夜闇のかげろう

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あなたが悪いのよ

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「すず~次の合コンだけどさー 」

あの日以来、あの家は私たち2人のものではなくなっていた。今頃どんな姿になっているのか、どうな生活をしているのか想像しようとも思わない。もう二度と彼の姿を思い浮かべることなどないだろう。

「ちょっとすず、聞いてる?」
「ん?うん、聞いてる 聞いてる」
「ウソをつけ、テメェー まーた元彼のこと考えてたんだろ」
「考えてないよあんな引きこもり」
「いやいや顔に出てたぞ『雄介いま大丈夫かなぁ』って」
「出てません」
「いーや出てたね、絶対そう」

私があいつのことを考えてた?そんなわけないでしょ。使った後のトイレットペーパーの
ことを考える奴がいる?下水道の中をどんな気持ちで流れていったんだろう?って考える奴がこの世のどこにいますか。それとおんなじよ。

「あのゴミは、けつ毛たっぷり汗だく肉だるま親父の尻に拭かれてきったねぇ下水道の中を人生後悔しながら流されていけばいいのよ!はぁはぁ、」
「、、、、、、」
「、、、、、、」
「ぷっ、あはっはははは、まさか、あのすずからそんな言葉が出てくるとは、あはっは」
「玲奈だってわかるでしょ!あいつ結婚式の時から」
「分かってるって何度も聞いたよその話」

そう、結婚式の日あのヤローは約束していたサプライズを何も用意して来なかった。ましてや、そのことに対して謝罪の一言もなし。
まあ、それが原因で離婚をするほど怒りが溜まったわけではないが、問題はその後だ。
それから奴は自室にこもりっきりで何をしているのか聞いても、うんともすんとも言わず
はぐらかし続ける毎日。私はそれに耐えられなくなりキレて家から出て来たというわけ。なぁ?あいつ酷いだろ?

「だから、元彼忘れるために新しい出会い探してあげてるんだろ」
「ほんと、玲奈さんあざっす」
「うむ。話戻すけどさ、今度の合コンすずも誰か誘ってくれない?1人でいいからさ」
「えーやだ。私の周りいい男いないもん」
「人数合わせだから誰でもいいよ。」
「クズ男みたらフラッシュバックするからやだ。」
「あんた我が儘すぎ、お嬢様かよ」
「元カレ忘れさせてくれるんじゃなかったの」
「私これでこの会13度目 あっその日ちょうど金曜日だしジェイソンでも連れて来るか
体バラバラにすれば記憶も忘れるかも」
「、、、」
「私が探します」
「えっ!ほんと!ありがとう玲奈!」
「ん~、私にかかれば坂口健太郎だろうが菅田将暉だろうが阿部寛だろうが、どんな男が相手でも誘ってきてやるわ」
「阿部寛はいい」
「阿部寛の何がいけないんじゃ、ローマ顔で高身長、あの低い声から放たれる言葉は全てが勇ましい。まさに獅子の遠吠え」
「それのどこに断る理由があろうかいやない!」
「はいはい」
「なんだその返事は!あのお方はなぁ!ー

そう語る彼女の方が獅子の遠吠えのようだ。暗い夜の中を霧を晴らすように私の視界を明るくする。私は合コンに行きたいんじゃない。玲奈と今みたいに馬鹿な会話して、朝になるまで酒飲んで酔っ払って、そうやって
楽しいことで頭の中をいっぱいにしたいだけなんだ。

「~どうだ。理解できたか」
「うんすごく分かったから、ちょっと黙ってて」
「きさま~!!」

こうやって2人で笑い合ってると自然に彼のことを忘れていく、今では声も仕草も思い出せない。寝る前に毎日聞こえる『おやすみ』の
一文字も、もう蘇ることはない。答えにくい質問に頬を掻いて苦笑するあの顔も、もう二度と見ることはない。あんなに好きだった彼の、何を考えているんだ私は、忘れたいんじゃないのか。まだ頭の片隅にこびり付いているのか。ははっ馬鹿じゃないのか私
悪いのはあなたじゃないか

吐き気と頭痛に起こされて朝を迎える。
昨日あんなに飲むんじゃなかった。馬鹿だなぁ私たち

「痛ぇ、ほら玲奈起きて、朝ごはん作るよ」
「ふへぇ?わさびごはん?」
「朝ごはん、ほら起きる」

自分の布団を畳んでから玲奈の布団を引っ剥がす。今日の朝食はフレンチトーストだ。
彼は今日もどうせ鮭だろ。
おっといかんいかん

「えーまたこれー私フレチンもう飽きたよ」
「文句言うなら食わなくていいですよ」
「へいへい」
「今日何時に帰って来るの?」
「21時」
「いやーお勤めご苦労様です」
「あんたは?」
「1時」
「いやーお勤めご苦労様です」
「キャバ嬢舐めんなよ」
「そろそろ行かなきゃ」
「えーもう、もうちょっと居ようよ」
「それじゃあ行ってきます」
「ちょっと待って」

突然のハグにいつも動揺してしまう。『いってらっしゃい』と抱き合って満足したのか満面の笑みでこちらに微笑みかけてくる。それに応えるようにこちらも『いってきます』と
笑顔を作る。上手く出来てるかは分からないけど、あの人の前よりは作っていない。会社に行く途中でも彼女の温もりが残って安心する。玲奈の前では取り繕わないでいられる。
それが何よりも心地よくて何もかもが介入出来ない私の居場所なのだ。そう今はあの家が私の居るべき場所なんだ。

「ただいま、って言ってもいないか
確か1時に帰るって言ってたっけ。」

鞄を置いてソファに寝転ぶ。天井を見つめながら冷房の音に耳を傾けさせられる。働いた疲れが溜まって何もやる気に起きない。
合コンも玲奈が開いてくれるから行くけど
最近休みがなくて、いい人と話しても不機嫌な態度を取ってしまう。私のために呼んでくれてるのに申し訳ない、今日玲奈に言って合コン開くのやめて貰おう。玲奈にはしっかり謝らないとな

「玲奈早く帰ってこないかなぁ」
(雄介と居たら落ち着けたのかなぁ)

何考えてんだ私、別れたやつのことなんて考えて。あんな奴と一緒にいて心休まることなんてないに決まってる。自室に引きこもってろくに会話もしない奴と暮らしてたって安心なんてするわけない。あの家に戻ることはもうない、こんな風に思わせるのは全部あなたのせいなんだから

「あぁー!なんで私の方がこんなにも悩み疲れなくちゃなんないのよ!このクソ雄介がーー!!!」

ピンポーン

「はい!なんです」
「うるせーぞガキ!何時だと思ってんだ」

バタンッ

(ケッ私だって叫びたくて叫んでんじゃないっつうの)
(今何時?、、、23時か)

「気晴らしに散歩でも行くか」

こんな時間に1人で外に出るのは久しぶりだ
人通りは少なく街灯が煌々と光っている
夜風が肌をさするのが心地いい、たまには涼しいのもいいかもしれない、そう思いながら夜に酔いしれる。朝は嫌いだ、人は多いし
会社に行かなければならないし、照りつける太陽は眩しいし暑い。雄介を思い出す。

「またか」

忘れていると思い込んでいた、顔も声もあの時の笑顔も。後悔なんてしないと思っていた
誰かが、何かが覆い隠してくれると。そう願い続けていた。

「あっ流れ星」

私もあの星のように何もない暗闇の中を何も考えずに流れられたらどれほど楽なんだろうなぁ。私の願いもお星様は叶えてくれるのかなぁ。そんなことを考えてる間にあの時の公園が目に入ってくる。

「、、、」

周囲を見渡して何かを探している。いるはずもない誰かと会うために。

「何してんだろう私」

そろそろ帰ろうと思ったその時に1人の人影が見えた。私は咄嗟に草むらの中に隠れた。息を殺してじっとその影を見つめる。何してんだ私は不審者か。街灯が切れてて上手く顔が見えない、黒のシャツに黒のパンツだけは見えた。あっちの方が不審者じゃんって知らない人だったら失礼か。そんなことを考えてる間に彼の顔が見えた。目元まで伸び切ったボサボサの髪に、痩せこけた顔、寝不足なのか目の下に隈ができている。よく見るとシャツを反対に着ていた。私といた時より全くの別人になっている。なのに、見た瞬間に彼だと分かった。

(どうしてここにいるの)

彼もまた誰かを探すように周囲を見渡していた。鼓動が早くなる。後ずさるように後ろに手を回すと落ちていた木の枝に触れてしまった。

パキッ

それを聞いた彼がこちらに近づいて来る。
私の鼓動はより早くなり、終にその場から逃げてしまった。

「あっ、、、」

その声を置き去りにして玲奈の家に駆けていった。分からない分からない分からない私はあそこで何をしたかったんだ。なぜ茂みに隠れて彼を見ていたんだ。どうして今こうやって彼から逃げているの。分かんない分かんない分かんない。夜風に逆らい街灯が反射する汗を掻きながら私は走った。

玲奈の家に着いてもこの鼓動が止むことはなかった。




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