシャツを手に取る。アイロンの糊が程良いブレザーとズボンは彼の通っている奏風高校の制服だ。
「制服を着るのは――四ヶ月ぶり、か?」
ふと、右胸に視線を落とした。
そこには悪夢で見た、死に至るような傷などもちろん存在していない。
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