幸せになりたいモブ♂の話

ぐるぐる

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歴戦のモブ♂、まさかの朝チュン。

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 その後。
 つままれる鼻の痛みでヒンヒン情けなくグズりだした俺を、彼は甘い眼差しで見つめながら問答無用に口付けてきた。
 鼻をつまんだまま。
 これって、呼吸できなくない!?

 ちゅー、きす、せっぷん、べーぜ。
 一般的にそう呼ばれるような、ロマンも可愛げも愛情もあったモンじゃなかった。
 俺の初めてのソレは、でぃーぷ、べろ、唾液、吸引。
 効果音として表現するなら『ぶっっっぢゅるrrrrr』だ。
 初対面の男とキスしてるとかキモチイイorキモチワルイとかそんな些細な事を考えてる余裕もなかった。
 そのまま窒息、もしくは唾液で溺れたに違いない。
 こ、ころされる…?と思った瞬間、物理的にも精神的にも限界がきて、俺は見事に気を失った。

 気付いたら朝。
 知らない天井を、ふかふかのベッドから見ていた。
 ……全裸で。
 慌てて起き上がろうとしたら、腰が爆発していて動けなかった。
 何となくだが、菊の門(隠語)にも違和感……。
 聴いた話から想像でしか知らなかったのだが、もしかしてこれ……処女♂喪失…!?

 …お……オトモダチからって、言ったじゃん…!!!

 ガチで泣きそうなんだが…?





 この物語が始まった頃。
 まず調べたネット情報により、どうやら現代社会でのボーイズラブの世界に変化が起きている事は知っていた。
 最初は美形♂と美形♂のカップルにしか需要が集まらなかったのに、ちょい前から平凡♂が、昨今ではモブ♂にも陽の目が当たるようになったとか。
 ストライクゾーンは狭まるどころか老・若・男・男の娘に留まらず、筋肉、人外、無機物にまで拡大し続けているとか。
 それらをフーンなんて小指で鼻を抉りながら、自分は永遠にただの背景の一部だなと考えていた当時の俺は、あまりにも危機感がなかった。

 思い返せばまず、物語開始前に公開された『今回のメイン攻め枠』の顔を見た瞬間、俺の胸をちょっとだけトゥンク…ってさせたところから、既におかしかった。
 今までそんな事は皆無だったから、前生の死に際が原因で身体に不調があるのかな、程度に思って気に留めなかったのだ。
 どんな美形♂相手でもトキメかなかった俺は、ボーイズラブの物語の住人でもノンケなのだと信じて疑っていなかったのもある。

 そして更に、『今回のメイン受け枠』がモブ♂指定で、それ以外の情報がまったく公開されなかった事もおかしかった。
 いつもなら女の子みたいな顔した美少年や、攻め枠とはタイプの違うイケメン………そうでなきゃ、どこにでもいそうな顔だがどこか愛嬌のある人物♂が表示されるはずなのだ。
 それが無かった段階でもっと真剣に、深刻に考えていれば、自分が受け枠に宛てがわれる可能性が微レ存である事にも思考が行き着くはずで、部屋の外に出る回数を減らしたり外出するにも顔を隠したり、外では常に隠密行動を心掛けたりと、何かしらの対策はできたはずなのに。
 気付けばいつも通りに物語は始まってしまっていて、自分がその中心に立たされていた。

 思えば、そうやって警戒心を持たせないのが狙いだったのかもしれない。
 モブなんて、好きでモブやってるやつが大半なのだ。
 メイン枠におさまって思い切り目立ってイチャイチャチュッチュしたい、大暴れしたい野望持ちはすぐにのし上がっていくからだ。
 物語は無数に存在し、その数だけメインキャラクターが必要で、しかも今なら誰もが自由に、気軽に物語を書く事ができる。
 そう、世は、大ボーイズラブ時代なのである!!

 ……ふざけてる場合じゃなかった。
 そもそも物語と一言に言ったってボーイズラブだけじゃないし。
 メインキャラクターはいくら存在してもむしろ足りないくらいだ。
 人材不足と言える。
 それをモブ♂指定だなんて、ますます人材不足だろうに。

 もしかしたら、俺だけ…モブ♂本人にだけ受け枠の情報がなかったのか?
 モブ♂らしい動きをしてもらうために?
 うわぁ、超有り得る~。

 あまりの現実に、深い、それはもうふかぁ~~~い溜め息がもれる。
 それを耳聡く聞き付けた、満面の笑みを浮かべた大天使様♂がこちらに歩み寄ってきた。
 いたのか。
 自分の惨状に気を取られすぎていたようだ。

「起きた?大丈夫?」

 いいえ、死んでます。
 おもに心と下半身が。
 やっぱり昨日が俺の命日だったんだ。
 俺の処女♂の命日。
 お葬式しなきゃ。

「ちょっと、無視しないで」

 ヤメテ、そんな甘い顔してでこチューとかしないで。
 恋愛未経験の万年モブ♂には耐性がない。
 恥ずかしすぎる。
 死ぬ。
 恥ずか死。

「朝ご飯は?」
「…イタダキマス」

 ん? と思って、首をさすった。
 ノドが…痛くない。
 よくある、啼かされすぎて目覚めたら声ガーみたいな……他所様から聴いた知識でしか知らないけど。

「ノドが無事と言うことは……俺はまだナニも喪っていないのか?!」

 変わらず腰は悲鳴をあげている現実を認めず、過剰に俺が喜んでいるように見えたらしい。
 大天使様♂は笑みを深めて俺を絶望の淵に叩き落とした。

「意識ないノンケに最後までするワケ無いでしょ。ハジメテを奪うなら意識がないとね。昨夜は味見しただけ」

 ちょっと、やり過ぎちゃったかもね(ハート)って言いながら眼前の大天使様♂、無駄にエロい顔して舌なめずりしやがりました。
 何故か反射的に疼き出す、尻。
 ま、まさかこの御方、俺のケツの穴を…舐め……、いや、いやいやいやむりむりむりむり。
 考えるな、これ以上は考えるな、死ぬぞ俺。

「うっ、」

 ご飯に誘われるままベッドをおりようとしたら、やっぱり腰に鈍痛。
 待ってよ、本番シてないのにこんだけ腰が痛いの?
 どんだけ長時間イジリ倒したの、俺のケツを??
 やだ、むり、よくわかんないけど涙が出ちゃう。
 痛みと羞恥と混乱でベッドに蹲ったまま動けなくなった俺の為に、大天使様♂は朝食をお盆に乗せて持ってきてくれた。
 永○園の鮭茶漬けだった。
 うん、これ美味しいよね、わかる。

 大天使様♂はたぶん料理ができないんだな、天使だもんな、人間だけど。
 料理スキル、必要なかったよな、うんうん。
 あの顔で、俗に言う『プライベートも完璧なシゴデキスパダリ♂』ではなさそうな片鱗に、ちょっと安堵してしまった自分がいた。
 あの美しい顔で……そっかぁー。

 と、超絶失礼な思考を読まれたのか、その腹癒せなのか何なのか、大天使様♂は俺を病人扱いして「あーん」でないとご飯を食べさせないという苦行を強いてきた。
 こちらを見つめる視線の柔らかさとか、話しかけてくる声の甘さとか、何かもう色々恥ずかしすぎて、お家帰りたいなぁ…なんて思いながら、外を一望できちゃうどデカい窓の向こうを見た。
 清々しい朝の、春の陽気が室内に射し込んでいるのに、まるで自身が遠いところに来てしまったような気がした。
 昨日までただのモブ♂だったのに。
 そう、地上のどん底から、まるで空の上に来てしまったような…………、

 空の上???
 え、待って、景色が変なんだけど。
 地上遠くない?????

「ここ、地上53階だよ」

 やっぱりスパダリ♂なのかもしれない。
 あのお茶漬けは俺の庶民レベルに合わせてくれただけなのかもしれない。

 高い、こわい。
 ここ空気薄くない?
 気付かないフリしてたけど、この部屋めちゃくちゃ広いし、天井も高いし、もしかして53階がまるまる大天使様♂の家なんじゃ?
 家賃とか目が飛び出るレベルなんじゃ???

 マジで帰りたい。
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