あのクローゼットはどこに繋がっていたのか?

あろえみかん

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掌からこぼれ落ちる集められた真実

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その後、捜索されたその部屋からはそれ以上の物は見つからなかったものの、その服は明らかにクローゼットの壁に隠されていた。警察で改装の履歴の詳細を追っていくものの、その施主はクフリードの修繕を行っていた工務店で、特に怪しい点が見当たらない。そしてそのクローゼットに関しては修繕時も扉を付け替えたのみで、中の壁はそのままだったと言う。記録写真を確認しても施工していない壁の写真は確認しようがない。遺体が出た訳でもないこの通報はある程度の捜査がなされると、段々とそこに割く時間は少なくなっていった。鑑識に回されたその衣服にしても、手の空いた所で見てくれればいいからと後回しにされていく始末。最後まで担当するとまとめの報告書を書かなければならないからと押し付けられていた新米刑事の水野はどうクローズさせたらいいものかと頭を悩ませていた。

マンションの管理会社から同日に受けていた騒音と水漏れの連絡に関しても情報共有されており、一旦その住人にも聞き込みを行いはしたものの、要領を得ない。

騒音で連絡してきた女性が通報直前に聞いた声は女性の声で、助けてくれと咽び泣くような声が壁から聞こえたのだそう。最初は聞こえもしない程だった声が段々と大きくなり、最後はまるで壁から抜け出てくるかのようだったとも言っていた。その場所はあのクローゼットのある位置で、管理会社に連絡をする前には特に気にならなかったと言う。

水漏れで連絡してきた住人にしても、その日だけだったと言う。何か足音だったり、大きな音だったり、話し声だったり、そんな音が聞こえてきた事は今までに特になかったそうだ。全てあの日だけ。

そして、水濡れて倒れていた管理会社の安倍。彼は搬送される前に通報してきた別の社員に、雨とか山とか寂しいとか呟いたらしい。そしてその声は彼のものではなく、どちらかと言うと女性のような声に聞こえたと言う。

今手元にある情報をまとめた所で、課長にどやされる自分の姿が目に浮かぶ。物語ならもうちょっと面白く書けとでも言われそうだ。それでも今は掴んでもその手からこぼれ落ちる、まるで砂場の砂のような情報しか手元にないのだ。そんな時、水野の携帯に鑑識の同期から連絡が入った。

「あの枯れ葉、珍しいやつだった。昔はあちこちに生えてた木だったんだが、今はもう三森の限られた山にしか生息していない。うちの管轄からは外れるから、これを調べるとなると少し時間がかかると思うぞ。データ送っておくからとりあえず上に相談してみろ。衣服の血痕については、人の血液である事は確認された。それでもデータベースには引っ掛からなかった。この県でのものではないかもしれないな。水に関しても分析してみたんだが、血液と雨水の成分が検出されている。ただそれだけではなかなかその先に繋げるのが難しいかもしれないな。また何か気になる事があったら聞いてくれ。とりあえず、今うちで出来る分析はそんなとこだけども。」
「ありがとう。他県警か・・・。上に聞いてみる。遺体が出てる訳でもないし、通報も服を見つけた時だけだから、継続案件になるか微妙だけど、とりあえず助かった。」

そう言って電話を切ると、一旦昼食の為に外に出た。三森・・・最近どこかで聞いたような、そう思いつつもどこで聞いたのか思い出せない。先輩達は所轄内で起こっていた連続強盗事件の後始末に追われていて、なかなか忙しそうだ。入った蕎麦屋では昼下がりのワイドショーが誰宛でもなく、流されている。声の大きいサラリーマンがガハハと大声で笑い話しているから、その内容はほとんど聞こえない。すぐに提供された天ぷら蕎麦を食べながら、水野はこの事件なのか何なのかわからないものに思いを馳せる。ただ目の前にある事実だけでは何にも繋がらなかった。そしてほとんど食べ終わった頃に鳴った携帯の呼び出しで、その考えはとりあえず後回しになった。慌てて会計を済ませようと財布を出した頃、テレビはニュースに切り替わっていたが、それに気がつく事はなかった。

・・・ここで報道センターよりニュースをお伝えします。先日三森県を襲った線状降水帯による被害の続報です。山中で見つかった白骨体の身元は以前わかっておらず、土砂崩れに巻き込まれている事から身元を証明するようなものも発見されていません。県警は引き続き捜査を進めると共に心当たりのある方からの情報提供を呼びかけています・・・

タイミングが数秒ズレるだけで伝わる事も伝わらなかったりする。場所が違ったら、人が違ったら、時間が違ったら、その全てがうまく重なるような事はそうそう起きず、個々に起こる、感じる事象は気のせいだと流されていく。生きていてもそれを的確に正しく訴える事は難しく、自分の意図する答えに辿り着ける事も少ないだろう。

もし、あなたが死んでいて、あなたの最後の姿を見つけて欲しかった時、その時はどうやって訴えかける?誰にどうやってどうしたら見つけてもらえるだろうか。その答えはまだ誰も知らない。
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