或る紅月の世界に叛逆を

餡黒

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第一章

10.放課後

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「ご迷惑をおかけしました」

 保健室の戸を閉め、悠は誰もいない廊下へと出た。

「……寝すぎた……もう完全に放課後だぞ」

 突如として現れた乃瀬エリカ。
 彼女が去ると同時に意識を失ってから、実に数時間が経っていた。とっくに昼は過ぎてしまっている。始業式のある今日は午前中で学校は終わっているので、結果的にサボることになってしまったわけだ。
 悠が目覚めて少ししてから、担任の月村鏡が様子を見に来た。体調のことをいろいろ聞かれたのだが、今は落ち着いている。乃瀬エリカや昔のことを思い出そうとしなければ頭痛も眩暈もなかった。

 すっかり日が傾き始めた放課後。瑩が持ってきてくれたらしいカバンを持ち直し、保健室に背を向け廊下を歩き始める。
 照明の付いていない東向きの廊下は薄暗く静かだった。
 午前中で学校が終わっていれば、わざわざこんな時間まで残っている物好きな生徒もほとんどいない。休みの無い運動部は絶賛汗水垂らして頑張っているが、文系などの部活動は基本的に休み。放課後にはいつもは聞こえてくる吹奏楽部や軽音部の奏でる音は無い。校舎内が別の場所のように錯覚してしまう。

 手持ち無沙汰でポケットからスマホを取り出して開く。すると悠と瑩、千鶴の幼馴染メンバーしかいないグループチャットにメッセージが一件入っていた。

『悠の鞄を届けに保健室寄ったんだけど、熟睡しているみたいだから先に帰るね。起きたら連絡ちょうだい。亜紀ちゃん、ちーちゃんと四人でお昼ご飯食べに行きましょう!』

 可愛らしいスタンプに挟まれた瑩からのメッセージの受信時刻は今から四時間以上も前。現在時刻は午後二時を過ぎており、ランチタイムはとっくに終わっていた。
 なんだか申し訳ない気持ちになりながら返事を打つ。

『悪い、今起きた。今日はこのまま帰るわ』

 するとすぐに既読が二つ付いた。あまりの反応の速さに悠は目を丸くする。

『おう、おつかれ。無理せず休めよ』

 最初に千鶴からの返信が来た。
 適当なスタンプを返し、画面を消してポケットにスマホを戻した。そして再び廊下を歩きだしたのだが、ポケットに突っ込んだばかりのスマホが震える。

「……ん、今度はショートメッセージか?」

 ポケットのスマホが連続的に震えた。取り出しメッセージを開いてみると、差出人は妹の亜紀からだった。

『差出 : 亜紀
 件名 : 無題
 本文 : 兄さん、馬鹿なんですか?
 私は姉さんと獅子神さんとこのまま遊んでから帰りますので。夕飯の買い出しくらいはしておいてください。この唐変木』

 顔文字も絵文字も愛嬌の欠片もない罵詈雑言のメッセージ。

「……なんで?」

 返事を返すのも面倒だったので、亜紀のメールは既読無視。スマホを再びポケットに捻じ込んだ。
 放課後にあるはずの喧騒。それらがない空間は自分が一人だということを強く思い起こさせ、嫌なことばかり思い出しそうになる。ついつい記憶を深掘りしそうになってしまい、悠は考えるのを辞めた。また倒れでもしたらたまったものじゃない。

「嫌な記憶の方が多かった気がするけど、何も思い出せないってのは気持ち悪いな」

 昇降口で革靴に履き替え、警備員に会釈して校門を抜ける。朝も登ってきた長いS字の坂を下っていくが、丘の上には学園くらいしかないので悠の他には誰も歩いていない。

「夕飯の買い物もあるし駅前まで行くか」

 いつも使っていた通学路を通り過ぎ、家とは逆方向の奏風駅方面へと続く道を進んだ。
 学園から奏風駅までは歩いて一〇分ほど。平日の昼過ぎでも、駅前はそれなりの人で賑わっていた。ファストフードやカラオケ、ゲーセンなどがある繁華街に寄り道せず、悠は通いなれたスーパーへと向かう。
 夕食の買い出しを命じられたとはいえ、調理するのは妹の亜紀である。何を買ってこい、という指定がなかったので悠は自分の食べたい物を適当に籠に突っ込んでいった。
 悠自身、台所を妹に占領されているだけで料理ができないわけではなかった。レシピさえあれば人並程度には作れるので買い物でそれほど悩むことはなかった。

 二日分の食材や日用雑貨を適当に買い、スーパーを後にする。結局買ったのはカレーのルーとその材料だけ。軽いレジ袋を、開いている方のもう一方の手で持ちながら賑わう繁華街を進む。
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